難関試験を突破し、国を動かすという夢を抱いて霞が関の門をくぐった新卒の若者たち。手厚い初期研修を終え、いよいよ本配属。しかし、彼らを待ち受けていたのは、想像を絶する過酷な労働環境でした。未来の日本を担うはずの若手エリートを使い潰す「ブラック霞が関」の現状と、事態を重く見た人事院の「強制力を持ったメス」について、最新白書から紐解きます。

研修を経て本配属…そこで見た「異様な光景」

「国のミライをつくる、そんなスケールの大きな仕事がしたい」

難関の国家公務員総合職試験を突破した田中沙織さん(23歳・仮名)。各省庁の面接を回る熾烈な「官庁訪問」を経て、見事に内々定を獲得。この時点で所属する省庁が事実上決定し、入省前の面談や希望調査をもって、正式に国家公務員として採用されました。

その後、全体研修や合宿研修、地方での実地体験などを通じて、公務員としての基礎を徹底的に学びます。続いて、省庁での部局別研修における業務説明や希望調査を経て、沙織さんは国の重要政策を担う本省の中枢局へと本配属されました。

いよいよ配属先の係に所属し、先輩の指導を受けながら実際の行政事務や政策立案補助に取り組む日々がスタート。しかし、そこで彼女を待ち受けていたのは、希望を打ち砕く過酷な現場だったのです。

本配属されて間もない、ある日の夜。時刻は22時を回っていました。ふと自席から顔を上げると、目の前に広がる異様な光景に絶句しました。

とっくに定時は過ぎているにもかかわらず、フロアには煌々と明かりが灯っています。半数以上の職員が席に残り、誰一人として帰る気配はありません。皆、疲労の色を濃く滲ませながら、黙々とパソコンの画面を睨みつけていました。

隣の先輩のデスクには、エナジードリンクの空き缶が何本も転がっています。少し離れた場所では、深刻な表情をした幹部たちが緊迫した打ち合わせを続けていました。

「これが、霞が関のリアルなんだ……」

終わりの見えない激務。沙織さんが肌で感じた「不夜城」の恐怖は、決して大げさなものではありません。沙織さんが直面した残酷な現実は、人事院が公表した『令和8年版公務員白書』のデータにもはっきりと表れています。

白書によると、令和6年の年間総超過勤務時間数は、全府省平均で219時間ですが、本府省に限ると「376時間」に達しています。本府省以外(地方機関など)の181時間と比べても、その異常な長さは際立っています。

さらに深刻なのは、国会対応など他律的な業務が多い部署の惨状です。本府省の他律部署で働く職員のうち、月100時間未満などの「上限」を一つでも超えて残業を命じられた職員は、なんと26.7%(10,747人)に上ります。

実に、本府省の中枢で働く4人に1人以上が、過労死ラインにも迫るような過酷な長時間労働を強いられているのが現状です。

本配属から半年。沙織さんの生活は完全に「霞が関の常識」に飲み込まれていました。終電で帰れれば御の字。深夜にタクシーで帰宅し、数時間の睡眠をとって再び出勤する毎日。週末も急な呼び出しが入り、友人との約束は次々とキャンセルせざるを得なくなりました。

自分が携わった資料が国の政策になるという、大きなやりがいは確かにあります。しかし、その代償として、彼女の心と体は限界に近づいていました。常に頭はぼんやりとし、休日はただ泥のように眠るだけ。思い描いていた社会人生活とは、あまりにもかけ離れていました。

こうした終わりの見えない労働環境は、確実に職員の心を蝕んでいます。白書によると、令和6年度において「精神及び行動の障害」による長期病休者は5,945人に達しました。これは全職員の2.11%を占めており、人数・率ともに前年度よりも増加しており、事態は深刻です。

「国のために身を粉にして働く」。そんな自己犠牲を前提とした働き方に耐えきれず、早期に見切りをつけて公務を去る若手退職者の増加は、霞が関にとって致命的な痛手となっています。

ついに「お上」が動いた!言い逃れを許さない「臨時調査」

優秀な若手エリートたちが次々と疲弊し、去っていく。この国家の危機とも言える状況に、ついに人事院も本気の改革に乗り出しました。

これまでのような各府省の自主的な改善に任せるだけでなく、人事院自らが各府省を直接訪問し、客観的な記録に基づいた厳しい調査と指導を行うようになったのです。

さらに特筆すべきは、「強制力」を伴う新たな対応です。

調査や指導を行っても超過勤務の縮減に向けた取組が不十分だと判断された府省に対しては、抜き打ちとも言える「臨時調査」を実施。より一層の取組と改善状況の報告を厳しく求める制度を新たに開始しました。

月100時間などの上限を超える超過勤務を最小化するため、各府省の言い逃れを許さない姿勢を明確に打ち出したのです。同時に、毎日の休息時間を確保する「勤務間のインターバル」の実効性を高めるための通知改正など、職員の心身の健康(ウェルビーイング)を守る土台づくりにも踏み込んでいます。

「国を動かす仕事に憧れて入ったのに……もう、限界です」

そう嘆いていた沙織さん。彼女のような有為な若者たちが絶望することなく、能力を存分に発揮できる場所へと霞が関は生まれ変われるか――注目が集まっています。

※写真はイメージです/PIXTA