国税庁が公表した「令和7年度査察の概要」では、ソーシャルメディアで事業活動を行う事業者が重点調査事案の筆頭に掲げられた。美容系インフルエンサーの広告会社による架空経費計上や、海外向けイラスト販売事業者による所得隠しなど、デジタル経済を舞台にした脱税事案も紹介されている。SNSビジネスの広がりは、脱税の形だけでなく、税務調査の手法そのものも変えつつある。※本連載は、THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班が担当する。

査察も「紙」から「データ」の時代へ

「マルサ」の名で知られる国税局査察部は、悪質な脱税が疑われる納税者に対し、裁判所の令状に基づく強制調査を行い、刑事責任を追及する国税当局の専門組織だ。

国税庁が公表した「令和7年度査察の概要」によると、令和7年度に検察庁へ告発された査察事案は82件、告発分の脱税総額は約84億円に上った。1件当たりの脱税額は約1億200万円となり、悪質な脱税に厳正に対応する姿勢が改めて示された。

今回の査察概要で特に注目されたのが、「ソーシャルメディアで事業活動を行う事業者」が重点調査事案の筆頭に掲げられたことだ。従来、査察といえば建設業や不動産業、風俗営業など、現金取引の多い業種を思い浮かべる人が多かった。しかし、デジタル経済の拡大を受け、国税当局も調査の重点を変え始めている。

その背景には、税務調査を取り巻く環境の変化がある。

長年、税務調査は帳簿や請求書、領収書、契約書などの証憑を基礎に取引の実態を確認する手法が基本だった。帳簿を丹念に読み込み、証憑と照合しながら所得を把握する――いわば「紙の世界」の調査である。

しかし、SNSを活用したビジネスでは、DMで受注し、プラットフォームで決済し、契約書や請求書を交わさないケースも少なくない。紙の証憑だけでは実態を把握しにくい一方、広告収入の入金記録や決済サービスの利用履歴、SNS上の投稿、海外との送金情報など、多くのデジタルデータが残る。国税当局は、こうしたデータを組み合わせて実態を解明する調査へと軸足を移しつつある。

美容系インフルエンサーの広告会社の脱税

査察概要で紹介された代表的な事例の一つが、美容系インフルエンサーの活動を通じて広告代理事業を営んでいた法人である。

この法人は、不正に協力する第三者を利用して実態のない業務委託費を計上し、約4億9,600万円の所得を隠した。法人税と消費税合わせて約1億5,700万円を免れたとして告発されている。

元国税査察官で税理士の上田二郎氏は、「査察現場では何度も見てきた典型的な脱税パターン」と話す。

「人気が急上昇して売上が爆発的に伸びると、それまで経験したことのない納税額になります。その負担を避けたいという心理につけ込まれ、『節税できます』という甘い誘いに乗って架空の業務委託費を計上してしまうケースは、現役時代にも何度も見てきました」

インフルエンサー事業は製造業のように大規模な設備投資を必要としないことが多い。そのため、売上が急増しているにもかかわらず外注費が不自然に増え、利益は増加していないとなれば、税務当局も注目するという。

「売上の伸びに比べて外注費だけが急増していれば、税務署としても慎重に確認するポイントになります。現在はデータ分析も高度化しており、不自然な数字は以前より把握されやすくなっています」(上田氏)

さらに、架空経費は協力者も巻き込む。

「税負担を避けようとして安易な誘いに乗った結果、重加算税や延滞税だけでなく、社会的信用や事業拡大のチャンスまで失ってしまう。本当にもったいないです」(上田氏)

海外取引も「見えない所得」ではなくなった

もう一つ紹介されたのが、SNSを通じて海外向けにイラストを販売していたクリエイターの事例だ。

海外イベントでの販売を含む売上の一部を申告せず、所得税を免れたとして告発された。海外で得た収入であっても、日本の居住者には原則として全世界所得を申告する義務がある。

上田氏は、「海外だから把握されないという発想は危険だ」と話す。

「今回の事案がどのような端緒で把握されたかは公表されていませんが、国外送金等調書やCRS(共通報告基準)による情報が調査のきっかけとなった可能性は十分考えられます」

国外送金等調書制度では一定額以上の国外送金情報が税務当局へ報告される。また、CRSでは各国税務当局が金融口座情報を交換している。

「国内へ資金が還流すれば送金情報が把握される可能性がありますし、海外口座に一定額の資産があれば、CRSによる情報交換の対象となる場合があります。海外だから分からないという時代ではありません」(上田氏)

狙われているのはインフルエンサーだけではない

今回の査察概要で重要なのは、インフルエンサーだけを狙ったということではない。

国税庁は、SNS等のソーシャルメディアを利用して活動するインフルエンサーやイラストレーターなど、多様な事業者の事案を告発したとしている。

対象は、YouTube、Instagram、TikTok、X、ライブ配信、オンライン講座、デジタルコンテンツ販売など、SNSを入り口とする幅広いビジネスに及ぶ。

その背景について、上田氏は国税当局の情報収集体制も変化していると指摘する。

「国税には電子商取引を専門に分析する部署があり、インターネット上の取引情報を日常的に収集・分析しています。SNSで活動する事業者だから見つからないということはなく、公開情報そのものが調査の端緒になることも少なくありません」

税務調査は、帳簿や請求書だけを見る時代ではなくなった。紙の証憑が残りにくい取引が増える一方で、決済履歴や送金記録、プラットフォーム上の取引情報など、デジタルデータは膨大に蓄積されている。

今回の査察概要が示したのは、「SNSだから見つからない」ということではない。ビジネスの形が変われば、税務調査の手法も変わるということだ。

デジタル経済が拡大するなか、国税当局も「紙」から「データ」へと調査手法を進化させている。SNSビジネスが特別視されているのではなく、デジタル社会に対応した新しい査察の時代が始まったと言えるだろう。

THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班

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