住宅ローンや教育費、親族への支援などが長く続けば、収入に見合う資産が残っていないこともあります。家計管理を配偶者に任せきりにした結果、定年直前になって初めて実情を知るケースもあります。

年収850万円なのに、自由に使えるのは月3万円

正明さん(仮名・59歳)は、メーカーに勤める会社員です。現在の年収は約850万円。妻の恵美子さん(仮名・57歳)は週3日、パートで働いていました。

周囲からは「それだけ稼いでいれば老後も安心だろう」と言われます。しかし、正明さんが毎月自由に使えるお金は3万円だけでした。

「昼食代も飲み会も、全部そこから出してね」

結婚以来、家計は恵美子さんに任せていました。正明さんは給与明細を確認することはあっても、預金残高や住宅ローンの返済予定を詳しく見たことはありません。

子どもは2人。長女は私立大学へ進学して一人暮らしをし、長男も大学卒業後に専門学校へ通いました。教育費がかかる時期には、恵美子さんから何度も言われていました。

「今はお金がかかるから、もう少し我慢して」

正明さんも納得していました。自分が働き続ければ、いずれ家計には余裕ができる。退職金も2,000万円近く受け取れる見込みだったため、老後資金について深刻に考えていなかったのです。

国税庁『令和6年分 民間給与実態統計調査』によると、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は478万円、男性では587万円です。年収850万円の正明さんは、平均を大きく上回る収入を得ていました。

それでも、給料日前になると恵美子さんは言いました。

「今月もほとんど残らなかった」

「そんなに使っているのか?」

正明さんが尋ねても、返ってくるのは「住宅ローンも保険も高いから」という答えだけでした。

定年まで1年を切ったある日、会社から再雇用後の待遇について説明がありました。60歳以降も働けるものの、役職を外れ、年収は500万円前後まで下がる見込みでした。

不安になった正明さんは、初めて恵美子さんに言いました。

「定年後の生活費を一度、全部見せてほしい」

食卓に並べられた通帳や返済予定表を見て、正明さんは言葉を失いました。夫婦の預貯金は、約320万円。さらに住宅ローンが約1,400万円残っていたのです。

「どうして、こんなことになっているんだ」

正明さんの声は震えていました。

妻が隠していたのではない…夫が「向き合ってこなかった」事実

住宅ローンは当初、60代前半で完済する予定でした。しかし、子ども2人の教育費が重なった時期に返済期間を延ばし、教育ローンも住宅ローンに借り換える形で整理していました。

それだけではありません。長男が就職後に体調を崩して退職し、生活を立て直すまでの約3年間、夫婦は家賃や生活費として毎月7万~10万円を援助していました。正明さんも支援には同意していましたが、総額を計算したことはありませんでした。

「貯金を崩しているとは聞いていた。でも、ここまで減っているとは思わなかった」

「何度もお金が厳しいって言ったでしょう。でもあなたは『何とかしておいて』って……」

恵美子さんは食費を削り、自分の衣服や美容院代も抑えていました。それでも住宅ローン、教育費、長男への援助、生命保険料、車の維持費を合わせると、家計は年間でほとんど貯蓄できない状態だったのです。

総務省『家計調査報告 2025年(令和7年)平均』では、二人以上の勤労者世帯の実収入は月平均65万3,901円ですが、税金や社会保険料などを差し引いた可処分所得は53万2,408円です。額面収入が高くても、そのすべてを生活や貯蓄に回せるわけではありません。

正明さんは、家計簿を一緒に確認しました。毎月の住宅ローンは約11万円。保険料は夫婦で約6万円あり、ほとんど乗らなくなった車にも駐車場代を含めて月5万円近くかかっていました。

夫婦は保険を整理し、車を売却。長男とも話し合い、生活費の援助は半年後に終了することにしました。退職金は旅行や住宅の改修に使わず、住宅ローンの一部返済と生活予備費に分けます。正明さんも再雇用を選び、65歳までは働く方針を固めました。

定年直前になって知った現実は重いものでした。それでも収入が減る前に、夫婦で家計を見直せたことは立て直しの第一歩です。資産、負債、毎月の収支を家族で共有することが、老後設計には欠かせないのかもしれません。

(※写真はイメージです/PIXTA)