大学進学時に利用しはじめた奨学金。多くの学生が毎月自動的に振り込まれる環境に慣れていくが、在学中に「借入状況を立ち止まって考える機会」はそう多くない。本来であれば状況に合わせて軌道修正できたはずの仕組みが、なぜ卒業後のライフプランを揺るがすほどの深刻な足枷へと変わってしまうのか。現在27歳のAさんの事例を紹介しよう。

2年目以降は必要なかったはずが…

Aさんは神奈川県横浜市出身の現在27歳。共働きの父と母、妹との4人家族で、生活に特別な困窮があったわけではない。ただ、大学の入学金と前期の授業料を一括で用意するのは難しいと、親から相談を受けた。「入学金の支払いが難しいから、奨学金を借りてほしい」——それが奨学金を借りることになったきっかけだ。

入学金と前期の授業料は親が立て替える形でひとまず支払い、その後に受け取る奨学金でその分を補填していく計画だった。日本学生支援機構の第二種奨学金を月6万円で申し込み、手続きはスムーズに完了。2年目以降の授業料は親が払ってくれることになり、奨学金が絶対に必要な状況ではなくなった。それでも、Aさんは奨学金を止めなかったのである。

「止めればよかったんですけど、一度借りはじめると、なんとなく続けてしまって。バイト代が少ない月は奨学金を飲み代に補填したり、ゼミの合宿費用に使ったり、2年生のときには自動車免許も取ったりして。大きな出費のときに奨学金があると助かるな、という感覚で」

奨学金があったことで大学生活にはゆとりが生まれていた。裏を返せば、卒業まで借り続けなければならない状況ではなかったともいえる。在学中、返済について真剣に考えたことは一度もなかった。周りに奨学金を借りている友達も多く、「みんなそういうものだ」という感覚のまま、4年間で総額288万円を借り入れた。

「一度借りはじめたら、止め方がよくわからなかった」——振り返れば、借入を見直す機会はあったはずだろう。しかし当時は、「止める」という発想自体が頭になかったそうだ。

返済が始まってからの後悔

大学卒業後、都内のメーカーに営業職として就職した。現在は社会人5年目、手取りは月26万円ほど。実家を出て都内で一人暮らしを始め、家賃・生活費・奨学金返済が重なる。返済が始まり、毎月1万8,000円が口座から引き落とされるたびに、学生時代の選択を思い返すようになった。

「2年目以降は親が授業料を払ってくれてたのに、なんで止めなかったんだろうって。バイト代を工面すればなんとかなったかもしれない。止めるという選択肢が頭になかっただけで、見直すタイミングはあったんですよね」

後悔しても返済は続く。毎月の引き落としは固定費としていまの生活に織り込み済みだが、最近になって別の不安が生まれた。転職を考えるようになり、その先には住宅購入も視野に入っているためである。

「住宅ローンを組むときに、奨学金の残債って審査に影響するんですかね。友達に聞いてもよくわかってなくて。なんかローンが組みにくくなるってネットで見て、少し不安です」

学生時代には意識しなかった奨学金の返済が、社会人になってから転職や住宅購入などの人生設計を考える場面で、現実的な負担として意識されるようになるのは、奨学金の利用者からよく耳にする話だ。

必要以上の奨学金を「途中で止めない」学生がいる理由

Aさんの状況は、家庭が経済的に困窮していたわけでも、進学のために在学中ずっと借り続けなければならなかったわけでもない。入学時の資金を補うために借りはじめ、その後も見直す機会があったにもかかわらず、結果として借入は卒業まで続いた。

これは単純にAさん個人の判断ミスと言い切れるだろうか。奨学金はあくまで教育のために使うことを前提として借りるお金だが、奨学金の種類によるものの使用用途は原則自由。そうはいっても、前提から外れ、飲み代に使用したことは決して褒められたことではないが、Aさんのケースにおける問題の本質は、奨学金を借りる際の、必要額を事前にシミュレーションする機会や、在学中に借入状況を見直すための案内が十分とはいえない点にあると考える。

奨学金の制度は「止める」という選択肢をわかりやすく提示しない。一度申し込めば毎月自動的に振り込まれ、特になにもしなければ継続される。「今月から止める」という積極的なアクションが必要だが、そのことを意識している学生は少ない。借りる仕組みはスムーズでも、止める仕組みは能動的な判断を要する——この非対称性が、Aさんのような「気づいたら288万円」という状況を生むのではないか。

「借りるための支援」だけでなく、「借りすぎないための支援」もまた、制度に求められる。

「見直しにくさ」という課題

Aさんが気にしていた住宅ローンへの影響は、決して特別な話ではない。住宅ローンの審査では、金融機関によって基準は異なるものの、奨学金を含めた毎月の返済額が返済能力を判断する材料となり、借入可能額に影響する場合がある。奨学金は卒業後も10年、15年、場合によっては20年にわたって返済が続くケースがあり、そのあいだに結婚や子育て、住宅購入など、人生の大きなライフイベントを迎える人も少なくない。進学時には意識しなかった借入が、社会に出てから別の形で影響をおよぼすこともある。

こうした状況を受け、近年は奨学金制度の見直しも進んでいる。2024年4月には、日本学生支援機構の「減額返還制度」の利用対象となる収入基準が拡大され、給与所得者の場合は年間収入325万円以下から400万円以下へ引き上げられた。扶養する子どもが2人いる世帯では500万円以下、3人以上の世帯では600万円以下まで対象が広がり、より多くの返還者が制度を利用しやすくなっている。

また、2025年度からは、文部科学省の「高等教育の修学支援新制度」において、多子世帯の学生を対象に、所得制限なく大学等の授業料・入学金を一定額まで減免する措置も始まった。返済負担そのものを軽減する方向へ、制度は少しずつ広がりを見せている。

一方で、制度を充実させるだけでは十分ではない。Aさんのように、本来であれば途中で借入を見直せたケースも少なくないからだ。借りはじめる前に必要額を考える機会を設けること。借入中も「本当にこのまま借り続ける必要があるのか」を確認できる仕組みを整えること。そして返済が始まったあとも、利用できる支援制度を適切なタイミングで届けること。「止め時がわからないまま借り続けた」というAさんの事例は、奨学金制度に必要なのは「借りやすさ」だけではなく、「見直しやすさ」でもあることを示している。

〈参考〉

日本学生支援機構「減額返還がさらに利用しやすくなりました」

https://www.jasso.go.jp/news/1210081_1579.html

文部科学省「高等教育の就学支援新制度」

https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/hutankeigen/

大野 順也

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長

奨学金バンク創設者

(※写真はイメージです/PIXTA)