複雑怪奇な日本の年金制度。「説明されても難しくて理解できない」と、話題を遠ざけている人も珍しくないでしょう。しかし基本的なことを理解していないと、知らず知らずのうちに損をしていることも。私たちが知っておくべき年金受給の基本についてみていきます。

65歳誕生日の3ヵ月前に届く「緑色の封筒」の中身とは

「緑色の封筒……開けましたよ。でも、そんなに重要なものだと思ってなかった」

東京都内に住む高橋恒一(65歳・仮名)さん。大手メーカーの関連会社で40年以上働き、60歳で定年退職を迎えてからも、再雇用で働いていました。年収は約320万円。毎月の手取りは21万円ほどです。

専業主婦の妻と、家賃9万8,000円のマンションで二人暮らし。お金のかかるような趣味もないという高橋さん。定年後の収入に合わせてサイズダウンしていたため、特段、生活に不安は抱いていなかったといいます。

「元々お金のかからない生活をしていましたし、働けるうちは働こうと思っていましたし。給料があるうちは、大丈夫だと漠然と思っていました」

60歳の定年時に受け取った退職金は1,250万円。1円も使わずに、まるまる残っていました。質素倹約を心掛けてきた成果として、1,400万円ほどの預貯金もありました。この先、大きな出費があったとしても、今のままのライフスタイルなら、何ら問題はないだろう――そんな過信があったからでしょうか、細かなところまでは考えていなかったといいます。

そんな高橋さんが65歳の誕生日を迎える約3カ月前、日本年金機構から緑色の封筒が届きます。中に入っていたのは、自身の年金関連の書類。「あとで見ればいいだろう」と思い、封は開けたものの、しっかりと中を見ずに放置していたといいます。

それからしばらく経ち、会社の同僚と話していたとき、自然と年金の話になったそうです。

「この前、最初の年金が入ったよ」

「偶数月に入るから、最初は少なく感じるよな」

そんな会話を聞きながら、高橋さんは特に違和感を覚えていなかったといいます。すると、一人の同僚が高橋さんに向かって尋ねました。

「高橋さんも、もうもらい始めたんだろう。年金」

高橋さんは何気なく答えます。

「いや、まだ振り込まれていないよ。そのうち入るんじゃないかな」

その瞬間、同僚たちの表情が変わりました。

「え、請求したんだろ?」

「緑色の封筒、届いただろ?」

何を言われているのか、一瞬理解できませんでした。

「封筒は届いたけど……年金っていつ振り込まれるんだ?」

休憩室が静まり返ります。

「いや、自動的に振り込まれるなんてないだろう。手続きをしないと、お国だってどこに振り込んだらいいかわからないじゃない」

(確かにその通り……)

周囲はあきれ返ったような冷笑に包まれます。そして高橋さんは初めて事態を理解しました。帰宅すると、書類棚の引き出しを開けました。数カ月前に届いた緑色の封筒は、開封したままの状態で残っていました。中には年金請求書がそのまま入っていました。高橋さんは翌日、慌てて年金事務所へ電話をかけ、予約を取ったといいます。

「何もしなくてももらえる」という大いなる誤解

老齢年金は、受給年齢に達しただけで自動的に振り込まれる制度ではありません。日本年金機構は受給開始年齢の約3カ月前になると、「年金請求書(事前送付用)」を緑色の封筒で対象者へ送付しています。この請求書を提出し、必要書類の確認を経て初めて支給手続きが始まります。

会社員であれば、社会保険料などが給与から天引きされます。その感覚があるからでしょうか、「年金は何もしなくても振り込まれる」と勘違いしている人は意外と多いもの。受給権自体は原則として5年前までさかのぼって請求でき、高橋さんのように多少、請求が遅くなっても問題はありません。

ただし、年金は基本的に“請求”しないと受け取れないもの。たとえば、基準以下の収入しかない場合、年金に上乗せされる「年金生活者支援給付金」は、対象者に請求書は送られてくるものの、きちんと手続き(請求)をしなければ、受け取ることはできません。

受け取れるはずの年金が受け取れない――そのようなことがないよう、日本年金機構からのお知らせなどはきちんと目を通す。理解が難しければ問い合わせたり、年金事務所に相談に行ってみる。当事者として関心を持つことが大切です。