熟年離婚や老後破綻は、決して他人事ではありません。高収入の家庭であっても、夫婦間の「金銭感覚のズレ」や「家計管理の甘さ」が引き金となり、一瞬にして老後の平穏が崩れ去ることがあります。ある夫婦のすれ違いの事例から、誰もが直面し得る「老後破綻のリアル」と回避するための教訓に迫ります。

「年収850万円」でも預貯金はほぼゼロ

「もう限界だ。別れよう」

そう切り出したのは、都内のメーカーに勤務する山本健一さん(54歳・仮名)。年収は約850万円。2人の子どもたちが独立したタイミングでした。妻の由美子さん(57歳・仮名)は結婚後間もなく退職した専業主婦。離婚を切り出した理由は由美子さんの“浪費癖”でした。

健一さんは決して家計に無関心だったわけではありません。むしろ、結婚当初から由美子さんの「あればあるだけ使う」どんぶり勘定に強い危機感を抱いており、どうにか家計をコントロールしようと何度も試行錯誤を繰り返してきました。

まずは由美子さんに生活費を渡してやり繰りを任せてみましたが、毎月のように「足りない」と泣きつかれ、健一さんが補填する羽目になりました。

そこで健一さんが通帳を預かり、必要な分だけ現金を渡す方法に切り替えたところ、今度は由美子さんから「私を信用していない」「モラハラだ」と激しいヒステリーを起こされ、夫婦関係は悪化する一方でした。

最終的に健一さんが行き着いた妥協策は、家賃や光熱費、教育費といった固定費をすべて健一さんの口座から引き落とし、由美子さんには「食費と日用品代」として毎月定額を渡すという方法でした。それ以外の残った給与は、健一さんが老後資金として別の専用口座でコツコツと貯蓄していくというものでした。

このやり方に落ち着いたことで、健一さんは「ようやく我が家の家計はコントロールできている」と思っていました。

ところが、由美子さんの浪費癖は健一さんの防衛策を遥かに上回る形で、水面下で進行していました。あるとき、急な出費を補填しようと健一さんが「老後用の貯蓄口座」を確認したところ、あるはずの数百万円の貯蓄が、わずか数十万円にまで激減していました。由美子さんが勝手に通帳を持ち出し、引き出していたのです。

問い詰めると、由美子さんは「足りない生活費を補填しただけ」と言い訳しましたが、引き出し履歴の日付は高級百貨店やブランドショップのセール期間と見事に重なっていました。健一さんは通帳や印鑑の保管場所を実家に移すなどして、さらに厳重に管理せざるを得なくなりました。

そして、決定打となったのは子どもたちの独立とほぼ同時期に発覚した、由美子さんの「隠れリボ払い」でした。 健一さんがどれだけ家計管理を厳格にしようとも、由美子さんは自分名義でクレジットカードを作り、夫の目を盗んで買い物を続けていたのです。発覚したリボ払いの債務は、約150万円にまで膨んでいました。

夫がどれほど緻密な管理システムを構築しようとも、由美子さんの「あった分だけ使う」「借金をしてでも自分の見栄を満たす」という本質的な価値観は変わらなかったのです。

日本弁護士連合会の「2023年破産事件及び個人再生事件記録調査」によると、破産に至った原因として「浪費・遊興費」を挙げる人は12.81%、「クレジットカードによる購入」は11.68%にのぼり、いずれも増加傾向にあります。また、経済的再生を図る「個人再生」の申立理由でも「浪費・遊興費」は23.29%と高い割合を占めています。

由美子さんのような「隠れリボ払い」による浪費は、一見十分な収入がある家庭でも、水面下で多重債務へと膨れ上がる危険を孕んでいます。根本的な金銭感覚の違いは、配偶者による厳格な家計管理だけでは解決が難しく、最終的に夫婦関係の破綻や深刻な経済的困窮に至る典型的な実態と言えます。

老後を共倒れで迎えるわけにはいかない

「今からでも生活を切り詰め、家賃の安いところに引っ越して、死に物狂いで老後資金を貯め直さなければ、2人で路頭に迷うことになる」

健一さんは借金の明細を突きつけ、最後の話し合いを試みました。だが、由美子さんの反応はあまりに他人事でした。

「あなたには退職金が入るでしょう?」

「今まで私も家事や育児をこれだけ我慢してきたんだから、定年前に少しは楽しませてよ」

長年、年収850万円の生活にぶら下がり、欲しいものを手に入れてきた由美子さんには、定年後に「住む場所すら失う」というリアルな危機感がどうしても伝わりませんでした。

健一さんは当時の心境をこう振り返ります。

「金額の多寡ではありませんでした。私が必死にバケツに水を溜めようとしている横で、妻は平気で底に穴を開け、指摘すれば逆ギレする。この人と一緒に定年を迎えれば、私の退職金もすべて妻の借金返済と買い物に消え、最後は老後破綻して共倒れになる。そう確信した時、離婚しか道はありませんでした」

蓄積された不信感と将来への恐怖は「婚姻を継続しがたい重大な事由」となり、調停を経て、子どもたちの独立を機に離婚が成立しました。

健一さんのように、子どもが独立するまで我慢し、長年連れ添った末に離婚を決断するケースは近年増加しています。厚生労働省『令和4年度 離婚に関する統計の概況』によると、離婚した夫婦のうち同居期間が「20年以上」の割合は昭和25年以降上昇傾向にあり、令和2年には全体の21.5%を占めるまでになっています。我慢を重ねて老後破綻の危機に直面する前に、新たな人生の再出発を選択する熟年夫婦が増えている実態がうかがえます。

離婚成立後、分けるべき貯蓄はほとんど残っていなかったため、由美子さんはわずかな財産分与だけを手に、都内の広々とした賃貸マンションを去らざるを得なくなりました。由美子さんが新しく選んだ住まいは、郊外にある築40年以上の木造アパート。家賃は月3万円、間取りは狭い1Kです。

生活費は財産分与で受け取ったわずかな資金を取り崩しながら賄っていますが、将来受け取れる由美子さんの国民年金と分割分の厚生年金の見込み額は月約9万円。そこから家賃3万円を支払えば、手元に残るのは6万円に満たない計算になります。

現在の由美子さんの部屋は、かつての豊かな暮らしとは程遠く、驚くほど質素です。冷蔵庫も洗濯機も中古の最低限の大きさのもの。ただ、その殺風景な部屋の棚にだけは、異様な光景が広がっていました。ルイ・ヴィトン、シャネル、エルメス――。かつて健一さんの目を盗み、リボ払いまでして買い集めたブランドバッグが、十数点も綺麗に並んでいるのです。

見かねた知人が「そのバッグを何点か売れば、当面の生活費や老後資金の足しになるでしょう」と勧めました。それでも、由美子さんは頑なに首を横に振ります。

「これは私の人生の証であり、財産だから絶対手放さない」

生活を維持するための優先順位が、周囲とは完全に違うのです。

一方、元夫の健一さんは現在、一人暮らしで穏やかな日々を送っています。コンパクトなワンルームマンションに引っ越し、日々の生活費は月18万円ほどに抑制。定年までの残り数年、残りの給与やボーナスを「今度こそ自分のための確実な老後資金」として着実に積み立てています。

「子どもたちが独立するまでと思っていたのですが……もっと早い段階で決断をしたらよかった」

(※写真はイメージです/PIXTA)