
■インバウンドが増えても日本人の給与が上がらない
「外部不経済」という経済用語をご存じだろうか。
企業の営利活動などに伴い発生する弊害が、対価の支払いのないまま無関係な第三者に不利益や損害を与える現象を指す。かつての公害がそうだったように、当事者意識が薄く、因果関係の証明が困難なほど蔓延しやすい。今の日本で言えば、インバウンド観光と外国人労働者受け入れ、つまり日本社会と外国の「内外差」(文化や賃金水準の差)を利用した政策がその条件に当てはまる。政策からもたらされる利益と負担の行方が異なるのだ。
インバウンド観光では最前線の京都市の個人市民税収は、直近5年(19→24年)のデータで1175億円→1177億円とほぼ変化がなかった。経済的恩恵は関連事業者に限られ、京都市ですら一般市民にはその恩恵がほぼない。逆に伝統的な商店がインバウンド向けへと置き換わり、混雑やマナー問題、ホテル代の高騰といった現象は“観光公害”とも言われるほど。企業の利益追求の手段として活用した内外差の負の側面が、都合よく国民に転嫁される構図は外部不経済そのものだ。
■外国人のいない秋田の方が最低賃金が増える
そして深刻なのは、政府や自治体が推進する「共生政策」、つまり人手不足解消を名目とした外国人労働者受け入れ政策(移民政策)だ。まずは、以下の図表1を見てほしい。賃金構造基本統計調査(厚労省)などをもとに、直近5年間で外国人参入の多い業界と少ない業界の賃金推移を比較したものだ。
外国人参入率が高い業種ほど日本人の賃金上昇が抑えられていることがわかる。安価な外国人労働力の供給が賃金上昇を阻害するという指摘は多々あったが、最も参入率が高い「飲食・宿泊サービス業」は物価上昇を反映した実質換算では4.2%ものマイナスであり、実際に「大きく下がっていた」のだ。
とりわけこの業界は、産業別賃金水準で最下位でもあり、外国人労働者が企業による低賃金環境維持の手段として作用している側面が強い。黒字リストラが進む事務職と比べても格段に悪い待遇であり、実態は「待遇が悪化した分野が人手不足」と表現するほうが正確だろう。同様に、飲食やコンビニのアルバイト時給に影響が大きい最低賃金の上昇率でも、外国人人口が多い東京より、外国人がほぼいない秋田のほうが高かった。
■企業が訴える「人手不足」は本当なのか
その一方で、賃金が振るわない外食産業や製造業、建設業の上流にある上場企業の業績は絶好調だ。直近決算では、大手コンビニ2社は過去最高益、実質賃金ベースでマイナス2%だった建設業も、大手、準大手ゼネコンでは、約半数が最高益を更新と報じられている。国内売り上げがほとんどの代表的な外食チェーンの上場親会社5社も、すべて過去最高益を更新していた。
中でも営業利益率が10%(同業平均5~6%)を超えるチェーンほど外国人比率が高く、3割を超える大手外食チェーンは、特定技能「外食」が受け入れ上限に達した際、社長が「これからは日本人を雇いたい」と発言して炎上した。つまり外国人雇用は「社会インフラを支える人手不足対策」というより、少なくとも数字上は、企業利益の拡大を支える手段になっているのが実態だ。
なぜ外国人参入が進むと賃金が上がりにくくなるのか――。これは経営者視点で日本人と外国人の人件費を比較すれば明快だ。成果物に外国人との差が出にくい定型業務であれば、職場の従業員を日本人から安価な外国人に切り替えるほど、その差額がそのまま会社側の利益として積み上がる構図がある。そこで一般的な部品会社の現場従業員をモデルケースに、損益をシミュレーションした。その結果が図表2だ。
■日本人より「1人あたり160万円も安い」
賃金構造基本統計調査をベースに、同等の経営内容の部品会社2社で、現場従業員(「金属工作機械作業従事者」事業規模10~99人)20人が日本人のみのA社と、20人のうち7人を在留資格「特定技能」の外国人労働者に切り替えたB社の年間人件費を試算した。諸費用も按分した年換算分を算入している。
すると、ケース①のA社の日本人従業員の年間人件費は1人あたり547万円、ケース③のB社の外国人従業員が385万円であり、会社側が支払う人件費にはなんと162万円/1人もの差がついた。
③の内訳は、「特定技能」の月額賃金がおよそ22万円(賃金構造基本統計調査)、これに寸志を加算し、月々3万円程度とされる「登録支援機関」へのサポート委託費(監理料)や受け入れ時の諸経費を算入しても、会社側が支払う総人件費は年間で400万円弱に収まる。これが月額賃金19万円の技能実習になれば、さらに安くなる。一方、日本人の場合、年収は430万円程度だが、諸費用を含めた会社側が支払う総人件費は年550万円近くになる。
■経営者が外国人雇用に傾くカラクリ
外国人労働者の人件費は、「賃金は日本人と同等以上」が法的原則だが、実際の大きな人件費差の要因は「雇用期間の差」にある。
外国人は原則、ビザの都合で「最大5年で定期昇給がリセットされる労働者」として計算される。一方、雇用の継続が前提となる日本人は、定昇とそれに連動するベア、賞与、退職金、社会保険料の会社負担分など「複利で人件費が膨らむ労働者」であり、絶対的な人件費コストの差が出る。日本人であれば月額20万円の賃金スタートでも、年2%の定昇の継続で15年後には27万円になるが、5年間で平均22万円の特定技能とは、月額賃金だけで年60万円の差となる。
前提となる労働期間に大きな差がある以上、決して「同等」にはならず、現実には外国人労働者を雇うほうが日本人労働者より格段に安くつく。これが、経営者が外国人雇用に傾くカラクリだ。かといって更新回数に制限がなく長期滞在が前提となる「特定技能2号」を増やせば、政府が否定する移民政策と同義になってしまうし、経営者が5年限定の外国人労働者を新規採用できる環境さえあれば、状況は変わらないだろう。
■ステルス「所得移転」の恐ろしさ
かわいそうなのは、ケース②に該当する外国人導入に舵を切った職場で働き続ける日本人従業員だ。低賃金を厭わない外国人労働者を受け入れる職場では、経営者にとっては昇給抑制が経営上、合理的となる。結果、日本人従業員の昇給は遅れ、待遇が悪化し離職が進む。受け入れ政策とは、日本人労働者から経営者へのステルス的な「所得移転政策」の一面もある。
そして離職者が増えると、今度は発信力が強い企業側は、被害者のように「日本人は辛い職場で働きたがらず、人手不足だ」と主張する。すると政治が動き、世論も理解を示し、外国人受け入れがさらに進み、「我々の業界も」と受け入れ業種が拡大していく。労働力確保の手段が、「賃上げ」ではなく、「人手不足の主張による“外部不経済政策”」となっているのだ。
■「受け入れコスト」を払うのは誰なのか
「日本人はすぐ辞めるから外国人を雇う」という言説は因果関係の逆転であろう。もちろん、政府自民党が作った政策に乗って来日する外国人自身に罪はない。内外差を利用した政策自体がもたらす経済的作用による弊害だからだ。
とはいえ、外国人が働く現場は利益率3~5%の中小企業が約6割を占める。他社との競争を考えれば導入せざるを得ない面もある。この結果、過去最高益を更新し続け、利益率7%超まで拡大している大企業の利益の一部になっているのは言うまでもない。
一方で、外国人労働者を地域住民として受け入れる際に生じる負担は利益を得る企業ではなく、社会が被る。
社会通念や価値観が大きく違う民族同士が、同じ地域で暮らせば文化摩擦は必然だ。そもそも、自分の意思による自己都合で来日した人でも、日本人が作った社会システムの“導入コスト”を回避し、わずかな維持コストの負担で生活が可能だ。これが「外国人だから」という属性による情緒的な問題にすり替わり、受け入れ負担すら日本持ちなら、不満を感じる人が増えるのも無理はない。
■本来なら「最終手段」であるべきなのに…
特に、賃金水準が低く、税や保険料の納付が限定的な外国人に子供がいる場合は、認可保育園に通えば年200万円、公立学校に通えば年100万円といった公費負担も日本人にのしかかる。それ以前に、労働目的で来日するような若年層であれば子供を作るのは当たり前だ。
日本人同様に、社会へ高額な育児負担が発生する外国人を、安価な労働力目的として受け入れる政策自体が、論理破綻しているのだ。経営者が外国人雇用で得る利ザヤは、彼らからは見えにくい大きな社会負担の上に成立している構図がある。
そもそも、「外国人受け入れ政策」(共生政策)とは誰のための政策なのか。
大前提として、社会インフラを支える手段は“労働力”であって、“外国人”という属性ではない。現在の日本は「労働力人口は日本人だけで過去最多」「企業業績は過去最高だが労働分配率は過去最低」、さらに「人口減少スピードを上回るAIやロボット化の合理化予測」という状況にある。経済の原則に照らせば、外国人受け入れは賃上げと省力化を「やり尽くした後」で検討されるべき最終手段のはずだ。
■「共生」という美名のもと企業利益を支えている
かつて90%超を中国に依存したレアアースの輸出規制問題もコストをかけてサプライチェーンを再構築し、依存度を60%台まで下げた。代替策は必ずとられるのだ。国内の労働力人口に占める外国人労働者の割合は3.6%と限定的だ。高度経済成長時代は、有効求人倍率が1.6(現在は1.17)と高かったが、賃上げと機械化で乗り切って経済の力強さに繋げた実績がある。
外国人が労働現場に参入している事実をもって、その労働力が外国人以外に供給できないという「代替不可能性」の理屈はどこにも存在しない。「物価上昇を抑えている」という説も直近4年で1.5倍と、拡大する企業の利益率を見れば、その利ザヤは物価上昇の抑制ではなく、企業利益の一部を支えているのは疑いの余地がない。
したがって、企業側が内外差による“いいとこどり”ができる政策を「共生政策だ」と公益性を強調し、税の投入や、国民に受け入れ負担やリスクを転嫁することは、到底、正当化できないことになる。
■やっぱり高市首相は移民「拡大路線」だった
高市政権は永住要件厳格化の検討や、現在5万人弱の「経営・管理」ビザは厳格化したが、40万人いる「特定技能」では送り出し国での支援拡充や、対象業種を新たに3分野追加した。さらに家族帯同も可能な「特定技能2号」や派遣労働の担い手となりつつある「技人国」が急増するなど、「拡大路線」自体は継続中だ。
格差と氷河期世代を生んだ“低賃金労働モデル”を移民政策で踏襲し、賃上げやその原資となる価格転嫁を促すのも「ポーズ」に留まることは結果の数字をみれば明白だ。「秩序ある共生社会推進」として、わざわざ地域社会に民族的、経済的な分断が発生してしまうことを容認してまで加速させているのだ。
そして、この「共生」という美しく、反論しにくいワードが、政策のラベルとなることで、不利益を訴えたい国民の声には、差別や排外主義という罪悪感が立ちはだかり、封殺されるようになる。全国知事会が昨年11月の共同宣言で「事実やデータに基づかない情報による排外主義を強く否定」と強調した動きは、立証能力に劣る庶民による抗議の権利すら、事実上奪うものともいえる。
内外差を利用した政策による、「企業利益―国民負担」の“外部不経済”は、不利益に対する口封じ的な「共生ラベル」までがセットで、スキーム化の様相すらある。後編では“共生主義”に邁進する政治家の正義は一体どこにあるのかを探る――。
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フリーライター
大学卒業後、新聞社で勤務。社会やスポーツ面を担当。そののち出版社勤務を経て独立。現在は雑誌、ウェブ記事等に寄稿。取材範囲は経済、マネー、社会問題、実用、医療等。
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