
SNSの普及によって、私たちは以前よりもはるかに多くの情報を手に入れられるようになりました。お金に関する情報も例外ではありません。ママ友のインスタ、投資家YouTuberの動画、Xで流れてくるポスト……。こうした情報を見ていると、つい焦りが生まれてしまいます。しかし、焦りを起点とした行動は不安をさらに強め、いい結果につながりにくいものです。櫻井かすみ氏の著書『不安通貨』(Gakken)より、情報が溢れる現代で、お金の不安がなかなか消えない根本原因を探ります。
SNSの普及で、他人と「比較」する場面が爆発的に増えた
現代はお金に関する情報が、SNSをはじめネット上から手に入る時代です。NISAやiDeCoといった投資、節税、保険。調べれば調べるほど情報は出てきますし、専門家の解説も、誰かの成功例も、誰かの失敗談も、いくらでも取りに行けます。過去において、これほど情報が手に入りやすい時代はありませんでした。
それでもなお、迷いが消えないのはなぜでしょうか。これは知識が増えるほど、他人の基準で判断する場面が増えてしまうからです。
心理学では、自分と他者を比べることで自己評価を行う心の働きを「社会的比較」と呼びます。アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガーが提唱したこの理論によると、人が自分の能力や意見を他者と比較することで自己評価を行う心理学の理論を指します。
例えば、学校のテストや部活動での成績や偏差値などがいい例。これ自体は自然な心理メカニズムですが、SNSの普及によって比較の相手と頻度が爆発的に増えたことが、問題を大きくしています。SNSの利用頻度が高いほど、自分より「上」に見える他者の存在が増え、主観的な不安が有意に上昇するという研究報告があります(※)。
また、かつてであれば、比較の対象は身近な友人や同僚に限られていました。ところが現在では、スマートフォンを開くだけで、年齢も職業も環境も異なる無数の人々の「成功の断片」が目に飛び込んできます。
誰かの投資成績、SNSで見かける華やかなお金の使い方、同世代の平均年収、「みんながやっている」という情報――それらを見た瞬間、私たちの頭の中では自動的にこんな処理が始まります。「自分はこのままでいいのか」「もっとやるべきことがあるのではないか」「この選択は正しいのか」。
この思考には、一見するとお金も時間もかかっていないように見えます。しかし実際には、判断力を消耗し、自己決定感を削り、満足感を下げ、不安を増やすという、非常に高い心理的コストを私たちは支払っています。これを「比較コスト」と呼ぶことにします。
SNSによる他人との比較から出費をしてしまうコスト
例えば、こんな経験はないでしょうか。
■ママ友のインスタで「新NISA満額! 子どもの将来に備えてます」という投稿を見て、まだ始めていない自分に焦りを感じた
■同僚が「ふるさと納税、今年はもう10万円分やった」と話しているのを聞いて、自分は収入が少ないから5万円もできないことに悲しくなった
■SNSで「30代で資産2000万円達成」という投稿を見た直後、自分の通帳残高を開いて、ため息をついた
■YouTubeの投資チャンネルで「この銘柄を買わないのは損」と聞くたびに、今の自分のポートフォリオが間違っている気がしてくる
■タイムラインに流れてくる「家族で海外旅行」の写真を見て、うちはなぜ行けないのだろうと考え込んでしまった
どれも、画面を閉じれば遭遇しない情報です。SNS上では、成功が称賛され、結果がすべてのように語られ、「いいね」やフォロワーの多さが価値の指標とされがちです。
本来、人それぞれで違うはずの人生が、同じ物差しで測られているような錯覚が生まれてしまいます。この錯覚が「自分も何かしなければ」「このままでは置いていかれる」という焦燥感を生み、行動を急がせ、お金を動かそうとします。
こうして使われたお金は、自分の願いや価値観から出たものではなく、他人との比較から生まれたお金。それは安心をもたらすどころか、次の比較を生み、次の不安を呼び込んでしまいます。今日、誰かの投資成功談を見て焦ってお金を動かしても、明日はまた別の誰かの華やかな投稿が目に入り、同じ不安が繰り返されるのです。
「専門家が勧めている」「多くの人がやっている」「データ的に正しそうだ」「有名なインフルエンサーも言っている」「今のトレンドだから」「なんとなく良く思える」――こうした理由で選んだお金の使い方は、一見うまくいきそうに見えます。
しかしその選択が、自分の基準ではなく他人の成果に基づいているとき、心の中ではこんな声が消えません。「本当にこれでよかったのだろうか」「もっといい選択があるのでは」。これこそが、不安通貨*が減らない最大の理由の1つです。
*編集注:不安通貨とは、「不安という感情をまとったまま使われているお金のこと」と著者は定義している。お金のことを学べば学ぶほど、調べれば調べるほど、不安が増えていく。この不思議な現象の正体が、不安通貨の増殖である。「1万円を得る喜び」より「1万円を失う苦痛」のほうが強く感じる
前の項では、SNSを通じた比較が不安通貨を増やすことをお伝えしました。では、なぜ比較はこれほどまでに強い不安を生むのでしょうか。そして、なぜ不安は一度生まれると自然に消えることなく、むしろ増え続けるのでしょうか。その答えは、私たちの脳の仕組みの中にあります。
人間の脳は、長い進化の過程で「危機を避けること」を最優先に発達してきました。原始時代であれば、楽観的でいるよりも、少しでも危険の兆候を察知して警戒するほうが生き延びる確率は高かったはずです。そのため私たちの脳は、不確実な状況に置かれると、安心よりも先に不安を強く感じるようにできています。
心理学では、この傾向を「ネガティビティ・バイアス」と呼びます。ポジティブな出来事よりもネガティブな出来事のほうが、記憶にも感情にも強く残りやすいという認知の偏りです。
ポジティブな結果が出ても「たまたまかもしれない」と疑い、ネガティブな結果が出ると「やっぱりダメだった」と強く刻まれる。このネガティブな体験のほうが記憶にも行動にも強く残るという非対称性が、不安通貨の増殖を加速させる土壌になっています。
この特性をさらに明確に示したのが、ダニエル・カーネマン(ノーベル経済学賞を受賞)とエイモス・トベルスキーによる行動経済学の「プロスペクト理論」です。
この理論が明らかにしたのは、人は同じ金額の利得と損失を比べたとき、損失のほうが大きく感じられるということ。その後の研究や他の解説では、おおよそ2倍以上強く感じる傾向があるともいわれています。
つまり、得をする喜びよりも、損をする不安のほうがはるかに大きい。人は「幸せになりたい」という欲求よりも、「損をしたくない」「不安を避けたい」という感情に強く突き動かされることが、この研究によって示されています。例えば、「1万円を得る喜び」より「1万円を失う苦痛」のほうが、心理的には強く感じるということです。
この心理的な違いが、私たちの行動にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
将来への不安から、「最悪のシナリオ」を想定してしまう
こうした心理的な性質があるからこそ、私たちは「やらないことで損をするかもしれない」という感覚に敏感になったり、まだ何も失っていないのに、「機会を逃すこと」が損失のように感じられたりします。他人の成功を見たときに生まれる焦りは、実際の損失ではなく、“感じた損失”なのです。
不安通貨は、この心理の上に発行されます。現実の数字ではなく、頭の中で拡大された損失感覚が、私たちを動かしています。だからこそ、不安は増えやすく、安心は手に入りにくいのです。
さらに注目すべきは、この理論が「比較」にも当てはまるという点。行動経済学では、人は他者と比べたときの不利を、実際の損失のように感じるということが示されています。つまり、他人より劣っていると感じること自体が、脳の中では心理的な「損失」として処理されるのです。
前項で見た「比較コスト」の正体がここにあります。比較が不安を生むのは、気の持ちようの問題ではなく、脳の構造がそうさせているのです。
研究報告によると、将来の予測がつかない状態では、脳は常に最悪のシナリオを想定し続けるとされています。つまり、不安の本質は、不確実性への反応。人は「悪い出来事そのもの」よりも何が起きるかわからない不確実な状態に強く反応するともいわれています(※)。
なぜこの不確実性がつらいかというと、不確実な状態では、予測できない、コントロールできない、準備できないからです。人は確実に悪い結果よりも、「どうなるかわからない状態」のほうがストレスを感じることもあるという報告もあります。
不確実性の時代、選びがちな「みんながやっているのと同じこと」
現代社会はまさに、こうした不確実性に満ちた環境です。物価の変動、制度の改変、雇用の流動化、年金の見通し――将来どうなるかが見えにくい状況では、脳の警報システムは常にオンの状態になります。
さらに、比較できる他人の情報が常に目に入る環境や、失敗すると取り返しがつかないという空気が強い社会では、社会的比較がうつや不安の症状と有意に関連していることが、メタ分析によって示されています。
こうした条件が重なると、脳はネガティブな情報に過敏に反応し続けるのです。この状態で脳が「このままでは危険かもしれない」と警報を鳴らすと、私たちは何か行動しなければという衝動に駆られます。
そこで選ばれやすいのが、「正しいと言われていることをやる」「みんながやっていることをやる」という方向の行動です。不安な状態にあるとき、人は自分で考えるよりも外部の正解を求める傾向が強まることが研究で示されています。
「私、このままで大丈夫?」「何もしてないの、まずい?」「みんな動いてるのに、遅れてない?」その瞬間、脳の警報はさらに大きく鳴る。“このままでは危険かもしれない”と。
すると次に起きるのは、検索する、ランキングを見る。「初心者でも安心」「今すぐ始めないと損」。そして気づけば、“自分がどうしたいか”ではなく“正しいとされていること”を探している。本当は、不安を消したかっただけなのに。
選んでいるようで、不安に選ばれている。ここに、不安通貨は流通します。お金を増やしたいのか、安心したいのか、その区別がつかなくなる瞬間ということです。
不安を原動力とした選択ほど、安心を長く保てない
先ほど挙げたエピソードのように、お金の不安を感じたときにSNSで話題の投資法を調べたり、ランキング上位の金融商品に飛びついたりするのは、まさにこのパターンです。
一見すると合理的で勤勉な姿勢に見えますが、その行動の出発点は「不安を打ち消したい」という感情。自分の価値観や人生設計に基づいた判断ではありません。
カーネマンらの研究が示しているのは、不安を原動力とした選択ほど、安心を長く保てないということでもあります。不安を埋めるための行動は一時的な安堵しか生まず、しばらくするとまた次の不安がやってくるのです。
この構造が最もよく現れるのが「正解探し」の行動。不安を消すために探したはずの答えが、次の不安を生んでしまう。賢くなったからこそ、失敗の可能性もすべて想像できてしまう。
本来、知識は私たちを安心させてくれるはずですが、お金に関しては逆転現象が起きがち。問題の本質は知識の量ではありません。自分にとって何が大切なのか、何に幸せを感じるのか。この基準が言葉になっていないことこそが、不安を長引かせている要因なのです。
だからこそ、不安通貨をこれ以上増やさないために必要なのは、さらに行動を重ねることでも、さらに知識を積み上げることでもありません。
まず、この不安が増殖する仕組みに気づくことが大事。脳が不安を優先すること、比較を損失に変換してしまうこと、正解探しが次の不安を生むこと、にです。「あ、今このループに入ってるかも」と気づいた瞬間、冷静に自分を観察することができ、不安に振り回される頻度と強度が減ります。
不安の連鎖を断ち切る第一歩として、ぜひ意識してください。
※Grupe, D. W., & Nitschke, J. B. (2013). Uncertainty and Anticipation in Anxiety: An Integrated Neurobiological and Psychological Perspective. Nature Reviews Neuroscience, 14(7), 488–501.櫻井 かすみ
ママ金融投資家/ファイナンシャル・プランナー/株式会社トウシナビ 代表

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