「年収が高い人ほど幸せなのか?」そう聞かれると、多くの人が「きっとそうだろう」と答えるでしょう。しかし現実はそれほど単純ではないようです。本記事では、櫻井かすみ氏の著書『不安通貨』(Gakken)より、複数の調査結果をもとに、お金があっても不安感が消えない理由を解き明かします。

年収が高いのに幸せじゃない…高所得者の“本音”

「年収が高い人ほど幸せなのか?」。そう聞かれると、多くの方が「きっとそうだろう」と感じるかもしれません。確かに、お金が増えれば生活は安定しやすくなります。しかし現実は、どうやらそれほど単純な話ではないようです。

例えば、高級マンションに住み、周囲からは「成功している人」に見られていても、夜になると、「もっと結果を出さなければ」「今の生活を維持できなくなったらどうしよう」そんな不安で眠れなくなる人もいます。

アメリカのギャラップ社が世界規模で行った大規模な幸福度調査では、興味深い結果が報告されています。

高所得者ほど「自分の人生はうまくいっている」という人生全体への評価は高い傾向にありました。しかし同時に、日々のストレスや不安、怒りといったネガティブな感情が低くなるとは限らないことも明らかになったのです。「人生を振り返れば順調だ」と頭では思っていても、毎日の暮らしの中では心が落ち着かない、安心できない。そういう状態が、高所得者にも珍しくないということです。

なぜこんなことが起こるのでしょうか。

高所得者ほど、仕事の責任が重く、常に成果を求められ、自由に使える時間が少なく、競争や比較にさらされ続けるという環境に置かれやすいことが指摘されています。収入が上がるにつれて期待されるパフォーマンスも上がり、プレッシャーも増大していきます。その結果、生活水準は高いのに心が休まらないという、一見矛盾した状態に陥りやすくなるのです。

国際的な視点でも、同じ傾向が確認されています。OECD(経済協力開発機構)は人間の幸福を、「所得」「生活の質」「主観的な満足感」という3つの柱で捉えるモデルを採用しています。そこで一貫して指摘されてきたのは、所得が一定の水準を下回ると幸福度は大きく下がるということ。

特に長時間労働、睡眠不足、人間関係の希薄さ、心身の不調がある場合、高所得であっても幸福度は低下するといわれています。

OECDは所得の役割をこう位置づけています。「所得は人生の選択肢を増やすが、それ自体が幸福を保障するわけではない」。お金は困らないための条件にはなっても、満たされるための答えにはならないということです。

複数の調査では、経済的に恵まれた富裕層であってもある一定数が「今の人生に十分満足していない」と回答していることが報告されています。お金があるからといって、全員が幸せなわけではないのです。

ギャラップ社とOECD。立場の異なる2つの調査機関が共通して示していることをまとめると、こうなります。

お金が増えると人生全体の評価は上がります。でも、日々の安心感や感情の安定は、お金だけでは守れないことがあります。幸福度を本当に左右しているのは、お金の額以上に、人間関係の質、心身の健康、自由な時間、そして自分でコントロールしているという感覚なのです。

お金では解決できない無形資産

高所得であっても不安が消えない人は、お金の力が足りないわけではありません。お金にはできない領域にまで、お金に役割を求めてしまっていることが原因なのかもしれません。

そのような場合、お金の役割を正しく切り分けることが解決の糸口となるケースがあります。お金で解決できることと、お金では満たせないことを、はっきり分けて考える必要があるということです。

例えば、生活の安定や安心、選択肢の広がり、未来への備えといった「土台」は、お金が支えてくれます。こうした基盤が整うことで、私たちは日々の不安から解放され、人生を前に進める余裕を持つことができます。

一方で、安心できる人間関係や、自分らしくいられる時間、意味ややりがいを感じる生き方といったものは、お金では直接作ることができません。

それにもかかわらず、私たちは不安を感じるたびに、「もっとお金があれば解決できるのではないか」と考えてしまいます。しかし実際には、お金で埋められない領域の不安まで、お金で解決しようとしていることが少なくありません。

だからこそ必要なのは、お金を増やすことではなく、お金の“使いどころ”を変えることです。不安を埋めるために使うお金には終わりがありませんが、安心を育てるために使うお金は、人生を確実に豊かにしていきます。

お金は、人生を満たす“答え”ではありません。しかし、人生を整える“土台”にはなります。その土台の上で何を大切にして生きるのか。その選択こそが、あなたの幸福を作っていくのです。

年収1000万円を超えると、人生の満足度の伸びが鈍くなる

お金が増えれば、私たちの生活は確かにラクになります。住む場所の選択肢が増え、経済的な不安定さは減り、できることも増えていきます。しかし、ある地点を超えると、お金が増えても安心感や幸福感の伸びは緩やかになっていくのです。

経済学には「限界効用逓減(ていげん)の法則」という基本原理があります。同じものを追加していっても、1単位あたりから得られる満足度は次第に小さくなっていくという考え方です。のどが渇いているときの最初の1杯の水は、身体中に染み渡るような満足感をもたらしてくれます。でも2杯目、3杯目と飲み進めるうちに、最初の1杯ほどの感動は薄れていくものです。

これと同じことが、お金と幸福の関係にも当てはまります。生活にゆとりがない状態から少しお金が増えたとき、不安が減り、安心感や満足感は大きく高まります。月末に「今月は乗り越えられた」とほっとできる瞬間は、お金が心にもたらす大きなプラスの力です。

しかし、ある程度の水準に達すると、そこからさらにお金が増えても、安心感や幸福感の伸びはだんだん小さくなっていきます。

例えば、手取りが月15万円から20万円に増えたときの安心感の変化と、月100万円から105万円に増えたときの安心感の変化を想像してみてください。同じ5万円の増加でも体感はまるで違うはずです。前者は生活の不安が大きく和らぐ変化ですが、後者はほとんど実感がないかもしれません。これがまさに、限界効用の逓減です。

カーネマンとキリングスワースらの研究でも、年収が上がるにつれて幸福度は上がり続けるものの、その上がり方のカーブは次第に緩やかになっていくことが確認されています。また、世界160数か国のデータを分析した2018年の別の研究では、年収約9万5000ドル(当時のレートで1000万円台前半)あたりで人生全体の満足度の伸びが特に鈍くなる傾向が報告されています。

ここから導かれる結論では、お金は安心の土台を作ります。しかし、幸福を無限に生み出す源泉ではありません。お金には「幸福の天井」があるのです。天井がないように見えるのは、まだ天井に届いていないか、天井の存在に気づいていないかのどちらかです。

お金を増やすこと自体に意味がないわけではありません。しかし「もっと増やせばもっと幸せになれるはずだ」という思い込みのまま走り続けると、ある地点から先は、頑張っても頑張っても幸福感が思ったようには増えないという、不思議な疲労感に直面することになります

櫻井 かすみ

ママ金融投資家/ファイナンシャル・プランナー/株式会社トウシナビ 代表

(※写真はイメージです/PIXTA)