いま、将来の不安から資産形成にのめり込み、今の生活を削って投資をする「NISA貧乏」が増えているといいます。都内在住の坂本さん(仮名)も節約と投資に没頭し、1.2億円を築いた一人です。しかし、ある事件をきっかけに、残高が増えるだけの人生に猛烈な恐怖を覚えたといいます。見ていきましょう。

「使わずに投資に回し続けました」…資産1.2億円達成の会社員

都内のIT企業で働く坂本さん(42歳・仮名)。年収は約680万円で、実家が裕福なわけでもない、ごく普通のサラリーマンです。ただ、彼には人より秀でていると自負していることがありました。それが、密かに作り上げた「1億2,000万円」という資産です。

20代から始めたインデックス投資。アメリカ株高騰の波に乗ったことで、資産は加速度的に増加しました。

「最初の1,000万円までは長かった。でも、5,000万円を超えてからは、すごいスピードで増えていきましたね」

しかし、彼の生活は資産額に見合うものとは程遠いものでした。

住んでいるのは都内郊外の築35年・木造アパート(1DK・家賃6万8,000円)。外食は極力避け、休日はYouTubeを見て過ごす。「家から出なければお金を使わなくて済む」――余らせたお金はすべて投資へ。そんな暮らしが当たり前でした。

「家賃は大きな固定費。そこに金をかけるよりも、とにかく増やしたい。そう思っていたんです」

そんな彼の人生観を揺るがす出来事が起きたのは、昨年のことです。

「先週まで普通に働いていたのに」

直属の上司だった50代半ばの課長が、休日に自宅で心疾患のため急逝。独身で一人暮らしだった課長は、月曜日に無断欠勤したことで、家の中で倒れていた事実が発覚しました。

「先週まで一緒に働いていたのに……」

お通夜に参列した後、坂本さんは強い眩暈(めまい)のような感覚に襲われたといいます。

「課長も自分と同じで、特別な趣味がなかったみたいで、『老後のために貯めている』と話していたことがあります。でも、それを使わずに逝ってしまったんだと思ったら……他人事とは思えませんでした」

1億円を超える資産を抱えたまま、使うこともなく終わってしまったら?――背中が冷えるような恐怖を覚えた瞬間でした。

「守る力」から「使う練習」へ

上司を亡くしたことをきっかけに、坂本さんは今、少しずつ「お金を使うリハビリ」を始めています。

まずは長年住んだアパートを退去し、同じ駅の築浅・駅近マンション(家賃13万円)へ引っ越しました。家賃は倍近くになりましたが、日当たりがよくきれいな部屋は、その金額を出しても惜しくないほどのメリットを感じているといいます。

「実は、家を買いたかったんです。でも、あまりにも高くなってしまって。いきなりそこまでは飛び込めませんでした」

国土交通省の不動産価格指数を見ても、、都内のマンション価格はこの10年で1.8倍近くに高騰しています。「今買うと高値掴みになるのでは」と躊躇してしまい、マイホーム購入には踏み切れなかったと笑います。

しかし、それでも引っ越しをできたのは大きな一歩。また、スーパーで習慣化していた、「別に食べたくないけれど、一番安いという理由で食材を選ぶ」ことをやめて、「本当に食べたいものを選ぶ」ことを意識するようになりました。

一方で、仕事については、保守的な考えを崩していません。

「FIRE(早期退職)は考えていません。仕事を辞めたら、それこそ社会との接点が完全に消えて、誰にも気づかれずに死んでいく未来しか見えません。自分にとって会社は、給料を得る場所であり、生存確認をしてくれる場所なんです」

口座のお金を「人生の豊かさ」に変える

NISAの口座数は令和7年12月時点で2,820万口座を突破。新NISA開始以降、投資熱はかつてないほど高まっています。「現金を寝かせるのはもったいない」「少しでも早く投資した人が勝つ」。そんな風潮のなか、生活を切り詰めてまで投資資金を捻出する“NISA貧乏”という言葉まで生まれています。

確かに節約や資産形成は素晴らしい習慣です。ただ、それ自体が目的化してしまうと、人生の選択肢を狭めることにもなりかねません。口座にあるお金をどう人生の豊かさに変えていくか。資産形成のその先を考えることが、後悔のない人生につながるのではないでしょうか。

(※写真はイメージです/PIXTA)