東京23区のタクシー業界で、外国人求職者が採用されずに苦戦しているという話は、業界の裏側を知る者なら誰もがうなずく“日常の闇”だ。今回取材したのは、西東京バスで大型路線バスを運転していた30代の中国人男性。大型2種免許を持ち、毎日多くの乗客を安全に運んできた、いわば「運転のプロ」である。だが、賃金の安さと心身の疲労から退職し、都内の主要タクシー会社の面接を受けているものの、結果は全滅。男性は日本人の奥様と暮らし、日常会話は問題なくこなす。それでも採用に至らない理由はどこにあるのか。東京23区のタクシー業界が抱える独特の採用基準と、外国人が直面する“採用地獄”を追った。

まず、男性は大型2種免許を持ち、路線バスの運転経験も豊富だ。大型2種は旅客を乗せて走るための最高位の免許であり、取得難度は普通2種よりはるかに高い。つまり、運転技術だけを見れば、タクシー会社が求める水準を完全に満たしている。だが、タクシー会社は運転技術だけでは採用しない。むしろ、接客日本語、地理知識、緊急時対応、無線指令の理解など、運転以外の要素が採用の決定打になる。ここが、バス運転手からタクシーへの転職を考える人が必ずつまずくポイントだ。

東京23区のタクシー会社大手は、接客品質を非常に重視する。乗客との会話は短いが、行き先の確認、料金の説明、渋滞時の案内、クレームの初期対応など、細かい日本語運用能力が求められる。男性は「普通の日本語会話はできる」と話すが、面接官が求めるのは“接客日本語の精度”だ。聞き取りの速さ、語彙の幅、丁寧語の使い分け、緊急時の説明力など、日常会話とは別の能力が必要になる。外国人の場合、ここで不安を持たれることが多い。面接官は、乗客からのクレームを想像しながら候補者を見ている。つまり「この人が深夜に酔った客に絡まれたらどうなるか」という視点だ。これは日本人でも難しい。まして外国人なら、面接官の眉間のシワはさらに深くなる。

さらに、東京23区の地理試験は難関として知られる。路線バスは決まったルートを走るが、タクシーは毎回違う行き先に向かう。主要道路、交差点、ホテル、病院、官庁、繁華街、迂回ルートなど、膨大な地名と道順を覚えなければならない。日本人でも合格率は高くない。外国人にとっては、漢字の読み方や地名の由来など、覚えるべき要素がさらに増える。面接で「地理に自信がない」と判断されれば、採用は遠のく。タクシー会社の採用担当者は「地理試験は、外国人にとっては漢字テストと地図テストが同時に来るようなもの」と語る。確かに、漢字が苦手な人には地名の暗記は地獄だ。中には「池袋」を妙な読み方で発音し、「新宿」を別の言葉に聞こえるように読んでしまう外国人もいるという。これでは面接官が頭を抱えるのも無理はない。

また、東京23区の大手タクシー会社は、外国人採用に慎重な傾向がある。理由は単純で、クレーム対応の多さと接客品質の高さだ。23区は乗客数が多く、観光客、ビジネス客、深夜の利用者など、幅広い層が乗車する。トラブルも多く、乗客の要求も厳しい。外国人ドライバーが増えること自体は歓迎されているが、採用基準は依然として高いままだ。採用担当者は「外国人だから落とすわけではないが、外国人だからこそ慎重になる」と本音を漏らす。つまり、外国人は最初から“減点スタート”なのだ。

今回の男性は、日本人の奥様と暮らし、在留資格は「日本人の配偶者等」である可能性が高い。この資格なら就労制限はなく、採用上のハードルは低いはずだ。つまり、在留資格が理由で不採用になっているわけではない。問題は、タクシー業界特有の採用基準を満たしていないと判断されている点にある。

タクシー会社は、採用後に普通2種免許を取得させることが多いが、外国人の場合、学科試験の日本語が大きな壁になる。交通法規の専門用語は難しく、漢字も多い。大型2種を持っていても、普通2種の学科試験で苦戦する外国人は少なくない。会社側は「免許取得まで時間がかかる候補者」を敬遠する傾向がある。採用担当者は「大型2種を持っている人は運転は上手いが、学科試験の日本語で落ちるケースが多い」と語る。中には「徐行」を妙な読み方で発音し、「追越し禁止」を別の言葉に聞こえるように読んでしまう外国人もいるという。これでは試験官も苦笑いするしかない。

さらに、タクシーは営業職の側面も強い。売上は歩合制で、地理知識や接客力がそのまま収入に直結する。会社としては、採用したドライバーが安定した売上を上げられるかどうかを重視する。外国人の場合、地理と日本語の2つの壁があるため、売上が安定するまで時間がかかると判断されがちだ。採用担当者は「外国人ドライバーは伸びる人は伸びるが、伸びない人は全く伸びない」と語る。つまり、採用側はリスクを避けたいのだ。

こうした事情が重なり、今回の男性のように「運転技術は十分なのに採用されない」というケースが生まれる。タクシー業界は慢性的な人手不足だが、外国人採用は慎重に進められている。特に東京23区は競争率が高く、外国人が採用されるには、地理試験対策、日本語力の向上、接客訓練など、複数の条件を満たす必要がある。

しかし、希望がないわけではない。大型2種を持ち、旅客運送の経験があることは大きな強みだ。日本語力をさらに磨き、地理試験の対策を進めれば、採用の可能性は十分にある。23区大手ではなく、中堅や準大手の会社は外国人採用に積極的なところも多い。正しいステップを踏めば、タクシードライバーとして働く道は開ける。

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