自宅の引き出しや金庫を整理していたら、古い1万円札が出てきた――。そんな経験をした人もいるかもしれません。日本の1万円札は、1958年発行のものが聖徳太子、1984年発行のものが福沢諭吉、2024年発行のものが渋沢栄一です。現在でも、過去に発行された日本銀行券の中には有効なものがあります。そのため、何十年も使われずに家庭のなかで保管されている紙幣があっても不思議ではありません。こうした現金は、いわゆる「タンス預金」と呼ばれます。どれほどの金額が家庭に眠っているのかを正確に把握することはできませんが、数十兆円規模に達するとの推計もあります。国際課税研究所首席研究員の矢内一好氏が解説します。

家計にはいまも1,000兆円超の現金・預金

日本銀行が公表した資金循環統計によると、2026年3月末時点の家計の金融資産は2,385.7兆円となりました。

内訳を見ると、現金・預金が1,126.4兆円で、構成比は47.2%となっています。一方、株式等は398兆円で、構成比は16.7%です。

近年はNISAなどの普及を背景に、「預金から投資へ」という動きが強まっています。実際、株式等の比率は上昇傾向にあります。

しかし、見方を変えれば、家計の金融資産のほぼ半分を現金・預金が占めていることになります。「預金から投資へ」という流れが進んでいるとはいえ、日本の家計における現金・預金への依存度は依然として高いといえるでしょう。

そして、この現金・預金のすべてが金融機関の口座にあるわけではありません。その一部が、自宅などに保管されている「タンス預金」です。

「タンス預金」は数十兆円規模?

タンス預金の特徴は、正確な残高を把握することが難しいことです。金融機関の口座にある預金とは違い、家庭に現金がいくら保管されているのかを直接確認する統計はありません。

そのため、推計によって規模を把握することになります。

第一ライフ資産運用経済研究所の推計では、タンス預金は2024年1月に60.0兆円まで増加した後、同年9月には50.4兆円まで減少しました。2024年7月に新紙幣の発行が始まったことに加え、物価上昇などもタンス預金の減少に影響したと分析されています。

つまり、推計には一定の幅があるものの、日本では現在でも数十兆円規模の現金が金融機関の外に存在していると考えられるのです。

相続で初めて「隠れた現金」が発覚することも

税の世界でタンス預金が問題になるのは、特に相続の場面です。

被相続人が自宅の金庫や引き出しなどに多額の現金を保管していたものの、相続人がその存在を知らなかったというケースがあります。

もちろん、現金も相続財産です。したがって、タンス預金であっても相続税の課税対象となります。

問題は、金融機関の口座に残された預金と違い、家庭に保管されている現金は、その存在自体を相続人が把握できないことがある点です。

たとえば、長年使われていなかった金庫から数百万円、あるいはそれ以上の現金が見つかった場合、その現金がいつ、どのように形成されたものなのかを確認する必要が出てきます。

 タンス預金には、単純に「現金を手元に置いておきたい」という理由だけでなく、さまざまな事情があると考えられます。申告されていない所得など、いわゆる表に出しにくいお金が現金で保管されているケースもあれば、銀行に預けておくよりも「手元に現金があるほうが安心だ」という心理から保管されているケースもあります。

いずれにしても、相続が発生したときには、こうした「見えない現金」も相続財産として問題になります。

戦後日本では「新円切替」で現金を動かした

では、金融機関の外にある現金を把握し、金融システムに戻すことは可能なのでしょうか。

日本では、第二次世界大戦直後の1946年に、現在では考えにくいほど大胆な金融政策が実施されました。

1946年2月、金融緊急措置令と日本銀行券預入令が公布・施行され、預金封鎖と新円への切り替えが行われました。旧円を金融機関に預け入れさせ、旧日本銀行券の流通を停止するとともに、新円の引き出しにも制限を設けることで、戦後の急激なインフレを抑制しようとしたものです。

この政策では、一定額を超える現金を自由に使えなくすることで、家庭などに保有されていた現金を金融機関に集めることが可能になりました。

タンス預金という観点から見れば、非常に強力な「現金を表に出させる仕組み」だったといえます。

もっとも、当時と現在では経済環境も金融システムもまったく異なります。現在の日本で、同じような預金封鎖や新円切替が行われるという話ではありません。

インドでは高額紙幣を突然無効化

海外に目を向けると、さらに大胆な事例があります。

インドでは2016年11月、500ルピー紙幣と1,000ルピー紙幣を法定通貨として使用できなくする「高額紙幣廃止」が実施されました。

目的の一つは、偽造紙幣やテロ資金への対策に加え、現金で保有されているブラックマネーを排除することでした。

旧500ルピー紙幣と1,000ルピー紙幣は銀行などに預け入れることができましたが、窓口で現金に交換できる額には当初4,000ルピーの上限が設けられました。また、銀行口座からの現金引き出しにも制限が設けられ、当初は1日1万ルピー、1週間2万ルピーとされました。

ここは注意が必要です。1日1万ルピー、1週間2万ルピーという制限は、旧紙幣そのものの交換上限ではなく、銀行口座からの現金引き出しに対する制限です。

インドの政策は、従来の高額紙幣を突然使えなくすることで、現金として保有されていた資金を金融システムに戻すことを狙ったものでした。

日本で同じような政策を取ることは現実的ではありませんが、現金が「見えない資産」となり得ることを考えるうえでは、興味深い事例です。

新札になっても「古い1万円札」は消えない

日本では、1984年に福沢諭吉の1万円札、2024年には渋沢栄一の1万円札が発行されました。

しかし、新しい紙幣が発行されたからといって、それ以前の紙幣がすべて直ちに使えなくなるわけではありません。

そのため、家庭の金庫や引き出しなどに、福沢諭吉の1万円札だけでなく、さらに古い聖徳太子の1万円札が眠っている可能性もあります。

もちろん、現在どれほどの聖徳太子の1万円札がタンス預金として残っているのかは分かりません。しかし、何十年もの間、一度も使われることなく家庭の中に保管されてきた現金が存在している可能性は十分にあります。

「古い紙幣だから価値がない」と考える必要もありません。日本銀行券として現在も有効なものであれば、額面どおりの価値を持ちます。一方、希少性などから額面を上回る価値がつくケースもあります。

「安心感」の裏側にあるリスク

現金を自宅に保管することには、もちろんメリットもあります。金融機関のシステム障害などが起きた場合でも、手元に現金があれば支払いに使えるという安心感があります。

しかし、自宅で多額の現金を保管することにはリスクもあります。

近年は、多額の現金を狙った盗難事件も報道されています。さらに、火災や水害などの災害によって現金そのものを失う可能性もあります。

タンス預金は、税務当局から見れば「相続財産をどのように把握するか」という問題です。一方、家庭にとっては、「現金という資産をどのように管理するか」という資産管理の問題でもあります。

「143兆円」の予算、その一方で水面下に眠る現金

こうした家計の資産を考えるうえで、冒頭の国家予算の話に戻ります。

2026年8月31日、2027年度予算の概算要求が締め切られ、要求総額は143兆円前後になる見通しとなりました。国家財政の規模が拡大する一方、日本の家計にも2,385.7兆円という巨額の金融資産があります。

「預金から投資へ」という流れが進むなかでも、日本人の現金志向は依然として根強いものがあります。

タンス預金は、単なる「家に置いてある現金」ではありません。相続税、資産管理、盗難や災害への備え、さらには現金をどのように社会の金融システムへ戻していくのかという政策上の問題まで、さまざまなテーマにつながっています。

表に出ている金融資産だけを見ていては分からない、水面下の「数十兆円」。その現金がどこにあり、なぜそこに置かれているのか。そして、次の世代にどのように引き継がれていくのか――。「タンス預金」は、日本の家計と税制を考えるうえで、決して無視できない存在なのです。

矢内 一好

国際課税研究所

首席研究員

(※写真はイメージです/PIXTA)