「信頼は得たが、驚きは薄れた。大胆な挑戦は抑えられ、ブランドへの期待値とのギャップが広がるのではないか」──VAIOの執行役員で開発本部長を務める林薫氏は、9月10日に催した新製品発表会でこう振り返った。かつては斬新な製品を数多く送り出し、存在感を示していたVAIOブランドだったが、近年は保守的な法人向けの製品が中心。そんな状況を危惧した言葉といえる。

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 VAIOといえば、1996年にソニーが立ち上げたPCブランド。いわゆる「銀パソ」ブームを作った「バイオノート505」(PCG-505)や、カメラを搭載した小型ノートPC「VAIO C1」(PCG-C1)など、当時としては尖った製品を数多く送り出し、90年代後半から2000年代にかけて注目を集めた。

 しかし価格競争の激化などで次第に事業環境は悪化。ソニーは2014年、PC事業を投資ファンドの日本産業パートナーズに譲渡し、VAIOは独立した事業会社となった。

 以来、VAIOは法人向けノートPCに軸足を移し、堅実な製品とサポート体制で企業からの信頼を得ることに注力してきた。そのかいもあって顧客基盤は拡大し、法人向けPCの販売台数は15年から25年までの10年間で約7倍に増えた。

 再び転機が訪れたのは25年、家電量販大手のノジマ傘下に入ったことだ。「ノジマチームでは、失敗を恐れずに挑戦することを重視する。そしてPCは、生成AIの台頭により、再び“体験が進化”する時代に入った。その進化へ挑戦する」と林氏。これが「VAIO Next」と呼ばれる製品群を開発するきっかけになった。

●迷わず決めたマルチフリップ

 VAIO Nextの第1弾は、8月に先行プレビュー版をリリースした「VAIO ウェルネスケア」。PCの内蔵カメラから取得したデータに基づき、統計学的処理により構築したモデルから血管情報と心拍情報を推定する仕組みで、生活環境改善(業務環境改善)に活用できるとしている。これはノジマのアイデアが開発の発端になった。

 そして第2弾が今回発表したノートPC新製品「VAIO T」および法人向けの「VAIO T work」だ。独自のマルチフリップ機構によりディスプレイが180度回転する構造で、ノートPCの形状からディスプレイを反転させると動画視聴などに便利な「ビューモード」に、そのまま閉じれば「タブレットモード」へと早変わりする。

 これは13年発売の「VAIO Fit」などに採用していたヒンジ構造がベース。ちなみにVAIO Fitは、ソニーが最後に発売したVAIOノートだった。

 発案したのはノジマだった。ノジマの益田巧氏(M&Cソリューション推進部 情報ソリューショングループ)は「VAIOといえば505、C1など思い浮かべる人いるかもしれないが、迷わず選んだのはマルチフリップ」と話す。理由は、販売現場の声だという。

 「店頭では好評だったが、時代が追いつく前に消えてしまった。当時、PCではタッチ操作が普及しておらず、Windows側も発展途上だった。今もう一度チャレンジしてみたい」(益田氏)。

 一方、VAIOの林氏は、この提案を聞いた時に「複雑な思いもあった」と明かしている。「自信を持って投入したが手応えを得られず収束した製品だった。新しいスタイルは、その価値が伝わらなければ広まらないと分かった」という。

 しかし、今なら販売店と密接に連携できるかもしれない。ノジマが昨年のVAIO買収後、最初にやったのは、試験や販売実績といった条件をクリアした店員に与えられる「VAIOマイスター」認定制度と、ノジマ店内に個人向けPCのカスタマイズから注文まで行える「VAIO Shop in Shop」の設置だった。VAIOに習熟したスタッフが、その価値をユーザーに伝えてくれる体制が整った。

 VAIOでシニアプロダクトマネージャーを務める渡辺玄氏は「2 in 1の製品は数多くあるが、VAIO-Tは机に置いたままスタイルが変わる。思考が途切れず、スムーズに動作がつながる」と話している。

 VAIO Tは、9月18日からオンラインとノジマ店頭での予約受付を開始し、同時にノジマ全店で先行展示も順次スタートする予定だ。店頭発売は9月22日となっている。

 VAIOの林氏によると、ノジマとの共創を通じて変わったのは、社内の雰囲気だという。「一番大きかったのはマインドチェンジだ。法人向けはどこかコンサバ(保守的、控えめ)な方向に行きやすい。会社としてもっとチャレンジすべきだと後押ししてもらい、舵を切ることができた」。

 再び挑戦を始めたVAIOは、昔のようにPC市場で脚光を浴びる存在になるだろうか。

「VAIO T」と法人向けの「VAIO T work」