老後のために貯めてきたお金も、使わなければ生活を豊かにすることはできません。一方、まとまった資産がある安心感から、退職後に生活水準を大きく上げると、想像以上の速さで貯蓄が減ることもあります。まとまった貯蓄があっても、毎年いくら使い、どのくらいのペースで減っているのかによって、老後資金の見通しは変わります。

「6,200万円あるから…」少しずつ変わった金銭感覚

「ずっと節約してきたんだから、これからは楽しもう」

夫の隆夫さん(仮名・70歳)がそう話したのは、2年前のことでした。

妻の洋子さん(仮名・70歳)との2人暮らし。夫婦の年金収入は月約31万円で、住宅ローンを完済したマンションがあります。

隆夫さんが会社員時代に蓄えた預貯金や退職金などを合わせると、68歳時点の金融資産は約6,200万円ありました。子ども2人はすでに独立しています。

現役時代の夫婦は堅実でした。

海外旅行にはほとんど行かず、外食も月に数回。隆夫さんが退職してからもしばらくは、「老後は何があるか分からない」と出費を抑えていました。

ところが、ある日洋子さんが言いました。

「これだけ貯めても、結局使わずに終わったらもったいないよね」

その言葉をきっかけに、夫婦は旅行を楽しむようになります。

最初は北海道の高級旅館へ2泊。その半年後にはヨーロッパへ約10日間旅行し、翌年にはハワイにも出かけました。

「せっかくだから」と飛行機の座席をアップグレードし、ホテルも以前なら選ばなかった価格帯にしました。

旅行だけではありません。

外食する店も少しずつ変わり、百貨店で洋服を買うことも増えました。自宅で使うソファやテレビも買い替えました。

一つひとつは、6,200万円の貯蓄から見れば大きな金額には思えません。

「10万円使っても6,000万円以上ある。だから感覚が麻痺していたんだと思います」

総務省『家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、月平均の可処分所得は22万1,544円、消費支出は26万3,979円です。平均でも消費支出が可処分所得を月4万2,435円上回っており、高齢期には保有資産を取り崩しながら生活すること自体は珍しくありません。

問題は、洋子さん夫婦が「いくらまでなら使えるか」を確認しないまま、支出を増やしていたことでした。

「こんなに減ってる?」2年分の通帳を並べて見えた年間収支

きっかけは、マンションの設備交換でした。給湯器とエアコンの買い替えが重なり、まとまった支出が必要になりました。

そのとき洋子さんが久しぶりに夫婦の預貯金をまとめて確認しました。

「ねえ、ちょっと来て」

隆夫さんが横に座ります。2年前には約6,200万円あった金融資産が、約5,500万円まで減っていました。

「700万円?」

夫婦は初めて、2年間の支出を大まかに整理しました。

海外旅行や国内旅行、宿泊費などに2年間で約300万円。家具・家電の買い替えや外食、衣服などにも以前より多く使っています。

もちろん年金収入もありました。それでも、日常生活費を含めて計算すると、年間の支出が年金収入を大きく上回る状態になっていました。

洋子さんはそこで初めて口にしました。

「私たち、こんなに使って大丈夫なの?」

6,200万円という資産額だけを見ていたときには気にならなかったことが、「1年間にいくら減っているか」で考えると違って見えました。

内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、60歳以上が今後の経済面で不安に思うこととして、「物価が上昇すること」が7割を超えて最も多く、医療・介護費や、将来一人で生活できなくなった場合の住み替え・施設入居費を心配する人も少なくありません。

夫婦にも、今後マンションの設備交換や医療、介護など、現時点では金額を予測できない支出があります。

旅行をやめる必要はない。そう考えた夫婦は、「使わない生活」に戻るのではなく、年間の予算を決めることにしました。

海外旅行は頻度を見直し。国内旅行を含めたレジャー費には年間の上限を設け、日常の外食や買い物も月ごとに確認します。

「旅行したことは後悔していません。楽しかったですから。でも、6,200万円あるから大丈夫、という考え方は違ったんですよね」

老後資金は、ただ残しておけばいいものでも、自由に使い切っていいものでもありません。

資産残高の大きさだけを見るのではなく、年金収入に対して年間いくら使い、資産がどの程度のペースで減っているのかを把握する。老後を楽しみながら資産を使うためにも、「残高」だけではなく「減り方」を確認することが重要です。

(※写真はイメージです/PIXTA)