書店で手に取って、なんというタイトルかと思った。「いぬ・どうてい・おとこ」ってどういう意味だろうとしばらく考えたが、よく見たら「いぬどうさだお」って読み仮名が振ってあった。表紙にババーンと描いてある、地獄のミサワとは正反対におそろしく目の離れた犬みたいな顔をした男。こいつが「いぬどうさだお」なのか。

以前、ヤンマガで『ガキジャン』というギャグマンガを描いていた佐々木昇平の新作だ。『ガキジャン』は小学生男子のバカさと残酷さをギャグらしくない絵柄で表現していて、決してわるくはなかったけれど、あまり読者の支持を得られなかったのか連載も長くは続かず、単行本は2巻で終わってしまった。

ところが、本作『革命戦士 犬童貞男』では方向性をガラリと変えて、モテない男の怨念が爆発する動物大叛乱の人類殲滅人喰い漫画となって復活した。そういえば『ガキジャン』でも小学生がクマと戦ったりワシにさらわれたり、佐々木昇平というひとは動物が好きなのかもな。

『革命戦士 犬童貞男』は連載では読んでおらず、書店でジャケ買い(正確にはタイトル買い)した。タイトルから内容がまったく想像できないままに読みはじめたのだが、まずは寝坊して学校に遅刻しそうなヒロインの登場ではじまる。オーソドックスな、というかむしろ古臭いほどの始り方だ。ただし、走るヒロインのスカートが異常に短いことと、口にくわえているのがトーストではなく“ちくわ”であることから、作者が真面目に話を進めるつもりではないことがわかる。

そして、遅刻しそうな主人公は必ず曲がり角にさしかかるの法則通りに、猛スピードで角を曲がる。当然、反対側からはハンサムだけどちょっぴり乱暴な転校生がやってきてドシーン!
……となるはずが、なぜかやって来たのは巨大ドーベルマン。主人公の女の子、こいつにガブリと喰い殺されちゃったよ。ここまでがたったの5ページ。な、なんなのこの展開!?

巨大ドーベルマンは次々に住民を襲い、被害は拡大してゆく。事件を知ったテレビはワイドショーを急遽変更して特別報道番組を組む。スタジオでは巨大ドーベルマンの正体と、それが出現した理由を巡って激しい討論が繰り広げられる。
やがて、巨大ドーベルマンとともに、それを操っていた謎の人物・犬童貞男(表紙のあいつ)がスタジオに闖入してくるや、自分たちの行動を説明しはじめる。それは、長いあいだ我が物顔で地球を支配してきた人類へ向けての、動物たちからの宣戦布告だった。

またえらく大きなテーマを持ってきたねえ。実際、それに合わせて絵柄もより迫力のあるものに変えてきている。かけ網で影を付けたうえでさらにトーンを貼っているので、全体的に絵が黒い。この黒さは、犬童貞男がひそかに抱えている心の闇とも調和している。

デビュー以来のギャグ体質故か、冒頭のエピソードで女の子にちくわをくわえさせてしまったり、テレビで討論する人間があきらかに実在のタレントに似ていたり、犬童貞男が自宅で(動物の毛を取るために)コロコロクリーナーを使っていたり、人類への警鐘……と見せかけて本当の動機は童貞をこじらせ過ぎての八つ当たりだったりと、あちらこちらにギャグが散りばめられている。残虐、悲惨、グロテスクな描写ばかりになりそうなところにこうしたギャグが入ることで、かえって物語は異様な厚みを獲得している。これは大成功と言っていい。

こうしたシリアスとギャグのバランスを保ったまま、このテンションを落とさずに続いていけば、『革命戦士 犬童貞男』はとんでもない問題作となるだろう。佐々木昇平、大化けの予感だ。
(とみさわ昭仁)

『革命戦士 犬童貞男/佐々木昇平』(2012年02月06日発売/ヤンマガコミックス) 犬童貞男の指令により、あらゆる動物達が人間に牙を剥く。猛獣はもちろん、犬も猫も。金魚鉢から飛び出した金魚さえもが、口から水を吐いて人間に攻撃しようと悪あがきする様は、笑ってしまいながらも戦慄した。