ぼく、初代「ストリートファイター2」出た時ブランカ使ってました。
なんでかっていうと、昇竜拳のコマンドを入れられなかったから。ほら、タメコマンド(後ろにためて、前にレバーを入れると同時にボタンを押す)便利じゃん。けれども初代ってローリングアタックの最中に攻撃くらうとダメージ二倍でめっちゃ減るんだよね。
そういえばSNKの宣伝って「100メガショック」だったけど、今はもうすっかり超えてビックリだよね。
……という話に「あったあった」と思ってくれる人は、今はアラサーといったところでしょうか。
幼少期にファミコンが出て、中高生でゲームボーイスーファミPCエンジンメガドライブが登場し、ゲーム業界が一気に活気づいたそんな時代、90年代初頭です。
ヤンキーのたまり場的イメージと、インベーダーゲーム亡き後パックマンドルアーガの塔などで盛り上がりはしたもののやはり薄暗い空気をまとっていたゲーセン。それが、スト2の登場で一気に人でごった返し、格闘ゲームブームが来たものです。劇的な変化でした。

ねえほら、思い出して。
スト2を、餓狼伝説を、サムライスピリッツをやっていたとき。目の前のゲームに激しくドキドキしていなかった?
なけなしのお小遣いを入れて、人生の全てを費やすような気持ちになった思い出、ありませんか。

押切蓮介『ハイスコアガール』は、ゲーム大好き少年と少女の物語です。
以前にも『ピコピコ少年』という作品で、自伝的にゲーム好き少年時代を描いた押切蓮介。その集大成ともいえるのがこの作品です。
ゲームを軸としたラブコメなので、この時代ドンピシャ少年少女じゃなくても楽しめるのがポイントなんですが、やはりアラサー世代への訴えかけの直球っぷりは尋常じゃないですよ。
画面の隅から隅まで、会話の一つ一つまで、ゲームネタで詰まってますもの。今はほとんどないですが、昔は駄菓子屋や本屋さんにもスト2SNK格闘ゲーム筐体が外にむき出しであったものです。そんな90年代の光景がバッチリ描かれています。

主人公の少年ハルオは、学校ではなんの取り柄もない子なんですよ。勉強はダメ、運動もだめ、センスもないしかっこよくもない。全然いいところなし、灰色の少年時代です。
けれど彼の目はイキイキしているんです。なんでかというと、近所のゲーセンガイルを使って勝ち続けていたから。
彼にとってのゲームは生きがいで、あらゆる辛いことを忘れさせてくれる貴重な……いや、小学生男子はバカなのでそこまで考えてないか。ようはスト2やってたら楽しくて幸せ」なんですよ。
ちなみに多くの人がご存知だと思いますが、ガイル少佐はスト2においての最強キャラ。無論ガイルに勝つ方法はいくらでもあるんですが、一部のキャラ(例・ザンギエフなど)には圧倒的な強さを誇りました。隙のない飛び道具ソニックブームを打ちつつ、飛んできたら空中ガードがこのころないので、サマーソルトキックで落とすという、通称待ちガイル
非常にいやらしい戦法なのでこれでぶち切れた客がリアルファイトになった店も数多く、ぼくが通っていたゲーセンでは「当て投げ禁止」「待ちガイル禁止」「ハメ技禁止(※脱出できない連携技のこと)」と手書きの貼り紙がされていました。嘘のような本当の話。
ところがハルオ待ちガイルを使ってでも勝つことにこだわるんです。
なぜか?
ゲーセンスト2で勝つことが、彼のアイデンティティだからです。

ところがそんな彼の通うゲーセンに、クラスのお嬢様がやってきます。名前は大野晶。
当時活気が出てきたとはいえ、それでも薄暗くて、今のようなお洒落で明るい雰囲気のない空間。そこにまるで浮世離れしたような、成績優秀・運動神経抜群・美人な上にお金持ち、と三拍子以上揃った女の子がきたらそりゃー浮きますよ。しかもザンギエフで28連勝という信じられない記録を達成します。
当時のザンギエフは今と違って非常にコマンド入力がシビアな上に技も少なく、使いこなせないと最弱キャラともいわれたのです。立ちスクリュー(立ったまま一回転コマンドで投げること)できたら尊敬されたものです。
ハルオは激怒します。
俺とは違う世界の人間がなんでここにきているんだ! こいつは俺の憩いの場をぐちゃぐちゃに乱しているのだ!! 許すわけにはいかん!!
アイデンティティ崩壊の危機です。

これ以来、駄菓子屋の軒先、別のゲーセン、どこに行っても大野にあうことになります。
ハルオは彼女が自分の縄張りに踏み込んできたことにモヤモヤを感じているのですが、同時に大野が非常に強いこと、ゲームを愛していることを理解しています。
これが彼の中の小さなライバル心になり、ゲーム筐体のボタンしか見ていなかった彼が大野に仲間意識を持つようになることから物語ははじまります。

重要なのは優等生の大野さんが、なんで大人の目をかいくぐってゲーセンにいるか、なんですよ。
眉目秀麗な彼女が、落ちこぼれなハルオと一緒にいる、という事自体ハルオもおかしいなと思っているんですが、途中でその謎は明らかになっていきます。
大野さんは一切しゃべりません。一言も。最後の最後になるまで。
なので一方的にハルオが大野に話しかけることで物語は進んでいくのですが、大野は大野でハルオに対してゲーム好きという点での仲間意識があるのかないのか、一緒に行動する仲になります。

普通ここまで来たら女の子の方に気が行くじゃないですか。
違うの。違う。
隣にいる女の子よりゲームの方がドキドキするんだって!小学生男子だもん!
このへんが非常に巧みに描かれており、実際はラブコメなんですが、ゲームギャグマンガとして成立する要素になっています。
けれども二人が出会ったことで、ゲームして、はい楽しかったね、でおわるわけもない。

30代の人には懐かしさと甘酸っぱさで存分に堪能できる作品だと思いますが、それより若い人たちでも楽しめるような演出がたくさん盛り込まれています。もちろん、そのゲームのネタがわからなくても。
なんでか?
どの世代にもゲームってあるんですよ。ゲームがつなぐ縁や友情ってあるんですよ。
それって間違いなく青春なんですよ。
この青春をきっちり、そして激しく描いているから本作は面白い。押切蓮介は普段はホラーやギャグマンガをメインに描いており、ラブコメはかなり珍しい部類に入るんですが、「激しすぎる情念」の描写という点でずば抜けた作家です。コマ割り、筆圧、セリフ等を駆使しまくってあらゆる感情のほとばしりをマンガにすることに長けています。
この作品でも、ゲーム愛と、少年少女の鬱屈がこれでもかと詰め込まれています。
これ以上はネタバレになるので言えないですが、ハルオと大野の激しくも静かな感情は是非見て欲しいのです。
と同時に、「人生ってうまくいかねえんだけどそれがいいんだよね」という達観した面白さも魅力。ハルオは決してかっこよくないけれども、それがかっこいいんだよ。
そして、大野さんは信じられないくらいにかわいいです。押切蓮介ヒロインは独特の美しさで彩られている作品が多数あります。是非このマンガから体験してみてください。

一巻は小学生編となっており、現在連載分は中学生編として続いています。
これもネタバレになるので言えませんが、時代と共に移り変わるゲームネタは必見です。ゲーメスト買ってた? ぼくは買ってたよ。初代の龍虎乱舞コマンドどういれるのか話題になったよね。とかね。
ところでこの本、帯にキャッチコピーが入っています。
「俺より強いやつに『待ちガイル』。」
だめじゃん。
(わからない人は「俺より強い奴に」で検索してみてね)
(たまごまご)

ヤニ臭くて薄汚れた、男たちが命を燃やしてスト2をやるゲーセンに生きる少年……その目の前に現れたのは、クラスの無口な優等生少女。俺の世界に入ってくるんじゃねえ!そんな思いを胸によぎる思いは? 90年代ゲーセンが蘇る「ハイスコアガール」は極上のゲームラブコメディだ。