20人に1人が「山口さん」という職場がある。その企業に勤務する山口さん(35)は今、「武者小路名乗りたい」とまで追い詰められているそうだ。彼女を「山口1号」と仮に呼ぼう。

山口1号さんは「60人ほどの会社で、3人の山口さんがいるんです。電話がかかってきて 『山口さーん、お電話ですよー』となれば、『どの山口? 俺か? お前か?』と3人で目配せすることも度々です。もううんざりですよ」とイライラした様子で話す。

「僕はメールが届く瞬間が一番イヤですね」というのは、1号さんと同じ部署の「山口2号」さん(21)。「部署全体で管理するメールアドレスがあります。そのアドレスには、1号さんと僕が入っているんですよね。内容を読んでも、どちら宛てなのか、当事者ともにわからないこともあって、1号さん宛てのメールに僕が返信してしまったり、その逆もあったりで混乱しています」。

1号、2号が実害を語るいっぽうで、別の部署の「山口3号」さん(43)は、「混乱するからこその面白みもあります」と楽しげな様子だ。「社内チャットツールで、1号さん宛ての社内でも極秘扱いすべき情報が、詳細な添付ファイルとともに届いたことがあります。誤送信に気づいた送信主は『すぐ消してください』と言ってきましたが、しっかりと読ませてもらいましたよ」。

1、2、3号のそれぞれの思いは違うようだが、いずれにしても1号は「これ以上の混乱は勘弁です。であれば、これから入社してくる可能性の低い『武者小路』のような珍しい名前を『通称』として名乗りたい」と考えている。

「通称使用」というと、結婚後に旧姓を名乗るケースが思い浮かぶが、今回のような「同じ姓が多いから、混乱を避けるために仕事では『通称』を名乗りたい」という理由で、通称を使用することはできるのだろうか。鈴木徳太郎弁護士に聞いた。

●「山口が多いから通称を使いたい」はOK?

「同姓の方が非常に多数いるような特殊な環境下では、通称を使用している方の特定性に問題がない限り、使用しても構わないのではないでしょうか」

鈴木弁護士はこのように語った。

「まず、一般論としまして、通称の利用全般を規制する法律はありません。

そこで、この問題を考える上では、名前のもつ機能とは何であるか考える必要があります。名前とは『個人の同一性を特定する』という機能です。簡単にいえば、『その人が誰か』ということを対外的に明らかにすることを意味します。

つまり、戸籍上の名前以外であっても、社会において広く利用し、個人の特定に支障がない(またはそのように利用する意思をもって使い始める)のであれば、名前としての機能を十分に果たすと言えます。

逆にいいますと『その人が誰であるか』の特定に支障が生じるような場合や、誰であるかを誤信させるような目的で戸籍上の名前以外を利用することは控えるべきでしょう」

●ただの「山口さん」が「武者小路」と名乗れる?

その2つの条件にあてはまらなければ、「山口さん」が「武者小路」と名乗っても問題ないのだろうか。

「たとえば、山口1号さんが、通称である『武者小路』を対外的に幅広い場面で使用していて、周囲の人が『武者小路=山口1号さん』だと支障なく特定できるのであれば、それを日常の場で利用することは、基本的に可能だと言えるでしょう。

ただ、漠然と有名な方の名前を使用することは、その有名な方と通称として利用する方を混同させる目的があるのではないかと疑われかねません。また、不自然な通称の利用は、仮に法的に可能であったとしても、周囲の方からの信用を失うことに繋がりかねません」

さらに、次のような点も注意が必要だという。

「仕事で通称を使うにしても、通称が使用できない場面もあることには注意が必要です。

先にも申し上げましたとおり、名前には『個人を特定する』という機能があります。契約は『個人を特定すること』が強く要求される場面ですので、本名を使用したほうが安全でしょう。

このほか、住民登録や戸籍に関する届出書を行政に出す場合など、性質上、本名でなければならないものもあります」

鈴木弁護士はこのように指摘した。

弁護士ドットコムニュース

【取材協力弁護士
鈴木 徳太郎(すずき・とくたろう)弁護士
多摩地区府中市弁護士。個人の案件については、相続問題の他、交通事故や倒産事件を多数取り扱う。近時は労働問題の相談も多い。会社関係の事業承継なども取り扱う。
現在、第一東京弁護士会多摩支部副支部長、府中市情報公開・個人情報保護審議会委員を務める。
事務所名:鈴木徳太郎法律事務所
事務所URLhttp://www.fuchu-lawoffice.jp/

職場に「山口さん」が3人いて大混乱! 仕事で通称「武者小路」を名乗ってもいい?