現在ではゲーム業界もすっかり落ち着いた感があり、異業種から突然ゲームに参入、また大手ゲームメーカーから実験作のようなタイトルが出たりといったことはほとんどありませんね。でもパソコンゲームの黎明(れいめい)期、またファミコンゲームの大ブーム期には、現在から見ると驚くようなソフトがリリースされていました。今回は、そんなソフトをピックアップしてみました。

●日本初のアダルトゲーム『ナイトライフ』(1982年)

信長の野望』『三國志』シリーズで有名な株式会社コーエーテクモゲームスですが、「光栄マイコンシステム」という社名時代に、日本初といわれるアダルトゲーム『ナイトライフ』をリリースしています(PC用)。アダルトゲームといっても、女性の生理周期から「危険日」を予測してくれたり、「お薦めの体位」を表示したりといった、なんというか実践的な内容でした。当時のラブホテルに「パソコンの間」みたいな部屋があると、たいていこのソフトを走らせたパソコンが置いてあったそうです。

●タイトルが秀逸!? 『オランダ妻は電気ウナギの夢を見るか?』(1984年)

こちらも「光栄マイコンシステム」からリリースされたPC用アダルトゲーム。「ストロベリーポルノシリーズ」と銘打たれた三部作(上記の『ナイトライフ』、2作目の『団地妻の誘惑』、本作です)の最終作です。本作はRPGの要素を取り入れた、アドベンチャーゲームです。タイトルはフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』から取られてます。後に『信長の野望』で大ヒットをたたき出す「光栄」にも、いろいろな路線を試していた時代があったのです。

エニックス製のアダルトゲームロリータシンドローム』(1983年)

2003年に株式会社スクウェアと合併して「スクウェア・エニックス」となった株式会社エニックスエニックスは『ドラゴンクエスト』シリーズで有名な大手ゲーム会社ですが、いろいろ試行錯誤していた時代には、アダルトゲームをリリースしたことがあります。PC用『ロリータシンドローム』はその中の1本。「メゾンロリータ」の1-5号室に少女が住んでいて、各部屋で起こるトラブルから少女を救うといった内容。クリアできないと少女が電動ノコギリで真っ二つになることも……。現在ではタイトルがもうアウトでしょう。

●東京書籍がファミコンソフトを! 『けいさんゲーム さんすう1年』(1986年)

ファミコンが大ブームになっていたころには異業種からゲーム業界への参入が相次ぎました。教科書出版の最大手・東京書籍株式会社がファミコンソフトを制作・販売していたというと驚く人が多いかもしれません。1986年には、

けいさんゲーム さんすう1年』
けいさんゲーム 算数2年』
けいさんゲーム 算数3年』
けいさんゲーム 算数4年』
けいさんゲーム 算数5・6年』

というエデュテイメントソフトをリリース。1987年には『いきなりミュージシャン』という今でいえば「音ゲー」っぽいソフトを、同年には『ロマンシア』(元は日本ファルコム制作・販売のPC用ゲーム)というアクションアドベンチャーゲームをリリースしています。

東芝EMIスーファミソフトを出していた!『スーパー・バック・トゥ・ザ・フューチャー2』(1993年)

東芝EMI(現在は紆余曲折を経てEMIミュージック・ジャパンとなっています)といえば音楽業界でも大手だった会社ですが、なんとスーパーファミコン用ソフトを出したことがあります。大ヒット映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』を題材にした本作は、主人公マーティを操って進んで行く横スクロール型アクションゲーム。マーティがなぜかずっとこっち(プレーヤー)を見ているという不思議な演出(?)が特徴です。

●パソコン用ドラクエI・IIがあったよ! (1986年1988年)

今の若い世代は全く知らない話ですが「MSX」というパーソナルコンピューターの規格がありまして、このプラットフォーム向けにたくさんのメーカーがゲームを開発・販売していた時代がありました。正直MSXをパソコンと呼ぶかどうかは微妙なところではありますが、ゲーム専用機「ファミコン」向けに開発された『ドラゴンクエスト』がパソコン用に移植され発売されたのは画期的なことでした。エニックスから、1986年に『ドラゴンクエスト』が、1988年に『ドラゴンクエストII』がMSX版としてリリースされました。

パソコンゲームテレビゲームの歴史を振り返ってみると、現在からすると驚くようなタイトルがあるものです。上記で紹介した以外にも、カシオ計算機ブラザー工業がゲームソフトを出していたりします。若い世代には全く知らないことかもしれませんが、どの企業にも試行錯誤をしていた時代というのがあるのですね。

(高橋モータース@dcp)