資本主義が支配する現世で「お金」という存在は決して視することができない。お金があることは小さな子供にもわかっているようで、将来はお金持ちになりたいという夢を持つことも少なくないだろう。もそんなを疑わない拝義者だ。コミュニティアプリアンサー」に「やっぱ世の中だよね?」と切り込む。

しかし、案外この拝義に賛同するアンサー民は少なく、彼を説得するがため様々な切り口からがすべてではないことを紹介していく。その中でも特に彼にいたのは今の医学では治せないという難病に苦しむ女性の「よりも、健康が欲しいな」という一言。そもそもアンサーにスポットを立てて意見をめること自体、どこかで否定してほしかったのではないかと思うわけなんだな。

「やっぱ世の中だよね?」→「え? う、うん、う~ん......」

があれば幸せになれる、それはこの世の理なのか、考えたことはあるだろうか。は「やっぱ世の中だよね?」とそこに大胆に踏み込んでいく。「は少なからず人を動かしている」「少なからず俺らが労働している根本には常にが軸にある」「で創造した物理的だけでなく経済的、大胆な話政治的にもをはっきしたらそこら辺の餓なんて安いもんだろ?」と彼はを万だと考えているようだ。

資本主義のこの世の中、これは一定程度の人々に共有された価値観だと思うのだが、案外アンサー民には受け入れられなかったようだ。必要であることは否定しないものの、全てではないというのが彼らの考えらしい。彼女結婚健康などでは手に入れられないものを例に挙げながらの説得に入る。しかし彼はそれらを「億万長者になってない私達には分からない戯言ですよね」と一蹴する。

はこの言葉で少なからずさを知った」、そんなお金よりも尊いものとは?

アンサー民も決してお金の重要性を全否定しているわけではない。「重要な要素のひとつでしかなくて、『すべて』ではないの」ということであり、「幸せイコールではないってこと」なのだ。「よりも、健康が欲しいな」という人は「結局健康めるにはがつきまとう」と言われても引かない。実はこの方、今の医学では治せないいわゆる不治の病にかかっているという。

これはいかにをもってしても解決できない。もこれには反論できず、むしろ「はこの言葉で少なからずさを知った」といい、しかも病を抱えたその人に「具合が良くなりますように」「まぢで幸せを祈ってますから絶対幸せなって下さいね」と励ましの言葉まで送っている。実はは「世の中」というのを批判してほしかったのではないかと筆者は思う。なんてなくたって幸せになれる!って筆者は必死にこの機会に乗じて言い放ってみたり。(ライターファエマ

(撮影=401(K) 2012 flickrより)