「ビールいかがですかぁ~」

 にこやかな笑顔をこちらに向けながら、愛くるしい声がひびく。

 いかにも重たそうなビールサーバーを背負い、カラフルユニフォームに身を包んだビールの売り子たちに、ついつい目を奪われてしまう。

「どの子から買おうかな!?」

 男性諸氏ならそんな思いがよぎっても不思議ではない。

「飲みそうな客を見つけないと!」

 反対に、売り子たちは、一刻も早く自分の客を見つけることに全神経をそそぐ。

 “たかが、ビール! されど、ビール!”

 売り子と客の不思議な関係に迫ってみた。

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■ビール販売数は売り子の人気のバロメーター

 常連客をいかにつくるか!

 売り子たちは客に対して常に積極的に仕掛ける。たくさん飲む客を見極め、まずは世間話からスタートさせる。

 客がビールを飲み終えるタイミングを計り、2回目、3回目とお呼びがかかれば脈あり。自らの常連客として囲い込んでいく。

 では、どうして売り子たちはビール販売にこんなに積極的になるのだろうか? ひとつは、彼女たちの給与は販売した杯数を元に歩合給として換算されるシステムだからだ。売れる子、売れない子では、給与の額に雲泥の差がつく。

 また、甲子園球場でのプロ野球開催時には、月間販売数に応じてエリアごとに売り子たちのランキングも公表される。売れる子、売れない子がはっきり数字で明らかにされるのだ。これが彼女たちのモチベーションにつながっている。

 ただ、根本的な理由としては、もっと奥が深い。

 “常連客を多く持つこと”は、イコール、“男性諸氏からの人気度のバロメーター”に置き換えられるということ。端的に言うと、“もてる”か“もてない”かの断が下されるわけだ。

 彼女たちの認識では、販売数ランキングではなく、人気度ランキングなのだ。イメージとしては、流行りの「総選挙」に近いのかも知れない。

■売り子を変えると浮気になるの!?

「誰から買ったん!」

 真顔で客を攻めたてる売り子に、さすがに驚いた。

「いや、あの……、『いつもここに座ってますね』って別の子に声かけられたんや」
 隣に座っていたオヤジの言い訳が痛々しい!?

 売り子が言い放ったのには訳があって、常連客のオヤジのカップが自分がついでいないビールで満たされていたのだ。

「それで、誰なん!」

「いや、大学は“武〇女”や言うてた。名前は知らん」

「ふ~ん」

 売り子が漏らすため息を聞くと、もはや球場内での売り子と客の関係ではないことがわかる。

 そもそも、「4回裏になったら飲み終えてるから、もう一回おいで」と別の売り子を誘ったオヤジの浮気!? が事の発端なのだが……。その浮気を見つけ、問い詰める売り子もすごい。

 このやり取りは、今年の夏の甲子園大会の第6日のこと。2人は知り合って最大で6日しか経っていないかもしれないというあたりも驚きに拍車をかけた。

■売り子たちにも様々なドラマがある

 かつて、甲子園球場阪神タイガース年間指定席エリアでは、エリアの仲間たちが必ず決まった売り子から買っていたことがあった。長いつきあいになるため、エリアごとに愛想のいい子が専属として決まってくるのだ。

 売り子たちは大学卒業と同時に就職するため、売り子のバイトも卒業することが多い。最終戦などは至る所で、売り子たちに花束が贈られているのを目にする。

 しかし、さきほどの例もあるように、最近は親密度を増すペースが早い、いや早すぎる。

 東京ドーム横浜スタジアムなどでは、タレントの卵たちがビールサーバーをかつぎ、タレントへの登竜門にもなっていると聞く。客との親密度を増し、自らの人気を上げるための絶好の機会になるからだ。

 積極的に自らを売り込む売り子と、それを迎え入れる客。今日も球場の至る所で、数々の人間ドラマが生まれているのかも知れない。

まろ麻呂企業コンサルタントに携わった経験を活かし、子供のころから愛してやまない野球を、鋭い視点と深い洞察力で見つめる。「野球をよりわかりやすく、より面白く観るには!」をモットーに、日々書き綴っている。 【関連記事】 今年は福原忍(阪神)が槍玉に。現役を続けるか、華々しく最後を飾るか ~揺れ動く心~ “火の玉ストレート”を武器に、藤川球児(阪神)が600試合登板達成! 2003年の阪神タイガースと伊良部秀輝 ~悪童と呼ばれた豪腕が最後に求めたもの~ 高山俊、原口文仁、北條史也 ~阪神の将来を担う成長著しい若手3選手~ 阪神・安藤優也 ~「勝利の方程式」の枠外でチームを支えるベテラン~
ビールの売り子と客の人間ドラマ