「久しぶりに演ってみて、当麻をより愛しく感じました」。
 戸田さんが演じた「当麻紗綾」は、テレビドラマ『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』のヒロインだ。IQ201の頭脳を持ちながら、ボサボサ頭に左腕を三角巾で吊った、餃子大好きな女刑事。異色の中の異色のヒロインが映画で帰ってきた。

戸田恵梨香、「中村文則作品に“活字の凄さ”を感じる」

  「連ドラのときは当麻がギャグを飛ばして周りの方たちが締めてくれるという立ち位置だったんですけど、スペシャルと映画では違いましたね。当麻が自分の背負っているものと向かい合うことで成長していくという物語なので、当麻がバカやってる余裕がなかったんです。でも、おかげでより深く当麻の内面に踏み込めたような気がします」。

 人間の内面をどう表現するかは、女優としての戸田さんが興味を持っていることの一つ。愛読書として挙げてくれた中村文則さんの『掏摸』も、人間心理を掘り下げて描いた作品だ。
 「中村さんの小説はほかに『銃』と『王国』も読んでいるんですが、人間のダークサイドを書くのが本当にうまいんです。天才的なスリが陰謀に巻き込まれていくという物語は非現実的なのに、登場人物の描写はリアル。ものすごく現実味がありました」

  『掏摸』とその姉妹編『王国』は、役者としても興味をそそられる作品だという。 「あまりないことなんですけど、“これって芝居でどう表現すればいいんだろう”って思いながら読みました。『掏摸』は男性が主人公なので、『王国』のヒロインをやってみたい。二部作でぜひ映画化してほしいですね」 。

 そもそも戸田さんが小説を読むようになったのは、マネージャーさんに“この仕事をするなら小説を読みなさい”と勧められたのがきっかけだったという。
 「おかげで監督が役の内面について演出するときの言葉が、ちゃんと理解できるようになったんです。それまでは、言葉を表面だけで捉えて、わかったつもりになってました」。女優の仕事は物語のなかの人物を表現すること。演じるときには、自身の経験や想像力をもとに、未知の人物を「つくりあげる」ことが必要になる。

 「私が23年間で経験したことなんてほんのわずか。しかも、幸せな環境で育ったので、左手を切られるわ、親はいないわ、弟は悪になるわ──という当麻の人生とは真逆なんです。普通に考えたら当麻の内面なんてわかりっこない。でも、小説を読むことで、絶望的な状況や、孤独や悲しみを想像することができる。私にとって本を読むことは、演じるという仕事をするうえで、すごく大きな力になっていると思います」


戸田恵梨香さんが選んだ一冊
『掏摸』 中村文則 河出書房新社 1365円
裕福な者だけを狙う天才スリ師の「僕」の前に現れた悪の権化「木崎」はある仕事を依頼する。もしも断れば、「僕」が関わりを持った母子を殺すという。「僕」は運命にあらがえるのか。芥川賞作家、中村文則がストーリーテラーとしての才能を発揮した作品。木崎が再び登場する姉妹作『王国』も必読!

取材・文=タカザワケンジ
(ダ・ヴィンチ5月号 「あの人と本の話」より)

戸田恵梨香さんが選んだ一冊、『掏摸』 中村文則 (河出書房新社)