僕は一応社会人をやっているので、会議だとか取材なんかがあると、それなりにまともな恰好をして出歩き、一人称も「僕」や「私」など、カドが立たないものを使っている。たとえばこちらのコラムでは「僕」という一人称を使っているけど、普段は「俺」だ。

日本語一人称って「ワシ」や「おいら」なんてものまでバリエーション豊かだから、それだけでキャラ付けになってしまうところがある。(文:松本ミゾレ)

「すげぇ上から目線感じるし何様だよって思う。とにかく、受け付けない」

先日、はてな匿名ダイアリー、「一人称を私呼びする男性が嫌い」という投稿がアップされた。その主張をご紹介したい。

就活を機会に同級生一人称が「僕」から「私」になったのが気に食わないのだそうだ。

「きっと、社会に出たら『私』といいなさい、ということだろうと思う。そう思うが、友人間で『私』と言われるとムカつく。俺はお前の上司でも先生でもなんでもないし、すげぇ上から目線感じるし何様だよって思う。とにかく、受け付けない」

その上で、「世の中『私』が普通なのか。家庭や友人間でも、社会の大人たちは『私』と言うのか」と問いかけている。

たしかに、元々「俺は~」とか言ってた若いのが、就職を機に「私は~」だとか言ってるなんて、正直滑稽だし、たしかにちょっとムカつきすら感じる。

なぜ「私」になったのか、理由が分からないままこういうことを書くのもちょっとどうかと思うけど、なんというか、漫画とか小説のインテリ主人公にでも影響されているんじゃないか? とまで思ってしまう。

「友人と話すのに『私』は確かになんかむずむずするな」

では、世間一般的には、友人や親しい人物に対してまで「私」称で接する人というのは、どういう目で見られてるものなんだろうか。寄せられている意見の中から、いくつか抽出してご紹介してみよう。

「弟が就活を機に一人称が『僕』から、『私』になった。きっと、社会に出たら「私」といいなさい。ということだろうと思う。 そう思うが、姉弟間で「私」と言われるとムカつく」
「友人と話すのに『私』は確かになんかむずむずするな」

こんな具合に、受け入れがたいとする意見がいくつかあった。中には「社会人になれば普通では?」という声もあるけど、社会人になってから元々の友達にいきなり「私は~」とか言ってるヤツなんか見たこともないし会ったこともないので、その主張はよく分からない。

どう考えても、元々「俺」や「僕」とか言っていたヤツは、社会人になったからと言って、久々に再会しても「私」称になんか普通はならないと思うんだけどなぁ。関係性は変わらないんだし。

というか、ふとこれ、投稿者の立ち位置が気になってしまう。相手が社会人になったのを契機に一人称「私」で接してくるようになったって、それはつまり、投稿者がそもそも友達とみなされてなかったという可能性もあるような気がする。

これなら、元々あんまり仲良くなかったけど、まだ社会に出てないから一人称だけで関係を表現する術がなかったというだけで、社会人になった以上は明確に「私」称で距離感を相手に認識させる術を持つようになったのではなかろうか。

だって一人称が変わったぐらいでネットに「こういう友達は嫌い」って書いちゃうこの投稿者、申し訳ないけど相手からも最初からあんまり大事にされてなかったっぽい。本当に親しければ一人称も変わらないんじゃないだろうか。

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