昨年、 ゲームの企画書で『バーチャファイター』などの開発者・ 鈴木裕氏にインタビューした際、最後にこんな言葉を投げかけられた。


鈴木裕氏:
 ただ、そうね......僕は全盛期に世界のトップシェアを取っていた日本が、こんなふうに海外に負けてしまったことが、やっぱり悔しいんですよ。だって、セガが全盛期の頃、僕たちは圧倒的な世界一のゲーム大国だったんです。(中略)ちゃんと新しい武器を製造しないとダメです。だって、良い武器があったら、色々なツールを工夫したりして、少人数でも勝てるんですよ。

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 そんな鈴木裕氏がインタビュー中、非常に強い興味を持って語っていたのがAI技術だった。そして先にズバリ言ってしまうと、この記事は、日本のゲーム産業が21世紀に世界市場で存在感を失い、今や新興国の国々までもが背後に迫ってきたシビアな状況に、実は「AI技術の軽視」という問題が一つあるのでは――という視点から強く光を当てるものだ。例えば、しばしば日本のゲーム業界の「敗因」として、グラフィックの人材不足や大規模マネジメントの失敗などの問題が挙げられる。だが、本稿でまさに語られるように、実は3D空間のゲームはスクリプトで素朴に動かすには限界があり、AIの導入は絶対に必要だったのだ。

 このインタビューでは、大手ゲーム会社で第一線のエンジニアとして働きながら、日本デジタルゲーム学会理事を務め、さらには『人工知能のための哲学塾』や数々のAIの啓蒙書を執筆してきた、AI開発者・三宅陽一郎氏を迎えた。そこで語られたのは、21世紀に「海の向こう」で驚異の進化を遂げてきた、ゲームAIの歴史だ。それは同時に、日本のゲーム産業が3Dゲームの発展の中で、世界市場の「蚊帳の外」に追いやられていく十数年の歴史でもある。
 90年代、日本のゲームクリエイターは、素晴らしい職人芸と独創的なゲームデザインで、世界のゲーム市場を魅了していた。そこに21世紀、欧米のゲーム開発者たちは「サイエンス」の力でいかに挑み、ついには桁違いの巨大産業へ育て上げたのか――まずは、彼らの成し遂げた、そのイノベーションの歴史を見ていくことから始めよう。

聞き手/ TAITAI稲葉ほたて
文/ 稲葉ほたて高橋ミレイ

――最初にお伺いしたいのですが、そもそも現在のゲーム開発でAIはどのように使われているのでしょうか?

三宅陽一郎氏(以下、三宅氏):
 『Left 4 Dead』(2008Valve Software/米国)【※】を例に取りましょう。

 例えば、従来のゲームは、出荷時に完全にゲームバランスを調整して、敵の配置を決めておきます。どういう敵がどこで出てくるのかは、基本的に2回目をやっても同じです。

――それこそゾンビゲーでも初代『バイオハザード』なら、何度やっても、最初は「振り向きゾンビ」で、そして「犬ガシャーン」ですよね。ところが、『Left 4 Dead』となると違ってくる、と。

三宅氏:
 ええ。このゲームでは、敵の配置を出荷時に決めません。プレイヤーの経路や強さに応じて、ダイナミックに敵の配置を変更して、生成していきます。それどころか、宝箱も自動配置で出てくる頻度とタイミングを変えています。ですから何度プレイしても、同じプレイにはなりません。

 では『Left 4 Dead』は、どんな風に計算しているのか。実は、彼らはAIでユーザーの「緊張度」を計算しているんですね。

――怖くて冷や汗をかいたりする、あの「緊張」の度合いですか? それを測定できるのですか?

三宅氏:
 単位時間あたりの撃破数を見て計算しているそうです。より詳細に言えば、敵からダメージを受ける、戦闘不能状態になる、突き落とされる、などによって上昇させ、撃破したそれぞれの敵との距離も要素として入れて計算します。それを元に、このゲームのAIは緊張度が下がっているときには、大量の敵を出してきます。

 すると、緊張度が一気に高まっていくので、次に敵の出現を止めてプレイヤーをリラックスさせます。こういう緊張の緩急をつける作業の反復を、AIが自動的にやっているんですね。

――以前に『バイオハザード』を手がけた三上真司さん【※】が、ホラーゲームで重要なのは、「緊張と緩和」だと仰ってました。そこをまさにAIで、プレイヤーの状況に応じてダイナミックに制御をかけてしまったのですね。

三上真司
カプコン、現Zenimax傘下のTango Gameworksのゲームデザイナー。カプコン時代に『バイオハザード』のディレクターを務め、その後のホラーゲームに多大な影響を与えた。以降のシリーズのプロデューサーやディレクターを経て、独立。Tango Gameworksでは『サイコブレイク』をリリースしている。

三宅氏:
 はい。まさに「ゲームデザイナーとしてのAI」ですね。ユーザーとゲームの間でバランスを調整したり、ゲームをダイナミックに盛り上げるためのAIです。

 それに、そもそも『Left 4 Dead』がゾンビゲームになったのも、「緊張と緩和」を意識したものです。このValve Softwareのチームは、実は『Counter-Strike』(2000・Valve Software/米国)を作ったところだったのですが、あれがバカ売れした原因がよくわからなかったんですね(笑)。そこで一生懸命に考えた結果、彼らは「敵が来ない閑散としたタイミング」と「敵がやって来る緊張のタイミング」の、緩急のバランスが絶妙だったと結論したんです。
 そこで彼らは「じゃあ、もっと緩急をつけたゲームを作れば、面白くなるのじゃないか」と考えて、「緊張と緩和」をつけやすいゲームとして「そうだ、ゾンビゲーだ!」と思いつきました。

――とてもイイ話だと思うのですが(笑)、それってゲームデザインそのものがAIを前提にしているわけですよね。

三宅氏:
 ええ、こういう使い方のAIを「メタAI」と呼ぶのですが、まさにそれを前提にしたゲームです。海外ではゲームを方向付けるAIという意味で「AIディレクター」と呼ぶ場合が多いですが、メタAIよりは狭い意味の言葉です。

 GDC09のカンファレンスによれば、まず彼らは心理学者を雇ったそうです。そしてプレイヤーの手の発汗量や脳波、アイトラッキングまで計測して生理学的に「緊張度」を計算、それと合うようにゲーム内の撃破数のアルゴリズムを作るということをしました。最初に発表したのは、2008年のE3でしたね。

――それ、凄まじいですね。要は三上真司さんのような「天才」がセンスで作ってきたものを、本当にサイエンスの手法で解析してゲームデザインに落とし込んだのですね。

三宅氏:
 そうして作られた『Left 4 Dead』の具体的なアルゴリズムについて、以前に私がまとめたスライドを紹介しておきましょう。

――うぐぐ。エンジニアの人にはわかるかもしれないですが、ちょっと普通の人には難しいですね(苦笑)。

三宅氏:
 要は、こういうことです。
 『Left 4 Dead』は4人パーティなので、AIは4人のプレイヤーのゲームの上手さをずっと見ています。そこから敵の出現数を決め、どんなふうに出現させるかも決めます。ゾンビ登場時の、プレイヤーの逃走経路についてもAIがあらかじめ計算で予測します。そして経路が300mあれば、例えばゾンビを100mごとに20体に分けて出す。それも緊張が良い感じに緩和したタイミングで、プレイヤーからは見えないところに上手く出す。

――そりゃ、プレイヤーは「うわーっ」と驚きますね(笑)。なるほど......裏側では、凄く計画的にAIに嫌がらせされていたわけですね(笑)。

三宅氏:
 で、わらわらと湧いてきたゾンビをやっつけると、次の100mの辺りでまた「緊張度」が良い頃合いになってきて、再び20体出す......という感じです。

 こういう発想は、もう古典的なゲームの作り方とは違いますね。最初にも言ったように、昔はゲームの出荷時に完全にゲーム体験を決めたんです。当時のシューティングゲームなんて、何回やっても、それこそ目をつぶってやっても、敵が出るタイミングは同じでしょう。

――それこそ、田尻智さんが『ゼビウス』(1983・ナムコ/日本)をやり込んで、同人誌で攻略情報を発表していたような時代ですね。

三宅氏:
 もちろん昔のゲームは、そうやってみんな同じゲームでハイスコアを競ったり、攻略方法を教え合って楽しんでいたんですけどね。ただ、そういう楽しみ方はネットで攻略情報が出るようになってから、だんだんと成立しなくなりました。誰がやっても同じだったらやる必要ないじゃん......みたいな感じです。

 そもそもネット以前は、遠方の相手とのコミュニケーションはゆっくりで、同じゲームという課題にみんなで取り組んだり競い合うこと自体が楽しかったわけです。しかし、今やユーザーがどんどん素早く情報を発信する時代でもありますし、ユーザー各々に違う体験を与えてあげる必要があるのです。

――確かに、攻略でコミュニティが盛り上がれたのは、本質的には「紙媒体」の時代の話にすぎないと思います。

三宅氏:
 そんな背景もある中で、敵キャラクターの配置やゲームイベント、時にはマップまでもプレイヤーの腕前に応じてダイナミックに変えていく発想に、現代のゲーム開発は切り変わっています。先ほど言った「メタAI」は、言わばプレイヤーがログインするたびに、毎回違う経験をさせる役割があるわけですね。
 そして、だからこそ、その一回の経験を他者に分かち合いたいと思うわけです。

――なるほど。AIを用いて「一回限りの経験」を与える手法は、インターネットとの相性も良いということですね。

日本より人口の少ない北欧が、世界市場に参戦できる理由は...?

――たぶん昨今の海外製ゲームをプレイしていない読者には「え、ゲームってそんなことになってるの......マジで!?」という話だと思うのですが、実は『Left 4 Dead』にしても、10年近く前の作品なんですよね。ゲームAIって、海外ではどのくらい使われているのでしょうか?

三宅氏:
 ゲームAIには大きく二つあって、一つはキャラクターの「意思決定」を扱う分野で、もう一つはゲーム内のコンテンツを開発者の代わりに自動生成する分野です。後者のAIによる自動生成の使い方を「プロシージャル」と言うのですが、この分野なんかはゲーム産業では主に北欧の人々が発展させてきたんですよ。

――北欧なんですか? 確かに海外の開発会社として、北欧が拠点の社名を聞きますが、ちょっと意外な気もします。いかにも北米のメガヒットを連発している巨大企業たちが発展させそうな話ですが。

三宅氏:
 もちろん、AIそのものは北米の企業が発展させてきた歴史があります。「プロシージャル」は単に技術を意味するだけでなく、使い方まで含めての言葉ですね。一応、以前に講義したスライドをご紹介します。

 北米の人たちはハリウッドのノウハウもあって、資本を武器にして確実にクオリティを保証できる人間を使って、ボリュームの開発をコントロールしていくんです。しかも現代のゲーム開発は、工程をリニアに組み合わせたワークフローを組むのですが、英語圏の人間は世界中の人を雇えます。実際のところ、プロシージャル技術で生成されたものは、人間が作ったものよりまだまだ品質は低いので、北米の人はよく「プロシージャルって信頼できるのか?」と話してます。
 でも、コンピュータの性能向上を考えれば、この方向性の未来は明るいです。例えば、以下の動画を見てみて下さい。

※『Far Cry 2』におけるプロシージャル技術のデモ動画。植物が自動生成される姿が一目でわかる。詳細はGDC2008におけるUbiソフトの発表を参照。

――うお、木がむくむくと生長していますね。これ、人工知能で生成しているのですか!?

三宅氏:
 ええ。これは『Far Cry 2』の森です。近年の『Far Cry』シリーズ(2004〜・Ubisoft/フランス)【※1】は、こういうふうに森なんかは全て自動生成で、人間は最初の部品となる素材以外は作ってないですね。他にも、北欧発の『Battlefield』シリーズ(2002〜・DICE/スウェーデン)【※2】なんかは「Frostbite」【※】というゲームエンジンに自動生成エンジンが入っていて、山や植物は自動で生成されています。

 もちろん、自動生成できる範囲には処理能力の限界があります。でも、AIで今は10km四方しか自動生成できなくても、処理能力が4倍になれば20km四方に範囲は広がっていきますから。

※1 Far Cryシリーズ
ここでは2008年発売の『Far Cry 2』以降の、UbisoftによるFPSシリーズを指す。プレイヤーがフィールドエディット可能なモードがあり、オンラインでほかのプレイヤーが作ったフィールドをダウンロードして遊んだり、改造して楽しんだりできるのが特徴。第一作目『Far Cry Instincts』はCrytek社、二作目以降はUbisoft社によって開発されている。

※2 Battlefieldシリーズ
エレクトリック・アーツ社の完全子会社である、スウェーデンのEA Digital Illusions CE(通称DICE)が手がけるFPSシリーズ。第一作目は2002年にリリースされた『Battlefield 1942』。プレイヤーは軍隊の一兵士となり(一部作品を除く)、自軍を勝利へと導く。オンラインプレイが非常に充実していて、機種・作品によっては最大で64人(32人vs32人)まで同時に遊ぶことができる。本記事で話題となっているゲーム自動生成エンジン「Frostbite」は、『Battlefield: Bad Company』(2008年)以降の本シリーズに搭載されている。

――ムーアの法則が効いてくるぞ、と。でも、これって「品質はちょっと低くなるけど、劇的なコスト削減になる」という話なんですかね。いや、全く悪い意味ではなくて、北欧の企業って日本より人口が遥かに少ない国だらけなのに、AAAタイトルの世界規模の戦いに参加できるのが不思議だったんです。例えば、少し前に大ヒットした『The Witcher 3: Wild Hunt』(2015CD Projekt RED/ポーランド。以下、『Witcher 3』)【※】の開発元はポーランドの会社ですよね。

三宅氏:
 ああ、あれこそプロシージャル技術を使って開発したゲームですよ。

 自社製のREDエンジン【※】というものを使っていて、山脈なんかは全て自動生成です。個人的に興味があって、このREDエンジンは追ってたんですよ。だから、『The Witcher 3』が出たときに「あ、GDCで発表していた、あの地道なチームが作っていたのか!」と思いました。

――『Witcher 3』の開発元がポーランドだと聞いて、驚いたんですよ。よく言われる「北米ほどの人材の厚みがないから、日本はAAAタイトルに参加できない」という説明は何だったのか、と(笑)。

三宅氏:
 北欧から大手企業の開発者20名くらいが訪日して、ミーティングしたことがあるんです。キーワードは、まさにプロシージャル技術でした。「勝ち残るには、もうそれしかない」と言うんです。あの辺の国はIT技術で国が成り立っているので「技術」を大事にしています。

 開発チームのサイズを大きくできない分、プロシージャル技術で、なんとかして世界の中で戦ってやろうというわけです。

 逆に日本の会社は英語ができないので、ほぼAIについては「孤立状態」です。特にゲームAIとなると、僕が書いている日本語の文献くらいしかない。他は全部英語なんです。情報格差がどんどん広がっていて、開発者が育たない状況が続いています。

――それって逆に言うと、日本のゲーム会社がオープンワールドを作れない理由の一つが、実はAIへの認識が弱いことにあるんじゃ......。

三宅氏:
 というか、むしろAIを使わない限り、なかなかオープンワールドを日本で作るのは難しくなります。
 本来、オープンワールドの開発は、豊富な人材と開発の規模を必要とします。小・中規模のチームであえてオープンワールドを作るには――あとで詳しく話しますが――シナリオまで含めてレベルデザインをある程度は自動生成する必要があります。言わば、人工知能インターフェースとして使いながらゲーム開発をするわけですね。

――シナリオまで含めたレベルデザインの自動生成まで、海外では進んでいるんですか。

三宅氏:
 そうです。
 ここは日本のゲーム開発におけるエンジニアの地位の問題も絡んでいます。結局、日本はゲームデザイナーが強いから、あまりエンジニアには発言権がないんです。それに対して海外の開発はエンジニア主導なので、技術のわかる人間が主導権を握ってAIを入れられるんです。

 ......ただ、このままではゲームが大型化していく中で、アメリカが勝ち続けるだけになります。そもそも彼らには、「日本に勝つにはゲームのスケールを大きくすればいい」なんて発想も実はありましたからね。この大型化競争に日本も乗ってしまった時点で、残念ながらほぼ勝つことば難しい状態なんです。言葉の問題もあるし文化の違いもあるので、英語圏のように世界中をまたいだワークフローを作るのも難しい。もちろん、開発者もアーティストの数も違います。

――だったら北欧の企業のように、プロシージャルに着手する手はあるはずだ、と。

三宅氏:
 というか、そもそも今のゲームエンジンって、ほぼ全部プロシージャル機能が入ってます。結局、しっかりと使われていないだけなんです。しっかりと使いこなすためには、開発工程のワークフローの中に、プロシージャル技術を埋め込んでいかねばなりません。

――うむむむむ。そう聞くと、我々日本人のAIについての認識そのものに問題がある気がしますね。向こうの開発者の間でAIが盛り上がっていったのは、どういう経緯なのですか?

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