お笑いモンスター明石家さんまに、「芸人界の次代を担うのは上田だ」と言わしめた、くりぃむしちゅー上田晋也レギュラー番組は週に14本もあり、芸能界でも指折りの売れっ子だ。相方の有田哲平も週10本のレギュラーを抱え、コンビの仕事量は突出している。2人が地元・熊本県の県立済々黌高校の同級生だったことは有名な話だ。

 すでに30年以上も一緒にいるが、移動中や楽屋では今なお会話があり、学生時代と変わらぬ温度で仲がいい。その背景にはコンビにありがちな収入格差が少ないこともあるが、彼らがずっとつながっているのは共通の趣味「プロレス」があるからだ。デビュー時から知るエンタメ雑誌の編集者が言う。

「2人が初めてかわした会話は『猪木と前田、どっちが強いと思う?』だったとか(笑)プロレス好きの共通の友人が2人を引き合わせて、有田は前田日明、上田は猪木と答えたそうです。さらに、そろって『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)が好きだったため、いつの間にか上田が有田の家をしょっちゅう訪れるようになった。ちなみに、当時の有田家にはベンツがあり、大型犬のドーベルマンを飼っていたそうです」

 2人は大学進学とともに上京。上田は早稲田大学、有田は立教大学に合格したのち、お笑いを目指して2人して中退している。クイズ番組の司会や解答者として起用されるのは、こんなバックボーンがあるからだ。

「今はインテリな一面もありますが、『海砂利水魚』を名乗っていた頃は、“いざとなれば下半身を出せばOK”というポリシー。高速道路の料金所で、後部座席に座っていた上田がズボンを脱いで、ヒップに紙幣をはさんで係員に差し出したこともあるそうです。そのときの係員の対応がまた秀逸で『どこにお釣りを返せばいいんでしょうか?』と言ったとか(笑)。売れなかった25歳ぐらいまでは、こんなことを続けていましたね」(前出・エンタメ編集者

 いまや“おしゃれ”な司会者となった上田だが、その根底には芸人らしいお下劣な精神があるのだ。

(北村ともこ

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