諏訪大社ユダヤ教だったのか……?

 女優・鶴田真由のエッセイ本『神社めぐりをしていたらエルサレムに立っていた』(幻冬舎)。オカルトの定番・日ユ同祖論に鶴田がドハマリしていることに驚く本なのだが、そこにさらに驚く出来事が。なんと、そんなオカルトエッセイをイスラエル大使館がFacebookページで紹介しているのである。

【その他の画像はコチラ→http://tocana.jp/2017/06/post_13577.html

 これは驚き。まるで、イスラエル政府では日本人ユダヤ人というトンデモ歴史観を公式に認めていることになるまいか。関係者を取材した。

 今月発売された、この本は出版社の説明によれば「物語が、海を超えてつながった――!『古事記』をたどる旅が、いつしか世界古代史ミステリーツアーに! 神々の道のりを辿った、旅エッセイ」というもの。

 しかし、この本は単なる旅エッセイではない。鶴田が綴っているのは、日ユ同祖論に基づく旅なのである。日ユ同祖論とは、世界に散らばった古代イスラエルの失われた10支族の一部が日本に渡来していたとされる説。もちろん、オカルトの域を出ない“トンデモ論”ではある。(※注・本誌トカナではヘブライ語日本語の共通点や建築・祭の類似などから、日ユ同祖論を裏付ける根拠として毎度“トンデモではない”と紹介している)

 鶴田が、そのトンデモ論を軸に日本各地の神社にユダヤ教との共通点を見つけて、ついにエルサレムへと旅するというのが、この本のあらすじである。

 その日ユ同祖論への傾倒はかなりのもの。まず、何カ所でも引用されるのが久保有政『日本の中のユダヤ文化―聖書に隠された神道のルーツと極東イスラエルの真相』という本。これ、2003年学習研究社オカルト界の頂点に立つ雑誌『月刊ムー』の単行本シリーズ「ムー・スーパーミステリーブックス」で刊行された本。その内容を、ほぼ全肯定しながら文章は綴られていく。

 例えば51ページでは、諏訪大社が守屋山を信仰の対象としていることなどを取り上げて「アブラハムとイサクを神に捧げようとしていた山が、モリヤです。モリヤと守屋、同じ名前なのです」だと述べる。

 さらに、諏訪大社の御頭祭では75頭の鹿を捧げていたことを取り上げて、ユダヤ教の過越の祭でも、75頭の子羊が捧げられていたことなどの「共通点」を見いだすのだ。さらに、諏訪の上社本宮の神紋はユダヤ教の七枝樹の燭台が描かれているという説も紹介。「知れば知るほど、神道とユダヤ教には似たところがたくさんあるのです」という。


イスラエル大使館は肝心の部分は答えず

 さらに、モーセの契約の箱と御神輿は、ほぼ同じつくりだと記し、諏訪の神様であるミシャグジ様は、ヘブル・アラム語の「ミ・イツァク・ティン」すなわち「イサクに由来する」になるのではないかとも。さらに、沖縄にもユダヤ教の信仰を痕跡を見つけたりした鶴田は、ついにエルサレムに到達し、こんなことを言い出す。

「もしかすると。この倭姫命の御巡幸は、モーセがアークとともに歩んだカナンの地までの旅路を模したものではないのか? と思ったのです」

 倭姫命の御巡幸とは、垂仁天皇25年に天皇の命により諸国を巡った倭姫命が、伊勢の地に至り、神託により皇大神宮=伊勢神宮の内宮を創建した日本史上の重要な出来事。それが、モーセの模倣だったとは、いったい……。


イスラエル大使館が本書を紹介した見解とは?

 もちろん、色々と考えて書くのはその人の信仰の自由。でも、ここで問題なのはイスラエル大使館がFacebookページで紹介していること。6月15日の投稿では「女優・鶴田 真由さんが自身のイスラエルへの旅を綴ったエッセイ『神社めぐりをしていたらエルサレムに立っていた』が発売になりました」として書影をアップロードしている。

 実は、鶴田の本の中では諏訪で彼女が、イスラエル大使の一行と偶然出会ったことも記されている。ということは、イスラエル政府、あるいは大使館は、日ユ同祖論を肯定しているということなのか。

 早速、イスラエル大使館に本の内容についての見解を求めたところ、次のような回答が。

「鶴田さんがイスラエル訪問を楽しまれた様子を書かれていらしたので、当館のフェイスブックポストさせて頂いた次第です。本の内容についてどうお考えになるかは、他の多くの本同様、お読みになった読者の方々にお任せいたします」

 なんとも簡潔な回答。肝心の部分については、肯定も否定もされることはなかった。


■「諏訪はユダヤ教と関係ない」地元の人々は困惑

 現在も信仰の地として、多くの参拝者を集める諏訪。だが、以前から諏訪信仰はユダヤ教と信じてやまない人々の来訪が絶えない。

ミシャグジ様を古代ユダヤの言語で解釈するという人や、御頭祭がユダヤ教の祭りと関係があると主張する人たちは、よくやってきますよ」

 そう話すのは、地元の郷土史研究者。諏訪では市民の郷土史や信仰の研究への関心は高く、その種の講演会は数多く開催されている。しかし、講演会には、日ユ同祖論を信じて止まない人々もしばしばやってくる。当然質疑応答になると「諏訪信仰は実はユダヤ教で……」と自説をぶつけるわけである。さらに、それらの人々の中には博物館で職員に諏訪信仰の展示を「これはユダヤ教と関係があるのか」と尋ねて「それはありません」と否定されると不満げな顔をして去っていく不届き者もいるのだとか。

「信仰の歴史を知るなら、まずは地元の伝承なり文化をまず尊重することが欠かせないと思うのですが……モリヤと同じ名前だとか、信仰の山だと語られる守屋山も諏訪大社では大社は御山としかいっていません。少なくとも諏訪はユダヤ教とは関係ないですよ」(地元の郷土史研究者)

 神道を信仰する我々日本人にとっては、困惑というよりも迷惑な本といったところかもしれない!?
(文=昼間たかし


※『神社めぐりをしていたらエルサレムに立っていた』(幻冬舎

『神社めぐりをしていたらエルサレムに立っていた』(幻冬舎)