ニッポンには人を大切にする“ホワイト企業”がまだまだ残っている…。連載企画『こんな会社で働きたい!』第11回は、埼玉県富士見市歯科医院を営む医療法人満月会 大月デンタルケアを紹介する。

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“歯が痛い…治療に行かなきゃ”と思った時、歯科医院選びは悩ましい問題となっている。

現在、歯科医師の数は約10万人、この20年間で約2万人も増えた。診療所数も約6万9千件で、約5万店のコンビニより多い。“歯科医過剰”で診療所間の競争が激化する中、「メシが食えない歯科医が増えている」(都内歯科医院)のが実情なのだという。

一方、そんな現状から歯医者はもはや憧れの職業ではなくなったのか、歯科を志す若者が減っているのも最近の傾向なのだという。

「大学歯学部や歯科大学で定員割れを起こすケースが続出しています。競争倍率が2倍以下に落ち込み、入学試験に選抜機能が働かなくなっている大学も多く、歯科医の“質”の低下という問題も懸念されているところです」(前出・都内歯科医院)

経営が安定しない歯科医院が増え、さらには歯科医の質の低下も懸念されるため、「もしかして、この医師は儲けを増やすために不要な診療をしたり、ムダに治療を長引かせたりしないか…?」と疑心暗鬼に陥る人も少なくないはずだ。

今年7月には患者に不利益をもたらす現場の問題も明らかになっている。

全国の歯科医療機関の半数近くが、ハンドピースと呼ばれる歯を削る医療機器を患者ごとに交換せず、使い回している可能性があると厚生労働省が発表したのだ。口内に入れるハンドピースを使い回せば、当然、ウイルスや細菌が他の患者に感染する恐れがある。

「これも突き詰めれば、赤字体質から抜け出せない歯科医院が多く、ハンドピースを毎回、交換・滅菌するだけの経済的余裕がないという問題に行き着きます。経営が安定しない歯科医院が増えている今、歯科医の良心が試されているように思います」(前出・同)

歯科医療に対する信頼が揺らぐ中、埼玉県富士見市にある『医療法人満月会 大月デンタルケア』の取り組みに注目が集まっている。2日間、みっちり取材をさせてもらって感じたのは「こんな歯医者が近所にある富士見市民が羨ましい」ということだった。

大月晃院長への取材で、最も印象に残った話がある。

「私は患者さんの利益を第一に考える歯科医でありたい。では、患者さんの利益とは一体、なんでしょうか? それは虫歯などの口腔疾患が一切ないことでしょう。そして、それをさらに推し進めていくと、歯科医療における究極の患者の利益に辿りつきます。それは、ほとんどの国民に虫歯や歯槽膿漏(しそうのうろう)や歯列不正がなくなるということ。つまり、歯医者がいなくてもよい世の中になるということです」

そこまでの“良心”を公言してしまう院長がいる歯科医院とは、一体どんなところなのだろうか。

東武東上線鶴瀬駅から徒歩5分の場所に大月デンタルケアはある。

まず驚くのは、4階建てのビルが丸ごと歯科医院になっていること。1階は総合受付と保育施設、託児施設が占め、2階は『おおつキッズ』と名付けた小児診療のスペースとインプラントなどの専用治療スペース、3階が一般歯科で、4階が予防ルームとフロアごとに機能が分かれている。

スタッフは総勢60名。大月院長を含めた歯科医師が4人、歯科衛生士22人、歯科助手5人、受付4人に加えて、1階の保育・託児施設に常駐する保育士が3人…といった具合だ。個人経営を営む歯科医院が大半を占めるこの業界にあって、これだけ大規模な設備を整えている民間医院も珍しい。

歯科衛生士の数が突出して多いのは、同院が“予防型”の歯科医療を主軸にしているためだ。歯科における予防医療とは、簡単にいえば虫歯にならない口腔環境を作り、これを維持すること。「当院では、できるだけ歯を削らずに保存する」(大月院長)のだという。

歯を削る治療より、歯を削らない予防を重視する理由について、大月院長はこう話す。

「私は大学を卒業して以来、歯周病に興味を持ち、外科処置、インプラント、成人矯正などを専門としてきました。しかし、数年経つと、いくら治療をしても定期的なメンテナンスをしないと必ず元の状態に悪化してしまいました。

現在わかっていることは、一度歯を削るとそこに段差ができて再び虫歯になる。そしてまた削り、どんどん歯は削られてなくなっていくということ。それは治療といえるのでしょうか? そうではなく、歯は削らなくて済むように予防する。それでも治療が必要になったら、再発を起こさないように良質な治療方法を提供するというのが大切です」

そのため、予防歯科を重視する同院には、歯が痛くなってから来る患者より、歯が痛くなる前に来院する患者のほうが多いという。

ドクターの目線からいうと、その人の生活に大きな変化があった時、虫歯や歯周病といった口腔内の崩壊が進むケースが多いんです。子どもなら受験勉強に入った時、男性なら離職や転職時、女性なら出産した後とかですね。3.11のような大災害やご家族が倒れて入院するといった事態が起きた時もそうで、要は大きな変化=強いストレスがかかると口腔内は崩壊し始めます。

そのサインを察知し、早めに介入することで口腔内の崩壊を防ぐというのが当院が行なっている予防型の歯科医療です。これは外科的な治療を好み、それを生業とする歯科医師には到底なしえないこと。患者さんと密に対話する中で些細な生活環境の変化を感じ取り、口腔内の崩壊の兆候を掴む。これができるのは歯科衛生士しかいません」

大月デンタルケアに歯科衛生士が多いのはこのためで、患者との1対1の関係を重視する担当制を敷いているのも特徴だ。しかも、歯科衛生士には診察室さながらの立派な個室が与えられ、この中で患者と密にコミュニケーションを取りながら種々の検査を行ない、患者ひとりひとりの口内環境を管理している。

例えば、歯科衛生士のひとり、水村絵理さん(39歳)は約300人の患者を担当する。担当患者の名前を言われれば、「おおよそ、その人の家庭環境や生活スタイルがパッと頭の中に浮かんでくる」というから驚く。

「通常、歯科衛生士の仕事といえば、ドクターの横でバキュームを持つようなアシスト的な業務にとどまっていることが多いんです。自分の担当で患者を持つこともほとんどないから、仕事のやりがいや責任感を感じづらいところがあるんです。

でも、ここでは同じ患者さんの口腔内をずっと管理し続けるのが衛生士の仕事。一番長い患者さんだともう17年の付き合いになります。それだけ付き合いが長くなれば、ちょっとした食生活の乱れや生活環境の変化もすぐにわかるようになります。やっぱり、心身に大きなストレスがかかる出来事が起きるとどうしても自分に手をかけられなくなるから口腔内の環境は悪化しやすくなるのですが、そこを早めにキャッチすれば崩壊は防げます。

歯科医師は治療のプロですが、私たちは口腔管理のプロ。なので、ここでは“歯科衛生士が主役”という実感が持てる。そこが他の歯科医院とは違うところだと感じています」

同院の歯科衛生士は全員が女性だ。女性が主役の職場だからこそ、産休や育休といった制度はもちろん、保育士が常駐する“院内保育園”まで備えている。福利厚生の面でここまで手厚い制度や設備を用意している歯科医院も珍しい。大月院長がこう話す。

「すべてはウチの歯科衛生士がやろうと決めたことなんです。フロアが狭い駅前のビルだと院内に保育施設を作ることはできません。だから現在の場所に2014年に移転したのですが、最初に移転したいと言い出したのも、この土地を探してきたのも、有能な保育士を引っ張ってきたのも全部、彼女たち。治療型ではなく、予防型の歯科に転換することになったのも、“本当の意味で目の前の患者さんのためになる歯医者にしたい”という彼女たちの情熱があったからです。

保険点数が低く、儲けの少ない予防歯科への転換は、経営者としてはかなり勇気のいることでした。でも、患者さんの利益を第一に考えるなら、やはり治療型よりも予防型に主軸を置いておかなければならない。歯科衛生士の後押しがなければ、もしかすると私は歯科医としての良心を忘れたまま、患者さんの歯を削り続けていたのかもしれません」

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