世界一で賞金5万円だったBMX…20インチ自転車に人生を捧げた理由と世界王者の哲学

 東京近郊の運動公園。部活の中高生がランニングで行き交い、老夫婦が散歩を楽しんでいる。そんな長閑なシーンの一角に世界王者がいた。ゆるく着こなした白いTシャツ。目深にかぶった黒いキャップ。小さな自転車を乗り、クルクルと回転したり、跳んだり。それは、まるで自転車ダンスを踊っているようだ。

「何歳になっても楽しいですよ。やっぱり、それが根本にある。練習していて新しい技を思いついて、実際にできた瞬間はスローの感覚になる。『おおー、できた!』みたいな。すごくうれしい瞬間だし、あとは、大会は大会で決めて会場が、わーと沸いたり、自分の勝った負けたでお客さんが泣いてくれたり……。この競技の楽しさって、いろいろあるんですよ」

 屈託のない笑顔を浮かべた内野洋平は、BMXのプロ選手であり、現役の世界王者である。

Ucchie(ウッチー)」の愛称を持ち、世界に熱狂的なファンを持つ35歳。BMXとは「Bicycle Motocross」の略で、エクストリームスポーツの一種。20インチの小径タイヤ自転車を操り、「レース」「フリースタイル」など複数のカテゴリーが存在する。内野はフラットな場所で技を競う「フラットランド」で世界NO1に君臨している。しかし、一般には決して馴染みが深いわけではない競技になぜ、のめり込み世界一に立てたのだろうか。

「単純に楽しかったからですよ。始めた頃は趣味程度で、将来のことなんて考えてない。例えば、この競技をやっても当時はお金にならなかったですから」。その人生を辿ると、興味深い歩みが見えてくる。

 きっかけは高2の時だった。当時、通っていた兵庫・御影工は全国クラスの部活が揃うスポーツ強豪校。内野自身も水泳で門を叩き、来る日も水をかいた。しかし、心のどこかに満たされないものを感じていた。

「それまでコーチがいて『あれをやれ』『これをやれ』という環境でやってきた。それに飽き飽きしているヤツらがいて。コーチもいない、自分が純粋に進んで練習して、追求できるものを探して、それを競おうと。みんな、それぞれの競技で、それなりのレベルになってから高校に入学している。だから、イチから始めたら誰が一番なるかという単純な好奇心でした」

 バスケ部から1人、柔道部から3人、サッカー部から4人、そして、水泳部の内野。9人のメンバーで、手を付けたのがスケートボードだった。仲間の1人が神戸メリケンパークで大会があると聞き、みんなで観に行こうと、必死の思いで部活を休んで駆けつけた。しかし、目の前で広がっていた光景は――。

スポーツ=部活」を変えた偶然の出会い、虜になった「言い訳ができない道」

「そもそもの情報が間違っていて、スケボーじゃなくBMXだった。でも、せっかくだからと観ていたら、衝撃的で。スケボーを観に行ったということを忘れるくらいにカッコ良かった。自転車が自由に操られて、しかも、好きなファッションでやっている。シューズ、ズボンTシャツ……。全部、カッコ良くて輝いていた。『これ、やろう』って、みんな一目ぼれしちゃったんです」

 偶然によってもたらされたBMXとの出会い。しかし、それが“スポーツといえば部活”しか知らなかった17歳の人生を変えた。

 すぐさま、腹を決めたが、競技用の自転車は7万円する代物。最初に買った1台をみんなで乗り回し、お年玉、小遣いを貯めて購入し、汗を流した。ただ、部活は誰一人辞めず、部活は部活として打ち込んだ。「それは逃げになってしまうから」が理由だ。

「競技という捉え方をしていなかったし、部活が終わって帰ってヘトヘトになった体で練習する。音楽を聴いたり、遊びに行ったり、高校生が好きなことをやるのと一緒でBMXをやる。そんな高校生活でした」。幼少期にはモーグルで活躍し、兵庫圏内で指折りの実力者。なぜ、他競技でも才能を秘めながら、小さな自転車に青春を捧げたのか。

「水泳もモーグルも言い訳がつくような部分があった。水泳は体の成長が止まってタイムが伸びなかったり、モーグルは長野や北海道で生まれ育った子たちが持つ雪との相性に勝てる気がしなかったり。でも、BMXは言い訳ができない競技だなって。世界中、コンクリートさえあれば、どこでもできる。寒い、雪がない、成長が止まるとか、一切関係ないから」

 そういう決意があったから、将来も自然と「言い訳ができない道」に傾いた。将来は水泳のコーチなど、体を動かす仕事がしたいと考えていた。だが、その思いはBMXが上回った。高校卒業後は自転車一本に絞った。当時は大会で世界1位になって賞金5万円程度。それでも、惹かれたのは「言い訳ができない道」は「道なき道」でもあったからだ。

「5万円がどうとかじゃなく、世界一になってみたいというのが強かった。お金なんて二の次。それよりも、言い訳して諦めてきたスポーツの中で、これは言い訳できないから『何かで世界一になってみろや、自分』っていう思いがあった。世界一になりたいという気持ちだけはあったんです」

 すると、秘められたポテンシャルが開花する。22歳で史上最年少で日本選手権を制し、史上最年少王者に輝いた。

永遠の“変化球作り”…今思うBMXの魅力「誰かのマネしても、おもしろくない」

「気づけば、周りに『もしかしたら世界一、獲れるんじゃない?』と言われ、師匠にも『獲れるから絶対、諦めるなよ』と言われ、言葉通り、諦めずに頑張っていたら、それなりに話題性のある一人のライダーとして成長していました」

 一つ、幸運だったことがある。内野の成長に合わせるように、BMXの競技自体が発展を遂げていたことだ。気づけば、5万円だった賞金は50万円になり、世界的な人気を誇るXゲームに採用され、雑誌、テレビに取り上げられる選手も続出。環境は目まぐるしく変わっていた。内野自身もユニクロのCMに出演するなど、トップライダーに飛躍していた。

「BMXが世の中に浸透していくのは、自分にとってラッキーくらいの感じ。好きで始めたら、時代が変わった。気づけば生計が立てられるようになって。BMXが五輪競技にもなった。ほとんどのライダーが、いつかそんな時代が来るとも思っていなかったから、驚きの方が大きいです」

 こうして、人生の半分となる17年をBMXに注ぎ込んできた。「今思う、BMXという競技の魅力を何なのか」。そう問うと、「決められた線路がないというのが一番ですね」という答えが返ってきた。

プロ野球で一番になったら、次はメジャーリーグに行けということはない。始めた頃はプロもないし、お金が稼げるわけでもない。でも、本当に好きでやっているんだなって実感できるから、それが一段と良かった。すべてが自由。やりたい技をやろうと思って挑戦して、できれば評価されるし。野球なら、新しい変化球をずっと作っている感じですかね」

 カーブシンカースライダーも、もともと作った人がいる。でも、BMXは常に“変化球作り”を求めている。だから、若い選手には、よくこんなことを話す。「作っていく楽しみは最高だから。誰かのマネしても、おもしろくないでしょ」と。実際に、内野は現役選手でありながら、自分で世界大会を作った。今や賞金も含め、世界一の大会だ。

 もちろん、競技者として一流の矜持もある。内野らしい哲学が垣間見えるのは、BMXを始めてから今まで「大会で泣いたことは一回もない」ことだ。「勝負の大会で全然ダメでも泣いたことがないんです」と豪快に笑う。

失敗は数万回、負けた時こそ笑える人間に…「大事なのは過程、それが裏切らない財産」

「僕にとって大会は発表会に過ぎない。大事なのは発表会までの過程で、それが何も裏切らない一番の財産。大会で出せなかったから、財産が死ぬわけじゃない。そこに向かって本気でできたか、できないか。自分は負けても失敗しても泣きもしないし、なんなら誇りに思っている。だから、笑うことの方が多いですよ。『あー、こんだけやってあかんかったか!』って」

 負けた時こそ、笑える人間になる。それこそが、世界一であり続けられる理由なのだろう。「今まで練習では何万回と失敗してきた。でも、目標を設定したからには、一番かっこいい自分を見せるために一分一秒を大事にしなきゃいけない。だから、負けた時に笑っていられるって、めちゃくちゃ大事だと思うんですよ」と力説した。

 こうして、BMXの世界で頂点を極めた内野だからこそ言える、興味深い哲学がある。「一流と二流の違い」だ。

「僕にとっては『マネする人とマネされる人の違い』かな。僕らの業界は、一流はマネされる人。マネする人はずっと二流。自分で新しいものを生み出し、周りがマネしてくる存在。だから、自分の常にぶれない目標があるんです。自分の夢は何かと聞かれると『人の夢になることが自分の夢』。人の夢になれる、あの人になりたい。そう言われる人になるのが、僕の夢かな」

 今季は9月から海外で本格的にシーズンイン。11月3日からは3日間、内野が創設した大会「FLAT ARK」がフラットランドスケートボードによるエクストリーム大会「ARK LEAGE」に生まれ変わり、神戸メリケンパークで世界トップ選手とともに参戦する。果たして、今シーズン、そして、35歳の未来をどんな風に描いていくのだろうか。

「もうベテランですからね。でも、ほかと比較しようがない競技。何歳までやれるかわからないし、リミットも決めてない。乗れなくなったら辞めます。チームスポーツで試合に出る出られないは関係ない。体が動く限りは負けても出続ける。その方がカッコいいし、自分っぽいなって。キングカズさんじゃないけど、年を取っても下のやつと戦うのもかっこいいなと思うんですよね」

 そう言った後で、少し間を置いて笑った。「だから、体が動く限りは見せたいですけどね、気合を」。表情は、いつまでも夢を駆ける少年のようだった。

◇内野 洋平(うちの・ようへい

1982年9月12日兵庫県生まれ。35歳。幼少期は水泳、モーグルで活躍。御影工2年からBMXを始め、05年に史上最年少の22歳で日本選手権優勝。08年に世界選手権初優勝。12年から2年連続で世界年間グランドチャンピオン。12年はWORLD TEAM G-SHOCKアスリートとして日本人BMX選手で初めてG-SHOCK社と契約するなど、数々のスポンサー契約を結ぶ。ユニクロのCM、ファッション誌など多方面でも活躍。176センチ、62キロ。

【動画】まるで自転車ダンス!? これが世界王者のワザ…内野洋平がインスタグラムで公開したBMXの“超スゴ技”の瞬間


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ジ・アンサー編集部●文 text by The Answer

BMX世界王者の内野洋平【写真:編集部】