宮藤官九郎脚本、小泉今日子主演の火曜ドラマ『監獄のお姫さま』。細部まで作り込まれており、何度見返しても面白い。
さらに掘っても掘ってもちゃんと答えが用意されているという、「さすがクドカン」としか言いようのない作品だ。
先週放送された第8話も笑って笑ってほろりと泣いてと、あちこちに感情を振り回されるエピソードだった。

第8話のサブタイトルは「大好きだから、もう会いたくないの」。姫(夏帆)の冤罪を晴らすため、板橋吾郎(伊勢谷友介)への復讐を誓いあった“おばさん”たち──馬場カヨ(小泉)、財テク菅野美穂)、姐御(森下愛子)の出所と、カヨと看守である先生(満島ひかり)の交流と別れが描かれた。

菅野美穂の謎ダンス! 元ネタは?
レザボア・ドッグス』! 「ライク・ア・ヴァージン」! にゃんこスター! 大変フックの多いオープニングのシークエンスだった。

レザボア・ドッグス』はクエンティン・タランティーノのデビュー作。名前を符丁で呼ばれるメンバーたちが集まって犯罪を行う、登場人物がやたらとおしゃべり、椅子に拘束され続ける男、シャッフルされる時制と、『監獄のお姫さま』との共通点が多い。いわば最大の元ネタ。

財テクが「ライク・ア・ヴァージン」をダンスしながら吾郎に迫るシーンは、マイケル・マドセンがダンスしながら拘束された若い警官の耳を切る有名なシーンのパロディー。「ライク・ア・ヴァージン」は『レザボア・ドッグス』の冒頭でメンバーたちが話題にしていた曲だ。

クドカン本人は「これはもう『レザボア・ドッグス』やらない手は無いんだけど、すぐやると、また得意の『分かるヤツだけ分かればいい』かよとソッポ向かれちゃうので8話まで我慢しました」と振り返っている(『週刊文春12月14日号より)。

「何かを探しているような」菅野美穂の振り付けは、クドカン夫人の八反田リコによるもの。吾郎の合いの手がにゃんこスターっぽいと思っていたら、ちゃんと最後に言ってくれてホッとした。菅野美穂のほうが本家よりねっとりしていた気がする。

小泉今日子満島ひかり松田聖子デュエット
「あるんです。感情移入しちゃうこと。刑務官も人間なんで」

先生が吾郎の妻、晴海(乙葉)に語った言葉だ。犯罪を憎んでいた看守である先生が、なぜカヨたちの“犯罪”計画に加担したのか? 第7話のラストあたりでは、実は先生は“潜入刑務官”ではないのかという疑いが提示されていたが、過去のエピソードを見ればそんなことはないというのは明らか。受刑者に対して母性を感じていた先生は、次第にカヨたちに感情移入するようになっていた。

検事の長谷川(塚本高史)との恋のうれしさで「つぐない美容院」(ネーミング!)を掃除しながら、松田聖子の「夏の扉」を歌っているカヨのところに先生がやってきてデュエット! 小泉今日子満島ひかり松田聖子デュエットするとは……。大変良いものを見せていただきました(合掌)。それにしても先生、『お笑いウルトラクイズ』とか松田聖子とか、好きなものと年齢が合っていない。たぶん家でYouTubeばかり見ているんだろう。

先生はカヨの「復習(復讐)ノート」を見つけていた。カヨを懲罰房に入れ、「どんな理由があっても再犯するやつは許せないの」と語る先生に、カヨは言い返す。

「初犯で捕まらないやつのほうが私は許せません! 雑魚にだって、おばさんにだって、正義はあるんです!」

カヨの言葉を聞いた先生は、堰を切ったように話しはじめる。

「今だけよ。雑魚が粋がって正義とか言ってられるのも今だけ! 自分が可愛いの、結局。姫の冤罪晴らすためって言いながら、どっか楽しんでんじゃん。暇つぶしじゃん。現実逃避じゃん。忘れるよ、シャバに出たら。さめるよ、我に返るよ。しょせんは他人事だもん。自分が可愛い、自分が大事。みんなそう。あんたもそう。それが人間!」

刑務官として受刑者に感情移入してしまうのも人間で、自分可愛さのあまり誓ったはずの言葉を平気で反故にしてしまうのも人間。先生は何度もシャバに送り出した受刑者に裏切られてきた。刑務官にとって、一番の裏切りは受刑者の再犯だ。

だが、この言葉は再犯をやめるよう諭しているのではなく、カヨの本気を確かめているようにも聞こえる。

財テク、姐御、リン(江井ステファニー)が仮釈放されるところに出くわしたカヨは大声で自分のメールアドレスを伝える。「暇つぶしなんかじゃないからね! やるからね、絶対! 忘れないで!」。カヨが伝えたメルアドはbabakayo18-24-106@~。財テク、姐御、リンの称呼番号をつなげたものだ。リンが計画に参加していないのは、このメルアドを覚えきれなかったからじゃないだろうか。「長いヨ!」って言っていたし。

「再会」を選ばないおばさんたち
姐御を迎えにきた若えの(尾美としのり)は、組長(高田純次)が若い妻に捨てられたことを告げ、姐御と組長を再会させようとする。だが、姐御はそれを拒絶し、一人で歩き去る。組長が女性の看護師カジュアルにセクハラをしようとするが、けっしてそれを許さないのがクドカン脚本の安心感。

一方、出所した財テクIKKO(本人)のバラエティ番組に出演。縁を切ったはずの父(ベンガル)との再会まで使ってテレビ復帰を図る。番組を収録しているのは上野のゴージャス喫茶店ギャラン」。

仮釈放間近となったカヨは、長谷川に対して再会を拒否する長谷川が好きなのは塀の中にいる自分であって、おばさんである自分ではないとカヨは感じていた。

「法律の壁を超えて恋してる。不倫でしょ? これ、国を相手どった不倫でしょ? 出たらさめるの、忘れるの、我に返るの。それが人間! だって、おばさんだよ……。ここを出たらますますおばさんだよ……」

カヨの話を聞いていたマニュアル娘の高山(大幡しえり)が熱くなるところが良いが、面会室の扉越しに聞こえる長谷川の「俺が来なかったら他に誰が来るんだよ! 誰も来ないだろ!」という言葉は辛い。ナチュラルにカヨのことを見下している。カヨの悲しい予想は当たっていたのだ。

「好きだから、もう会いたくないの」
仮釈放が決まったカヨは「釈放前準備寮」と呼ばれる部屋に入れられる。他の受刑者たちと連絡を取り合わないように隔離し、社会生活に適応する教育を行うためだ。実際には教育ビデオなどを見て感想文を書くなどするだけであり、ドラマのように担当者と一緒に自炊したりスマホの使い方を学んだりすることはないそうだ。ここはクドカンの創作。

教育担当者の先生とカヨの最後の夜。麻婆茄子ポテトサラダを前に向かい合い、先生はカヨに対する友情と親愛を遠回しに表現する。いちいち他の受刑者をディスってからじゃないと言えないのだ。「先生だからですよ」とカヨに言われた先生の笑顔が本当に嬉しそう。そして復讐ノートを取り出す先生。

「馬場カヨのことはね、嫌いじゃない。だから、これは渡せない」
「先生」
「先生としてじゃなくて、母親として渡せない。わかって? 好きだから、もう会いたくないの」

エンディングで流れた昭和歌謡は、松尾和子の「再会」。1960年にリリースされたヒット曲だ。使用されたのは二番の歌詞。

「みんなは悪いひとだというが 私にゃいつもいい人だった
小っちゃな青空 監獄の壁を あゝ あゝ みつめつつ泣いているあなた」

作詞・佐伯孝夫、作曲・吉田正は、『あまちゃん』で橋幸夫が歌った「いつでも夢を」と同じコンビ。「監獄」というフレーズが唐突に織り込まれている歌詞は、当時としても異色だった。「みんなは悪い人だというが 私にゃいつもいい人だった」という部分は、カヨをはじめとする囚人たちのことを指しているようでもあり、カヨから見た先生のことも指しているような気もする。それだけ普遍的な歌詞だということだろう。

余談だが、91年に松尾和子の息子が覚せい剤取締法違反で逮捕されている。「再会」の歌詞を誰よりも強く噛み締めていたのは松尾本人だったかもしれない。その後、松尾は息子が獄中にいる92年、自宅の階段から転落して死去した。「再会」は果たせなかった。

「再会」を拒否した姐御。「再会」を利用した財テク。「再会」を拒んでいたはずなのに「再会」したカヨと先生。男と女の安易な「再会」は行われず、意志を持った「再会」だけが行われた。カヨたちは姫と勇介を「再会」させることはできるのだろうか? 

そういえば姫は刑務所内でネイルの資格を取得していたが、カヨたちが仲間の顔のネイルをしていたのは姫を忘れないためなのだろう。9話では、「爆笑ヨーグルト姫」の真相が明らかになる……!? 今夜10時。
(大山くまお

イラスト/まつもとりえこ