屈辱のJ2降格から1年。12月3日のJ1昇格プレーオフ決勝で、名古屋グランパスのJ1返り咲きが決定した。

名古屋といえば、1993年Jリーグ開幕時の初期メンバーオリジナル10」の一員で、大企業トヨタバックアップにより、年間予算はJリーグ4番目の規模(最新2016年度版資料)を誇る国内屈指のビッグクラブだ。それだけに、今季は崩壊しかけたチームを早急に立て直し、「是が非でも1年でJ1復帰を果たさなければならない」というプレッシャーが重くのしかかっていた。

そこで、クラブ救世主として白羽の矢を立てたのが、12年から川崎フロンターレを率い、見る者を魅了する“超攻撃的サッカー”でチームを優勝争いの常連に育て上げた、風間八宏(やひろ)監督だった。実際に今季の川崎は、風間監督からバトンを受けた鬼木達(とおる)監督が、風間時代に浸透した攻撃サッカーで悲願のJ1初優勝を達成している。その観点からしても、風間監督の手腕に疑いの余地はなかった。

しかし就任当初は、風間スタイルの浸透に少なくとも2、3年は必要とする向きが多く、1年でのJ1昇格は懐疑的にみられていた。確かに、J2クラブでは守備を重視する“負けないサッカー”が主流だ。ゴール前を固めて粘り強く守り抜き、少ないチャンスをものにするチームが結果を残すことが圧倒的に多い。

それと真逆のスタイルチームづくりを進めた名古屋は、大方の予想どおり、リーグ前半戦で思うような結果を残せず、戦力でほかのクラブを上回りながら、リーグ8位に低迷した時期もあった。

しかし、そんななかでも風間監督はブレなかった。川崎時代から「一試合一試合の結果に一喜一憂しない」をモットーとする風間監督は、目指すサッカーを実行するための技術を選手たちに身につけさせることを最優先。サッカーに対する考え方を根本的に変えさせることも徹底した。

結果が出始めたのは、後半戦に突入した8月以降だった。特に大きかったのは、7月に加入したガブリエルシャビエルの存在だ。ブラジルの名門を渡り歩いたテクニシャンは、加入するや否や風間サッカーにジャストフィット。8月には月間MVPを獲得するほどの大活躍を見せ、チームは一気に覚醒した。

結局はリーグ3位で、プレーオフ経由での昇格となった名古屋だが、年間ゴール数は85得点に及んだ。これは、J2で2番目に得点が多かった徳島ヴォルティス(71得点)を大きく上回る数字で、この破壊力こそが風間サッカーの肝(きも)でもある。独自のスタイルで試合ごとに成長を遂げるチームの姿に、当初の不安の声は完全にかき消された。

プレーオフ決勝後にインタビューを受けた風間監督は、スタンドを真っ赤に染めたサポーターに「今日の試合を見てわかっていただけると思いますが、選手の成長がとても早いです。まだまだ選手たちは伸びるので、来年はもっと期待してください!」とメッセージを送っている。

クラブの規模を考えれば、川崎で残した以上のものを、より早期に実現してくれるかもしれない。風間監督率いる新生名古屋を見ていると、そんな予感がしてならない。

(取材・文/中山 淳 写真/ゲッティ イメージズ)

グランパスをJ1復帰に導いた、救世主・風間監督の“信念”「来年はもっと期待してください!」