音楽ライター・磯部涼が放つアウトサイダー感あふれる異色作『ルポ 川崎』(サイゾー)が12月15日に発売される。帯にある「ここは地獄か?」という文字通りに現代のディストピア神奈川県川崎区を舞台にしたノンフィクションだ。

 登場人物には、川崎生まれの若手ヒップホップグループであるBAD HOPのメンバー、ハスリングラップの嚆矢であるSCARSのA-THAG、ゴーゴーダンサー・君島かれん、叫ぶフォークシンガー・友川カズキなど、一癖も二癖もある人物たちが名を連ねる。彼らが川崎について時に熱く、また淡々と語り、それらが詩情に満ちた文章で綴られていく。今回は、著者自身が取材秘話を明かしてくれた。

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社会問題ヒップホップ、残虐な事件…… すべてが川崎につながった

――まずは『ルポ 川崎』を書くキッカケを教えてください。

磯部涼(以下、磯部)  本書の担当編集者とは、以前から一緒に少年犯罪や脱法ドラッグの記事を作ってきたんですが、その中で「ドラッグでひどい体験をした人」や「10代で麻薬の売人をやっていた人」といった取材対象と会う場所として、川崎駅周辺を指定されることが多かったんです。彼らの生い立ちや生活環境も含めていろいろ話を聞いて、川崎区は特殊な土地だと思っていた点が一つ。

 それから、僕と担当編集者は、ちょくちょく日本のラップミュージックホープにも取材をしていて、今回のルポの要にもなっている「BAD HOP」というグループにも2014年の春ごろインタビューしていたんです。この二つの経緯が、まさに“川崎”という土地で結びついて、本書の元になった「月刊サイゾー」誌での連載『川崎』につながりました。

 連載当初、雑誌側からは不良少年版「現代の肖像」的なものを求められていたんですが、それではどうも漠然としているので、いっそ舞台を川崎に限定して、より象徴性を持たせたいと思いました。狭い土地なのに日本が抱える大きな社会問題を象徴している――そんなふうに描けないかと思いまして。

――なるほど社会問題のくすぶりとヒップホップの最先端が、まず川崎にあったんですね。

磯部  そして、2015年に「中1男子生徒殺害事件」と「簡易宿泊所火災」という社会を揺るがす事件が立て続けに川崎で起こり、それが取材で出会った不良少年たちや彼らが暮らしている環境とリンクした印象もあって。いま川崎に足を運べば見えてくるものがあるかもしれない、そう思って2015年12月号から連載を始めたんです。


■川崎のヤバさを内面化する不良たち

――取材と連載はどういう風に進みましたか?

磯部  「月刊サイゾー」という雑誌の性格上、編集部からは生々しくてエグい話を期待されますし、こちらもそういう側面に興味があるのも確かなんですけど、ただ、『「東京DEEP案内」が選ぶ 首都圏住みたくない街』(駒草出版)で川崎がフィーチャーされたり、ネット上にも川崎に関する悪い話はいくらでも転がっています。取材をし始めた当初も大人たちから「またその(悪意ある)捉え方か」という反応があった一方で、不良少年たちはエグいエピソードを自慢げに話すんですよ。「川崎は危ない土地だ」というの外の人間から押し付けられたスティグマ(負の烙印)を勲章のように思っているというか、それこそが自らのアイデンティティーになっていたりするんです。そういった複雑な状況にあるということを念頭に書き始めました。

 取材開始時19歳だったBAD HOPのメンバーたちにも、そういった側面があったんですけど、ただ、彼らは「ラップで有名になることでしがらみから抜け出したい」「川崎の不良でもこうなれるんだと、地元の子供たちに夢を与えたい」と考えていました。その後、ヘイトデモに対抗する団体「C.R.A.C 川崎」や、川崎に暮らす在日外国人たちのよりどころとなる「ふれあい館」の鈴木健さんと取材が続きました。彼らも街を変えようとしているわけです。

 だから、川崎のとてつもなくエグい状況と、それをどうにかして変えるための行動、という二つの観点からの話を聞くことになりました。そうなったのが連載3、4回目あたりです。そこからは、単純に「川崎はヤバい土地だ」とレポするのではなく「なぜ川崎はそうなってしまい、どう変わっていくのか」を伝える方向性が定まりました。

――特に印象に残った取材は?

磯部  取材は毎回濃くて、どれも印象に残っています。今思い出したのは、浜町の不良たちの取材です。詳しくは本書にありますが、彼らの「ヤクザの指詰めを手伝った」という話――。すごく楽しそうにイキイキと話すから、聞く側としても鮮明に記憶に残ったし、そのまま書くだけでしっかりしたエピソードになりましたね。


■震災荒らし小学生脱法ドラッグ…… 本にはできなかった激ヤバ裏話

――本書に含めることができなかった激ヤバ話があれば、少しだけ教えてくれませんか?

磯部  う~ん、プライバシーの問題もあるので濁して言いますね。この本に出てこない、とある不良が、2011年東日本大震災のとき震災荒らしをやっていたという話を聞きました。被災地に行って、物品を盗んで、そして売りさばく。

 そういえば、川崎の若者に話を聞いていると多感な時期に経験したはずの震災の話は意外と出てこなくて、彼らにとってはそれよりもボコられたとか仲間が捕まったとか、という話の方が重要なんですね。ただ、回り回って、あの震災って彼らにも影響があったとは思うんです。ヤクザが不況産業となって、さらにリーマンショックが起こり、震災が起きた。本書にも出てくるエピソードですが、ヤクザの下にいる彼らの先輩もカツカツになって、子どもたちも上納金を取り立てられる、みたいにね。

――ヤバい話、まだまだありますよね?(笑)

磯部  例えば、脱法ドラッグの話はよく出てきました。作家の石丸元章さんが「2012年脱法ドラッグパンデミックだった」とおっしゃっていましたが、その時期は川崎駅前でも脱法ハーブが大っぴらに売られていた。

――それはヤバいですね。当時、子どもたちの間でも脱法ドラッグが出回っていたということですか?

磯部  川崎ではタバコを吸っている小学生もいますが、当時の脱法ハーブは年齢制限がないからさらに買いやすいですからね。暴れたとかはいい方で、自律神経がボロボロになってしまい戻ってこれなくなってしまった子もいる。今の20歳くらいの不良に話を聞いていると、脱法ドラッグは強烈な体験として残っているようですね。

――脱法ドラッグだけじゃなく、マリファナに手を出すような少年も?

磯部  脱法ドラッグの悲惨な体験から教訓を得て、「もうやらない、やるのはマリファナだけ」と言っている不良もいましたよ。ただ、少年薬物犯罪の専門家だった故・小森榮弁護士によると、近年、同犯罪の全体的な件数は下降傾向にあります。ただ、もちろんやっている子はいるし、孤立化することで問題がより根深くなっているという側面もある。貧困問題も同様だと、本書の中で「ふれあい館」の鈴木健さんも言っていますね。


■不良たちのリアルで特殊な距離感

――本書には、ハスリングラップ(※ ドラッグの売買など非合法な仕事に従事した経験を持つハスラーによるラップ)を初めて日本に取り入れたとされるSCARSのA-THUGも取り上げられていますね。

磯部  SCARSというグループは元々ハスリングチームから発展したと彼は語っています。連載を始めたときは、A-THUGは刑務所に入っていて、取材をさせて欲しいと手紙を送りました。そして、出所後の復活ライブを取材、恐らく初となるロング・インタヴューもやらせてもらえて貴重な文章になったと思います。彼は00年代の日本のラップミュージックにおける重要なアーティストですが、取材記事はほとんどないですからね。

 2018年1月14日には川崎駅前のライヴハウスセルビアン・ナイト>で、BAD HOPや、LIL MAN、君島かれんちゃん、そして、A-THUGなど、本書で取り上げたひとたち揃って出演するイベントが行われる予定です。それはすごそうですね。

――僕や読者の人は、取材対象を怖い人たちだと思い込んでいますが、実際の取材ではどんな態度でしたか?

磯部  BAD HOPのメンバーたち、みんなめちゃめちゃ礼儀正しいですよ。基本的に敬語は崩さない。ただ、それも身を守る“防御手段”のひとつのようですけどね。本書でメンバーのYZERRはこう言っています。「オレら、初対面のときは、明らかな年下にも敬語を使うんです。それは礼儀正しい人間でいたいっていうのもあるし――これは『ギャンキング』(柳内大樹作)のセリフですけど――『最悪なイメージができてる奴』でいたいんで」。そんなところからも、彼らが生きてきた環境の過酷さが伝わってきます。

 基本的に取材で「なんだテメエ!」みたいになることは一度もなかったです。ただ、礼儀正しく接してもらえるけど目が笑ってないときはありましたけど。僕より年上の不良でも敬語しか使わない人もいて、それはそれで近づき難いし、怖かったです……。


 このように、かなり緊張感の高い取材もあったという『ルポ 川崎』執筆過程。次回は、取材のエピソードだけではなく、磯部氏が恐ろしいと思った「中1殺害事件への無関心さ」や「混血化が進む日本の未来」など、川崎から見えてきた日本の未来について語っていただく。
(取材・文=松本祐貴)


※画像は、『ルポ 川崎』(サイゾー)

『ルポ 川崎』(サイゾー)