1996年同人ゲームで始まった『東方Project』も、その世界を広げ続けて、もう20年以上。筆者にその全体像はまったくつかみきれないけれど、まことココロ惹かれる。
 世界観も、キャラも、そして科学の面からも。

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 「東方Project」の舞台は、幻想郷。そこには、われわれの世界で消えたもの、忘れ去られたもの、存在を否定されたものが存在する。妖怪、神、魔法使い......。

 環境もそうで、たとえば幻想郷はあまり広くなく、山は一つしかないらしいのだが、それは「富士山に壊される前の八ヶ岳」。
 かつて八ヶ岳は日本の最高峰だったが、富士山によって破壊され、現在の姿になったという伝承がある。幻想郷の山は、その本来の八ヶ岳で、いまは「妖怪の山」と呼ばれているのだ。

 すべてがこのような感じの諸々で構成されているのが幻想郷であり、また「東方Project」の世界だ。そこに住む者たちも、偏った性格やすごすぎる能力の持ち主が多く、幻想郷だからこそ生きられる(死んでいる者も多いのだが)ように思われる。寂しくも、とても優しい世界

 考えてみたいワザや現象は山のようにあるが、ここでは3人のすごい能力を見てみよう。
 霧雨魔理沙(きりさめ・まりさ)のマスタースパーク宇佐見菫子(うさみ・すみれこ)の指パッチン、そして霊烏路空(れいうじ・うつほ)の人工太陽である。

石油24億tのエネルギーを妖怪に!?

 「東方Project」を代表するキャラクターである霧雨魔理沙は、人間だ。なのに幻想郷で大きな存在感を発揮できるのは、自在に魔法が使えるからだろう。

 「派手でなければ魔法じゃない」とすごいコトを言い放ってるから、精神の体幹もムチャクチャ強いと思われる。
 この魔理沙が「ミニ八卦炉」を持っている。これは魔力を燃料とし、一晩煮込むようなトロ火から、山一つを焼き払うほどの異常な火力まで出すことができるマジックアイテム。
 そして魔理沙はここから「マスタースパーク」を放つ! この極太のレーザー光線のように見えるエネルギー波は、山一つを吹き飛ばせる破壊力を持つという。

 山を吹き飛ばすとはものすごい。しかも前述したように、幻想郷に山は一つしかなく、それは「富士山より大きかった八ヶ岳」なのだ。そんなものを吹き飛ばす......!?
 かつての八ヶ岳の大きさは不明なので、ここでは富士山を吹き飛ばすと考えて、その威力を計算してみよう。

 富士山体の体積は400km3。玄武岩の密度から計算すると、その重量は1兆1千億t! 岩石を「破壊する」には、1kgあたり100ジュール【※】のエネルギーが必要といわれる。そのうえ「吹き飛ばす」のだから、さらに莫大なエネルギーが必要だろう。

※「ジュール」はエネルギーの単位で、100gの物体を1mの高さから落としたときのエネルギーが1ジュール

 仮に、破壊で生じたすべての破片が、富士山の半径を超える距離(20km)まで飛ばされたと仮定すれば、マスタースパークが放ったエネルギーは1垓1千京ジュール! われわれの世界では接することの少ない数値であり、さすが幻想郷ですなあ。

 感心している場合ではない。1垓1京とかいわれてもよくわからないので、石油に換算すると24億t分だ!
 これは、日本が1年間に輸入しているエネルギー資源(石油と天然ガスを合わせて3億t)の8年分だ。このヒト、人間なのだから、それほど莫大なエネルギーを生み出せるんだったら、外の世界(われわれ人間の世界のこと)でエネルギー供給会社でも作ったら、大成功するのでは......。

 だが、魔理沙はそんな現世の栄華には露ほどの興味も抱かず(たぶん)、幻想郷で悠々と日々を紡ぎ、異変があれば妖怪に向かってマスタースパークを放っている。そんなことしちゃって、幻想郷は大丈夫なの!? 大丈夫なのでしょうなあ。本当に怖いところだ、幻想郷

指パッチン衝撃波を起こすには?

 うーむ。最初からパワフルな例を見すぎたかもしれない。
 そこで次は、宇佐見菫子。この人は超能力を持つ「女子高生」であり、つまり人間。超能力者ではあるが魔理沙のように魔法を操るわけでもないし、そこまでパワーを追求している様子もない。そもそも、ここで取り上げる現象は指パッチンで相手をのけ反らせることなのだ。わーお、地味。

 と思ったら大間違い。彼女は指パッチンによって衝撃波を起こす!
 無数の音波が重なり合った衝撃波は、大きな圧力と破壊力を持つ。物体の速度が音速を越えたときや、爆発が起きたときに発生する。そんなモノを指パッチンで......!?

 自分で何度やってみても衝撃波が起こる気配はなく、どうすれば菫子の行為を再現できるか、皆目見当つきません。
 でも無理やり考えれば、モノスゴイ力で中指を親指にこすりつければ、摩擦で莫大な熱が発生し、爆発に近い状況が生まれ、衝撃波が発生する......のかなあ。

 そうだとして、菫子がどれほどの力で中指と親指をこすり合わせたのか。
 感覚的な数値だが、人間が5kgの力で押されると「のけ反る」と仮定し、菫子の場合、相手が5m離れていると仮定しよう。すると「5m離れた相手の顔面に5kgの力を与える衝撃波」ということだ。

 そのような衝撃波は、爆薬160gが爆発したときに発生する。標準的なダイナマイト(薬量200g)が爆発したときの8割のエネルギー。

 指パッチンによる摩擦で、これだけのエネルギーを発生させるために、中指を親指に押しつける力は......ぎょぎょっ、6900t!
 これは砲丸投げの砲丸を楽々と握り潰せる力である。どこが地味な女子高生なんだっ!?

 それだけではない。指パッチンによる衝撃波は、全方位に広がるから、自分の顔面にも襲いかかる。そして、衝撃波の圧力は、距離の3乗に反比例する。指パッチンする手から、自分の顔までの距離はせいぜい50cmほどで、それは相手までの距離5mの10分の1だから、圧力は1000倍となって、ぬわんと5t!

 顔面に5tの衝撃を食らっても平気な女子高生......。まあ、こういうヒトでないと、幻想郷には足を踏み入れたらいかんということですなあ。

現実の世界だったら、地球たちまち滅亡!

 そして最後に、地獄鴉の霊烏路空である。このヒト(人間じゃないけど)は、スペルカード「地獄の太陽」で、人工太陽を生み出す。

 その人工太陽は、ゲームの画面では直径5mほどに見え、彼女はこれに身を包まれて戦う。周囲の弾幕が次々に吸い込まれていくから、これを科学的に解釈すると「周囲に重力を発生させている」ということか。

 彼女にこれができるのは、「核融合を操る程度の能力」を持っているからだろう。
 などとアッサリ書いてしまったが、核融合である! いうまでもなく、それは「軽い原子が合体して大きな原子になる反応」で、莫大なエネルギーを生み出す。太陽の中心部でも核融合が起こっていて、太陽はそのエネルギーで輝いている。そんなモノを操れるのか、このヒト(人間じゃないけど)は......!?

 太陽の中心部は、温度が1500万℃、密度が水の150倍になっている。地球上では金でさえ水の19.3倍なのに、水素やヘリウムという気体がそれをはるかに超える密度になっていのだ。オソロシイですなあ、太陽は。

 では、霊烏路空が生み出した人工太陽はどうなっているのか。
 「周囲の弾幕を吸い込む」という現象から考えた場合、たとえば、10m離れた位置に地上と同じ重力を発生させるとしたら、その人工太陽の重さは15億t、密度は水の2250万倍! もう想像を絶する状況である!
 こんな人工太陽から発せられる温度もモノスゴイ! 太陽の表面温度は6000℃だが、これは1500万℃の中心部で発生した光が、直径140万kmの太陽の内部を通るうちに、散らばって弱くなった結果だ。直径5mの空の人工太陽は、光が散らばる余地がないから、そのままの強さで周囲に放たれると考えるべきだろう。

 つまり、表面温度は1500万℃!
 この灼熱の太陽からは、10m離れた地点に真夏の太陽光線の21京倍の光が降り注ぎ、理論上はあらゆるものが750万℃に加熱される。実際には、そうなるはるか前にすべてが蒸発してしまいます! 幻想郷はいったいどうなってしまうのか!? たぶん大丈夫なんだろうなあ......!!

 幻想郷は、おそらく現実の科学が通用しない、幽遠な世界なのだろう。検証すればするほどそう思ってしまうが、だからこそなんとか科学でアプローチを試みて、そのすごさの一端にでも触れたくなる筆者である。(了)

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著者
柳田理科雄
理系作家。空想科学研究所の主任研究員として、書籍の執筆を続ける一方で、各地での講演、ラジオ・TV番組への出演など精力的に活動。2007年には『空想科学 図書館通信』の無料配信を始め、現在も継続中。代表作『空想科学読本』シリーズは、現在17巻まで刊行。明治大学工学部の非常勤講師。2017年6月17日角川文庫空想科学読本 正義のパンチは光の速さ!?』発売。
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