今年のNHK大河ドラマ西郷どん』の第1話が7日、放送された。舞台は1840年の薩摩で、第1話では西郷隆盛少年時代が描かれた。

 小吉(のちの西郷)は仲間たちと“お菓子”を盗むために薩摩の別邸にび込むが、見つかってしまい逃走中、すすまみれになって撃を開発中天狗のような出で立ちの男(渡辺謙)に出会い、「お前は一番幼い仲間を見捨てて逃げた。弱い者の身になれんは、弱い者以下のクズだ。そういうのことを、薩摩では“やっせんぼ”って言うのだ」と叱責される。その晩、自宅で小吉家族を前にして「おいは、自分より弱か者を守りとうございます。そんために、もっと強くなりたか」と宣言する。

 そして後日、妙円寺詣りで小吉たちの郷中が一番となり褒美のっていると、薩摩島津鹿賀丈史)の子、島津青木崇高)がに乗って現れ、一同が地面に正座し頭を下げる。そして、なんと久の後ろには先日出会った“天狗男”が甲をかぶり立っており、その男がの“お世継ぎ様”島津斉彬であることを小吉は知る。

 斉彬の魅に引かれた小吉は、将来斉彬の“お側に仕える”ことを決心し、ますます剣術の稽古に精を出していたが、中で襲ってきた相手と格闘中に真剣で肩に大きな傷を負い、武士であるにもかかわらず一生を振れない体となってしまう。

 絶望しての中で泣いていると、狩りをしていた斉彬に再び遭遇。小吉は「おいは、いつか斉彬様のお側で忠義を尽くしとうございます。じゃっと、こん右手で二度とを持てなくなりました」と訴える。すると斉彬は、「死んではならん。重いを2本も差してふんぞり返る時代は終わるんだ。これからは弱き者のを聞き、民のために尽くせる者のみがの強いとなる。お前はそういうとなればよい」と言い残し、去っていく。そして小吉はますます将来斉彬に仕える決心を強くするところまでが放送された。

致命的欠点

 第1話を見た感想としては、ほぼ全編にわたり小吉少年時代が描かれていたが、子ども同士がケンカをしたり、の別邸にび込んだりと、どうでもよいシーンを延々見させられ、肩透かしをくらったという印だ。多くの部分が子どもたちが走り回ったりケンカをするシーンで占められ、“間延び感”は否めず、せっかく明治維新というドラマチックな史実を扱うのだから、興味深い歴史的トピックと関連付けて見せるなど「ほかにやりようはなかったのか……」と期待外れに感じた。

 また、小吉は下級武士という設定なのだが、両親も祖もみんな優しく和気あいあいとしていて、“現代のマイホーム”感ありありなのにも疑問を感じた。青木崇高沢村一樹負)らほかの俳優も、セリフ回しや佇まいが全に“現代の連ドラ”で、「え? 大河って、こんな感じだっけ?」と雰囲気をぶち壊している(そのため、渡辺謙鹿賀丈史の大河感がハンパなく際立っていた。渡辺の乗スキルとかスゴすぎだし。そういえば、開始々から『なんでナレーション西田敏行なんだろう』ってずっと考えていたのだが、鹿賀と西田演し、同じく明治維新を舞台とする28年前に放送された大河『翔ぶが如く』へのオマージュだったのね。『翔ぶが如く』は面かった)。

 そしてなんといっても“雰囲気をぶち壊している”トップが、役の西郷を演じる鈴木亮平だ。第1話では少しだけの登場となったが、鈴木がいつも民放の連ドラで見せる爽やか笑顔を振りまきながら野を駆け抜ける鈴木の姿には、「いったい彼をどう西郷隆盛だと思えばいいんだ……」という違和感しかない。やっぱり、西郷鈴木を配したのはミスキャストではないだろうか。

 このほかにも、登場人物たちが話す薩摩弁のセリフが難しすぎて、いったい何を言っているのか全然わからないシーンが多く、全体のストーリーが追えないというのは致命的な欠点ではないだろうか。これにはくもインターネット上で「字幕必須」「何言ってるか、わかんない」などと批判が上がっている。

 そんなこんなで、今後に不安が残る第1話だったといえるのではないか。そして28年前に『翔ぶが如く』で大久保利通西郷を演じた鹿賀と西田は、どんな感想を抱いているのかも気になるところだ。
(文=米倉子/ライター

西郷隆盛