SNS上を中心に「自傷皮膚症」「強迫性皮膚摘み取り症」が話題となっています。投稿には、「無意識に唇の皮を剥いたり、爪先の白い部分を噛んだりむしったりしている人にみられる」「その原因はストレスや欲求不満」などとあり、「小さい頃からずっとこれ」「症名があることを初めて知った」「指の皮をむしるのをやめたくてもやめられない」といったコメントも寄せられています。この自傷皮膚症とは一体どんな病気なのでしょうか。精神科医・行動療法士の原井宏明さんに聞きました。

正式病名は「皮膚むしり症」

Q.自傷皮膚症の人に特徴的な行動とはどのようなものでしょうか。

原井さん「自傷皮膚症の正式な病名は『皮膚むしり症』です。実は3年ほど前まで正式な病名がありませんでした。皮膚科では人工皮膚炎、精神科では身体表現性障害や、特定不能の衝動制御の障害と呼ばれていました。専門家の間では『ゴミ箱診断』と俗称される、どこにも行き場のない迷子のような病気だったのです。それが2013年に改定された米国精神医学会の公式診断基準DSM-5で初めて『Excoriation(Skin-Picking)Disorder』として命名され、日本語では皮膚むしり症と呼ばれ始めました。グループ分けにおいても強迫症(強迫性障害)と同じグループに入ることになりました。『醜形恐怖症』『ためこみ症』『抜毛症』も同じグループです。この症状における本質的な特徴は、自身の皮膚を引っかいたり、むしったりする行動を繰り返すことです。むしる部位は顔や手が最も一般的ですが多くの場合、多数の部位で行います。指の爪や、場合によっては針やピンセットなどを使い、健康な状態にある皮膚の小さな凹凸や吹き出物、硬くなった角質などをむしり取るケースが多いほか、皮膚を強くこすったり噛んだりする場合もあります。むしり行為によって生じた皮膚の病変を化粧や洋服などで隠そうとする人もいます。同時に、そうした病変やむしり行為に伴う出血などを見て、むしる行為を減らしたり止めたりすることを本人が何度も試みる反復行動も多く見られます。止めたいのに止められない、つまり、衝動を制御できないのです」

Q.皮膚むしり症の原因や、なりやすい人の傾向を教えてください。

原井さん「そうなる環境がそろえば、誰でもこの病気になる要素を持っています。地震や火事の最中といった極端なストレス下や、就職や結婚、転居をした直後など環境の大きな変化がある時には起きません。一方、生活環境が安定し、食べ物を探す必要もなく刺激もない、何もすることがない環境に一人ぼっちで置いておくと、犬や猫、鳥でも同じような症状を示すことが知られています。ストレスが一切ないというのも動物にとっては一種のストレスです。暇つぶしのための単純作業のような感じで、とりあえず手近にある自分の皮膚をむしる行為が皮膚むしり症と呼べます。皮膚をむしる症状はさまざまな年齢層の人に見られます。中でも、最も多い発症時期は青年期で、ニキビのような皮膚疾患が増える思春期の始まりと同時期に発症します。この症状を持つ成人の生涯有病率は約1.4%で、うち4分の3以上が女性です。血液型のようなはっきりした遺伝はなさそうですが、糖尿病や高血圧と同じ程度の遺伝はあるようです。親や兄弟に強迫症および関連症がある人は、なりやすい体質を引き継いでいると言えるでしょう。皮膚をむしる症状だけでなく、他の強迫症や不安症も同時に持っているのが普通です。たとえば『手が常に汚れているように感じて何度も手を洗ってしまう』『自分のミスのせいで後々、悔やむことになることへの不安から、戸締まりや確認を繰り返す』『身の回りが自分の思い通りでないと気が済まず、本来の仕事を後回しにして整理整頓にこだわる』などです」

病気という感覚自体を持ちにくい

Q.皮膚むしり症の治療とはどのようなものでしょうか。

原井さん「皮膚むしり症という病名は教科書にやっと載ったばかりで、精神科医や心理士の9割はまだ知らないでしょう。実際に症状や行動の内容に心当たりのある人でも『単なる癖の一つ』と認識されていることが多いため、『病気かもしれない』という感覚自体を持たない人がたくさんいます。症状の程度には個人差がありますが、『日常生活に支障が出ている』『手や指先が人目に触れる仕事をしている』『本人や家族が困っている』などが治療の必要性を判断する目安でしょう。皮膚むしり症の症状に心当たりがあり、生活や仕事で支障を感じている場合、まずカウンセリングで生活状況と実際の症状などを聞き、皮膚の状態をチェックし、むしり行動を観察することから治療を始めます。その後、本人の習慣や生活に組み込みやすい行動を、皮膚をむしる行為と置き換えて行う『習慣逆転法(ハビット・リバーサル法)』という行動療法を試みます。たとえば、皮膚をむしってしまいそうな時はお菓子を食べるようにしたり、パソコンの溝が気になってしまったら逆にその溝をゆっくりなでるようにしたりするなど、意識と行動を置き換える習慣を取り入れることで改善を目指します。習慣逆転法とカウンセリングを組み合わせて治療を行うと、早ければ3カ月前後で症状が改善されるケースもあります」

Q.専門医の治療を受ける前に自分でできることはありますか。

原井さん「皮膚をむしる、などの症状に心当たりのある人は、心身の変化を自ら確認する『セルフモニタリング』を行ってみてください。まず、日常生活の中で爪や指先を触っていた時間を計って記録し、1日でどのくらいの時間をその行動に費やしているのかを『見える化』してみましょう。むしったものを集めてみるのも効果的です。家のどの場所で過ごす時に皮膚むしりをしているのか把握し、そこにノートを置いておくなど、記録を取りやすい環境を作るのも良い方法です。『毎日1時間は爪を触っている』『こういう感情の時は皮膚をむしっていない』といった自分のパターンが把握できれば、行動を見つめ直しやすくなるとともに、専門医の治療を受ける際にも必ず役に立ちます。一方で、こうした方法を1人で実践しようとすると必ず甘えが生じるものです。皮膚むしり症は、他人に対してオープンにしたくないと思えば容易に隠すことができる個人的病気であり、実際の皮膚むしり行為もパーソナルな空間でしか起きません。しかし、治療のためには症状をパブリックにし、周囲からも見えるようにすることが重要です。専門医はもちろん、家族や友人、必要に応じて職場の上司などに相談し、皮膚むしり行為そのものも含めて、自分を見守ってもらえる環境を整えるのも症状改善への重要な一歩と言えます」

Q.専門家はどうやって選べばよいのでしょうか。

原井さん「DSM-5の中で取り上げられた精神疾患の診断名は約600に上り、精神科医だからといってその全てに対応することはできません。専門家を選ぶ際は、この病名を知っているかどうか、強迫症の新患を年に数人以上診ているかどうか、治した経験があるかどうかを受診予約時に尋ねるとよいでしょう。心理士やカウンセラーに相談する場合、習慣逆転法を使った経験があるかどうかを聞いてください。精神科医を受診する場合は、強迫症に対してどんな薬を使っているかを聞きましょう。フルボキサミン(商品名「ルボックス」「デプロメール」など)、パロキセチン(同「パキシル」など)の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)を処方してもらうと、症状が半分程度緩和されることがあります」

(オトナンサー編集部)

無意識に指の皮をむしる行動はもしかして…?