実業家イーロン・マスク氏が率いるスペースX社、その新型ロケットファルコン・ヘビー」が打ち上げに成功しました。従来のロケットとは異なる再利用システムの実験もほぼ成功といいます。どのような点が画期的なのでしょうか。

スペースXの新型ロケット、打ち上げ成功

ファルコン・ヘビー」はスペースX社(アメリカ)が所有する大型ロケットです。当初、2013年に打ち上げられる予定でしたが、諸々の事情で何度か延期となり、やっと本日2018年2月7日(水)(日本時間、以下同)の早朝5時45分、ケネディ宇宙センター(米・フロリダ州)から無事、打ち上げに成功しました。

そして離陸から約8分後、3基のうちの2基のブースターが、ロケット逆噴射させることによって無事、予定していたフロリダ州のケープカナベラル空軍基地へ着陸することに成功しました。

スペースXの動画を見ると、まるで発射時の様子を巻き戻して見ているかのような状態で2基とも予定していた場所に、真っ直ぐ垂直に降り、着陸をしています。破損や故障することもなく、整備して再び宇宙に飛ばす「再利用」も可能とのことです。

ちなみに残りの1基については、当初どこに落ちたか不明とされていましたが、その後、回収に失敗したことが公式発表されています。

ファルコン・ヘビー」は、スペースX社内ではもちろん、現在運用されている世界中のロケットのなかでも最大級の大きさとパワーを誇ります。まさに「ヘビー」の名にふさわしいスペックを持っています。

まずはそのエンジンですが、「ファルコン・ヘビー」は同社のロケットファルコン9」をベースに作られており、「ファルコン9」のブースターが3基使用されています。1基のブースターのなかには9個のエンジンが搭載されているので、合計27個のエンジンとなります。

これにより、パワーも凄まじいのですが、ペイロード(車でいえば最大積載量のようなもの)はライバルを大きくしのぐ数値となっています。たとえば2000kmまでの低空軌道であれば、「ファルコン・ヘビー」のペイロードが63.8tに対し、「スペースシャトル」が24t、ロシアの大型ロケット「プロトンM」は23t、日本の「H2Bロケットは16.5t、といった具合です。2位のスペースシャトルに2.5倍以上の差をつけていますから、「ファルコン・ヘビー」がいかにパワフルかがわかります。

なぜエンジンをクラスター化?

ところで、「ファルコン・ヘビー」には小さなロケットエンジンが合計27個もセットされていますが、なぜ、エンジンを大きくしてひとつにまとめないのでしょうか。

これには当然理由があります。「ファルコン・ヘビー」のようなエンジン搭載方法を「エンジンのクラスター化」といい、「クラスター」とは細かくするという意味です。そうする理由は、スペースXがかねてから提唱している「再利用」を見据えた事情というのがしっくりくるでしょう。

もちろん、エンジンのパワーを上げることも主要目的のひとつですが。大きなひとつのエンジンが損傷を受ければ、そのエンジンひとつを整備したり修理したりということになります。大きなエンジンなら脱着なども大変手間がかかりスペースも必要です。しかし、小さなエンジンの集合体であれば損傷を受けた部分だけを整備、交換すれば大丈夫です。大変効率的で、手間も少なくて済み、何より低コストで再利用が可能となります。

また、今回の打ち上げ成功が大きな話題となった理由のひとつが、米・テスラ社のクルマ「テスラロードスター」の搭載です。筆者(加藤博人:フリーライター/ミニカー研究家)も早朝から中継動画を観ていましたが、宇宙空間に浮かんだ流麗なスタイルのオープンカーの運転席に宇宙服を着た人形、そしてその後ろに青い地球という映像は、初見なら誰もが「CG?」「コラ画像?」と思うでしょう。しかしこれは現実です。この記事の執筆時点で打ち上げからすでに10時間経っていますが、いまも地球から数千キロ離れた宇宙では、「テスラロードスター」が軌道を回っています。これから何万年、何億年も永遠に……。

なにゆえクルマが宇宙へ?

なぜ「テスラロードスター」がそんなことになっているのかというと、それは、スペースXテスラ社の関係にあります。両社とも経営するのはイーロン・マスク氏。宇宙へ放たれた「テスラロードスター」も、マスク氏の愛車だそうです。

テスラロードスター」が搭載された「ファルコン・ヘビー」の荷室(車でいえばキャビン+トランク)部分は本来、「おもり」としてコンクリートの塊などまるで味気ないものが載せられるはずでした。しかし、「せっかくならテスラ車を載せてみよう!」というアイデアが出て、今回に至ったそうです。宇宙空間に浮かぶクルマのビジュアルは、非常にインパクトがあります。

また「テスラロードスター」はテスラ社初の市販車ということで、イーロン・マスク氏には相当強い思い入れもあったのでしょう。とはいえクルマで何か実験をするのかというとそういうわけではなく、単にイーロン・マスク氏の遊び心だそうです。

ですが実際は、クルマを搭載したおかげで世間から大きな注目を集めました。マーケティング的にも大成功と言えるでしょう。ちなみにクルマのダッシュボードには、ホットウィール(トミカサイズの米国ブランドのミニカー)の「テスラロードスター」がセットされており、その運転席には、宇宙服を着た小さな人形も実車同様に乗っているそうです。このホットウィールも「テスラロードスター」とともに、宇宙で悠久の旅を続けていくことになります。

なお、今回の「ファルコン・ヘビー」の打ち上げ目的について、一部で「火星に『テスラロードスター』を届けるため」と報じられているようですが、基本は「デモンストレーション」です。

「再利用」の観点から眺めると

かつては考えられなかったことですが、スペースXでは宇宙に向けて飛ばしたロケットを再び地球の、しかも狙った場所に着地させ、エンジンやブースターロケット本体)を再利用することにも成功しています。最初に成功したのは2015年12月で、2016年4月には海に浮かぶベースの上への着地にも成功し回収されています。

ロケットを飛ばすだけではなく、さらに指定の場所に戻して回収するには極めて高度な制御が必要とされています。さらにそれを再利用して再び宇宙に飛ばすことにも、2017年3月に成功しています。今回打ち上げた「ファルコン・ヘビー」3基のロケットのうち2基も再利用されたエンジンを使っています。

再利用することで、大幅に製造コストも減らすことが可能です。加えて荷室容量もほかのロケットの倍以上です。「ファルコン・ヘビー」がどれほど低コストに抑えられているかは明らかでしょう。

また、ロケットを狙った場所に正確に戻せるということは、地球上での移動手段として革命的な進化が生まれます。

スペースXが公式サイトで発表していますが、「ファルコン・ヘビー」よりさらに大きなロケットの開発が行われており、このロケットを使って最高2万7000km/hというとてつもないスピードで地球上の移動が可能になれば、あらゆる都市間がわずか30分程度で移動できることになります。

たとえば、現在東京~ロサンゼルス間は一般的な旅客機で約10時間ですが、これが32分に。同じく東京~シンガポール間は7時間少々のところ25分にそれぞれ短縮できるそうです。イーロン・マスク氏はそう遠くない未来に、飛行機におけるエコノミークラスの正規料金並みの値段で実現させたいと考えているそうです。

【写真】再利用可能、ブースター部分の着陸の様子

「ファルコン・ヘビー」によって宇宙空間へ放たれた「テスラ・ロードスター」。運転席に座るのは「スターマン」と名付けられた人形(画像:スペースX)。