2018年で創刊120周年を迎えた兵庫県の地元神戸新聞が、創刊記念日の2月11日(日)に合わせて「1995年阪神・淡路大震災があったからこそ生まれてきたもの」を11モチーフビジュアルで表現しました。

同日の別刷特集「SINCE1995~あの日、あの時、私たちは失ったばかりではない。~」に掲載されています。

自分の周りのSINCE1995

特集では、あの日(阪神・淡路大震災が発生した1995年1月17日)の経験や教訓を生かし、あの日がなければ生まれなかったものを紹介します。

ステートメント

23年前の1月17日の5時46分52。あの日、あの時に起きた悲しみや苦しみは今でもひとりひとりの心の中に沸き起こってくる。

だから…。この面ではあの日、あの時、私たちが失ったものではなくあの日、あの時から、私たちが手にしたものに思いを馳せてみたいと思ったのです。

1995年まではなかったのに、23年の時をかけてひとつひとつ、私たちが私たちの手で生み出してきた数々。

誇らしい気持ちを少しと、まだまだだぞ、という叱を込めて。

神戸新聞創刊二十周年企画SINCE1995

災害派遣医療チーム

震災発生時時の救急医療が提供されていれば500名の命が助かったと報告されています。その教訓から2005年災害専門の医療チームが生まれました。

みんなの

仲間や親しい人々が共同で生活するコミュニティハウス

阪神・淡路大震災家族や住居を失った高齢者が営んだ「ふれあい住宅」が、日本での最初の事例とされました。

学校の耐震化

2014年、全立小中学校の耐震率は初めて9割をえました。子供達を守るは今では見慣れた風景ですが、この調が始まった2002年はまだ4割にしか過ぎなかったそうです。

被害者生活再建支援

それまで義援に頼っていた被災者への生活支援。この大震災を機に都道府県が拠出した基活用し、被災者生活再建支援を支給することになりました。

ボランティア元年

阪神・淡路大震災では、138万人のボランティアが訪れました。その後、数多くのボランティアの団体が生まれました。レスキューのNPO団体もそのひとつです。

リアージ

大震災の直後は多数の傷病者が発生。救える命を優先的に救うために、緊急な治療が必要な患者を時に見つけることが重要です。日本では、阪神・淡路大震災以後に定着しました。

耐震性貯水槽

地震時に配管等の施設に被害が発生したとしても、同時多発火災などの初期消火に対応できる貯水槽です。今や日本に拡大して設置されています。

軽量防災瓦

屋根が重いと建物の重心位置が高くなり不安定になるので、揺れも大きくなります。そこで、衝撃にも強くて軽い新素材を使った瓦が、次々と開発されました。

レスキューロボット

人が立ち入れない危険な場でも要救護者の捜索や瓦礫撤去などの作業を、黙々とこなしてくれる頼もしいロボットです。

梁耐震補強

いまだ記憶に残る、635mにわたって横倒しになった神戸市区の脚。安全神話の崩壊を教訓に耐震補強は日本で一気に加速しました。100パーセントの補強はもうすぐです。

1995年阪神・淡路大震災でたくさんのものが失われました。

しかし、あの日から23年の時をかけてひとつひとつ生み出されたものが、たくさんあります。

“あの日”は失ったばかりではない…阪神・淡路大震災の教訓の成果を神戸新聞が特集