二丁拳銃! スローモーション! ほとばしる男たちの感情! そして鳩!! 半ばセルフパロディ的なまでにジョン・ウー的要素が詰め込まれた『マンハント』からは、ウーのサービス精神と余裕、そして原作映画への異常な愛が伝わってくる。

巨匠ジョン・ウー、『君よ憤怒の河を渉れ』をリメイクする
ジョン・ウー様式美に満ちた独特なアクションと、男たちの熱すぎる感情を表現することに関しては、現在に至るまで最強クラスの監督である。30年前には香港ノワールの方向性を決定づけ、さらに『フェイス/オフ』『ミッション:インポッシブル2』などハリウッドでも活躍。そんな彼が、1976年に公開された高倉健主演の日本映画『君よ憤怒の河を渉れ』を原作にして撮ったのが『マンハント』だ。

「なんでわざわざそれを原作に……」と思うのだが、実は『君よ憤怒の河を渉れ』は中国ではめちゃくちゃ人気のある映画だったらしい。というのも、この作品は文化大革命後に初めて公開された外国映画であり、当時の観客動員は8億人というから凄まじい。「無実の罪に問われた検事が、追う刑事と奇妙な交流をしつつ真相に迫る」というストーリーが、文革当時に理不尽な扱いを受けた当時の中国人の心情に訴えたのだ。この映画のおかげで健さんは中国でも人気があるのだそうで、ジョン・ウーがリメイクしたいと考えるのも当然なのである。

"アクションが物語をドライブさせる快感"に浸るべし
『君よ憤怒の河を渉れ』で健さんが演じた検事は、『マンハント』ではドゥ・チウという中国人の腕利き弁護士に変更。彼は酒井社長率いる天神製薬の顧問弁護士なのだが、パーティの翌日、目が覚めたら横に社長秘書の女の死体が転がっているという事態に見舞われる。いきなり殺人事件の被疑者となったドゥ・チウは隙を見て逃走。大阪の市街を逃げ惑う。

元の映画では原田芳雄が演じていた刑事にあたる役、矢村を演じるのが福山雅治である。矢村は警察の方針とは別に独自にドゥ・チウを追跡。事件の鍵を握る女・真由美や謎の女殺し屋2人組、警察側の内通者と天神製薬のトップなどが複雑に絡み合う事件の真相に迫るが、その渦中でドゥ・チウの無実を確信していく。

というわけで逃げるドゥ・チウと追う矢村がいつしか共闘することになるのだが、その共闘っぷりが期待通りの熱さである。「さすがジョン・ウー……」と唸らされるのは、その心情が通いあう様子をアクションで表現している点だ。特に中盤、手錠で片手同士を繋がれた状態でのドゥ・チウと矢村のアクションシーンは素晴らしい。「命がけで追い/追われる関係だった者同士が、極限状態でその心情を理解しあう」という大きな変化を、拳銃の操作や日本刀の投げ渡しで表現するテクニックはさすがにジョン・ウー。セリフではなくアクションで物語がドライブしていく気持ち良さが充満している。

そうかと思うと、アクションの中にジョン・ウー映画で何回も登場した要素が盛り込まれまくっている。二丁拳銃にスローモーションに鳩と、「これが見たかったんやろ……?」と言わんばかりの過剰サービスだ。特に鳩に関しては、『マンハント』ではちょっとだけ変わった使われ方をしているのも嬉しい。このあたりからはウーの圧倒的サービス精神がビンビンに伝わってくる。美味い上にやたらと盛りがいい中華料理屋みたいだ。

ド根性で頑張る福山雅治ジェットスキーに飛びつくシーンをスタントなしでやっていたのにはびっくりした)や、「気持ちはわかるけど、あんたジョン・ウーの映画に出たかっただけだろ!」と声をかけたくなる斎藤工、やっぱり悪い國村隼、どこまでいっても竹中直人竹中直人、いい味すぎるホームレス倉田保昭など、日本側出演者もそれぞれいい味。特に斎藤工なんか、役の名前が「犯人A」である。斎藤工なのに。多分本当に出たかっただけだと思う。

そして度肝を抜くのが、謎の女殺し屋コンビの片割れ(でかい方)を演じたアンジェルス・ウーである。この人、ジョン・ウーの実の娘なのだが、めちゃくちゃガタイがよくて強そうなのだ。アクションに関してもそのガタイのでかさから妙に説得力があってかっこよく、「福山雅治で勝てるのかよ……」と心配になる程。自分の娘を妙にかっこよく撮ってしまうあたり、ウーも人の子である。

丁寧すぎる原作要素の盛り込み方に泣け
もうひとつ『マンハント』のポイントになるのが、『君よ憤怒の河を渉れ』からの要素の広い方がとても丁寧なところだ。まず、主人公ドゥ・チウの名前の漢字表記が「杜丘」なのだが、これはそのまま健さんが演じた杜丘検事から引用されている。「矢村」という刑事の名前も、原田芳雄が演じた矢村警部からの引用だ。

映画が始まってすぐ、ドゥ・チウが話す「古い映画のセリフ」は健さんがセスナ機を譲ってもらう時のものだし、その後にドゥ・チウが口ずさむのは『君よ憤怒の河を渉れ』のテーマソングだ。さらに「馬」とか「悪い病院」とか、元の映画を見ていればちょっと笑っちゃうくらい原作から引用されたモチーフが登場する。

これらの点から勝手に推察するに、ジョン・ウーはマジで『君よ憤怒の河を渉れ』のことが好きである。そうでなくては、わざわざ馬を出す理由が思いつかない。単に元の映画の要素を引用するだけではなく、それをうまく処理して『マンハント』という別の映画に馴染むよう頭をひねった痕跡があるあたり、限りなくガチな感じがする。

「日本の映画は素晴らしいです」くらいのリップサービスなら、そこまで苦労しなくても言えるだろう。しかし『マンハント』には『君よ憤怒の河を渉れ』という作品の要素が解体され、敬意と遊び心をもって散りばめられている。やはりジョン・ウーの熱意と愛情は本物なのだ。

【作品データ】
「マンハント」公式サイト
監督 ジョン・ウー
出演 チャン・ハンユー 福山雅治 チー・ウェイ 國村隼 池内博之 ハ・ジウォン ほか
2月9日よりロードショー

STORY
大阪に本拠を構える天神製薬の顧問弁護士ドゥ・チウは、ある朝目を覚ますと横に女の死体が横たわっていた。無実の罪を着せられたドゥ・チウは逃走。一方大阪府警の谷村刑事はドゥ・チウを追うが、その過程で彼が犯人であることに対して疑問を抱く.
しげる