ドイツの首都ベルリンは多文化都市だ。さまざまな国や文化を背景にした人が暮らしている。そのため街中を歩けばイタリア料理中華料理をはじめ、ジョージア料理やイスラエル料理まで日本ではあまりなじみのない料理まで楽しめる。
そこでふと感じた。街には各国の料理があふれているのに、なぜ子どもの食事、特に市販の離乳食は典型的なドイツ料理が大半を占めるのか。店に並ぶ離乳食のメニューといえば、ジャガイモクリームほうれん草和えやニンジンと野菜のオーブン焼き、ミルクがゆ(牛乳で柔らかく炊いた米にリンゴのコンポートやシナモンをのせたもの)などだ。


そもそも離乳食に積極的ではない
ドイツの離乳食に対する考え方は日本の考え方と大きく異なる。まずドイツでは、離乳食がさほど重要なものとして捉えられていない。母乳を主として、離乳食はあくまでもその補助的なものと考えられているのだ。

ベルリンの総合病院の産科に勤務する医師のヘブン・ゲブレギオーギッシュさんに聞いたところ、2014年に発表された研究結果では「母乳が子供のアレルギーの発症を抑える効果がある」ことが証明されたそうだ。そのため現在は、可能であれば母乳で育児をすることが一般的にドイツでは奨励されているという。ゲブレギオーギッシュさんの話では、病院での指導も最低6カ月は母乳を与え、その後は続けられるだけ授乳を続けるのが望ましいとのことだった。


離乳食に対して気負わないドイツ
親もそこまで離乳食にこだわっていない。乳幼児を持つ数名の母親たちに話を聞いてみると、以下のような答えが返ってきた。

まず、6カ月の娘を育てるエミリー。彼女は市販の離乳食には特別な思い入れを持っていない。「市販の離乳食なんて気にしたことなかった。買ったこともない。大人の食事を用意する時に野菜だけ取り分けて、それを柔らかくしたものをあげている。簡単よ」と自身の子どもの食事について教えてくれた。
1カ月の息子を持つアイーダも、「自分たちが食べているお皿から赤ちゃんが食べてもいいものをあげるのがいいと聞いた。そのやり方でいくつもり」と言い、市販の離乳食を息子に与える予定はないそうだ。

一方で、3歳と10カ月の子供の母親であるルーマニア人のスベトラナは離乳食派だ。「スーパーの離乳食売り場には随分とお世話になっている。ドイツ料理ばかりでつまらないとも思わないし、ドイツの離乳食は品質がいいから安心してあげられるし大助かりだ」と言う。

エミリーおよびアイーダとスベトラナは、市販の離乳食の使用頻度では真逆だ。しかし、どの人も離乳食に対して「子どもに手間暇かけた食事を用意しなければならない」「多様な料理を通せば子どもの食への関心が高まる。だから、いろいろなものを食べさせるべき」という考えは、それほど強く持っていない。


重要なことは機能性と安全性
離乳食に対する認識は言葉にも表れている。離乳食はドイツ語で「バイコスト(Beikost)」と言い、文字通りに訳すと「傍にある食事」の意味だ。ドイツの離乳食は「母乳や粉ミルクでは補えない栄養を適切に補うこと」を主目的として作られている。日本では「栄養素に加えて咀嚼(そしゃく)力や味覚の発達を助けること」が離乳食に求められるのに対して、ドイツでは目的がかなり絞られているのだ。

瓶詰め離乳食のラベルを見ても、「減塩」「自然の鉄分を豊富に含有(血液を作り出すことに重要)」「アルファリノレン酸含有(脳や神経の発達に重要)」「無香料」などと、栄養素についての説明を強く打ち出している。これはドイツの購買者の関心がそこにあることを反映している。

ドイツの離乳食は「見た目や味よりも、機能性や安全性が大切」という考え方を色濃く映し出す。ドイツは隣国のフランスベルギーと比べて、ご飯に対して考え方がシンプルだ。離乳食を眺めていると、彼らの根底にある食事に対する価値観が見えてくるようでもある。
(田中史一)