スターウォーズ」より観客が多かった
映画監督・原一男。庵野秀明にもリスペクトされ、「シン・ゴジラ」(16年)に政府の御用学者に甘んじる頼りない生物学者役で参加している原は、役とは違って、たくましき、ドキュメンタリー映画の雄。代表作は、元妻を追って沖縄に行く「極私的エロス 1974」(74年)、アナーキスト崎謙三に密着した「ゆきゆきて、神軍」(87年)、小説家井上人生に迫る「全身小説家」(94年)など、どの作品も対を追う凄まじい執念に満ちている。

監督がこのたび追ったのは、のらくらと逃げまくる頼りない政治家たちと闘う、名もなき民衆たちの姿だ。大阪アスベスト石綿被害に遭った人々が、を相手に損賠償をめる活動〈大阪アスベスト国家賠償訴訟裁判闘争〉を8年にも渡って記録し、前後編、合わせて215分の長編ドキュメンタリーとしてまとめた。
途中休憩があるといっても4時間近いにもかかわらず、不思議と飽きず、時が経つことを忘れて見てしまう。なにしろ、実在の人々のキャラがやたらと濃いし、彼らの行動と、遭遇する出来事は信じがたいことだらけなのだ。いわゆる、フィクションよりも面ノンフィクションだ。

南での先行上映では、同じ劇場で開されている「スターウォーズ」よりもたくさんの観客が入場していたという「ニッポンVS石綿村」が、3月9日から上映される。

厚労省の役人の対応が面すぎる
アスベストといえば、耐熱、保温性に優れていることから、建材に使用されてきたが、それが有で、2005年には、製造工場長で働いていた人たちのなかに死者も出ていたことが明らかになり、話題となった。報道が加熱していた頃、コンクリートの建物を見るたび、これにもアスベストが使われているんじゃないかと心配になったものだが、2004年には使用が禁止された。でも未だに、昔の建物が解体されるときに、過去の遺物が飛散するおそれは残っている。

そのアスベストの製造工場の被害は絶大で、かかわった多くの人々とその家族が肺がんや中皮腫はじめとした病にかかり、不便な生活を強いられたり、命を落としたりしていった。70年前からその有性を把握していたにもかかわらず、経済発展を優先したのだ。
06年、大阪南地域のアスベスト工場の元労働者とその家族が、全初の、賠訴訟提起する。闘争は長期に及び、勝訴と敗訴を繰り返し、志半ばで倒れてゆく人たちを見送りながら、残された者たちは辛抱強く闘い続ける。映画の前半は、南地域のアスベスト工場の元労働者や関係者、近隣の人たちの話が中心。彼らの生い立ちから、被害に関する話までじっくりを傾け、彼らがどういう出自なのかわかったうえで、彼らの似顔絵が挿入されることで、アニメ漫画に慣れた身にも親しみやすくなる。彼らに興味、関心を抱くようになった後半は、原告団の活動の様子が描かれる。

原告団を支援する「市民の会」や弁護団、厚生労働省の役人たちのやりとりが、出色。いわゆるお役所ののらりくらりした対応を、原監督はしっかり撮影する。たくさんの人が被害にあい、苦しんでいることに対して、ほんとうにこんな対応なのか、とじりじりする場面の数々。カメラは撮らないでと言われても食い下がる監督というドキュメンタリーあるあるなところも。

大阪から交通費も時間もかけて来ている原告団に対して、えらい人がなかなか出てこなくて、みんなの怒りが募っていくことが21日間も繰り返される。この一部始終を原監督は「これ、見事だと思ってカメラを回していました」と言う。それをずっと撮ることを許可している厚労省こそすごい

監督のシビアなまなざし
また、最初に対応している人たちは、原告団の人たちが名刺をくださいと言ってもなかなかくれない。こういうことって日常でもあって、相手によって名刺を出したり出さなかったりする人はいる。それが、話が進んで大臣が謝罪する段階になると、いやにニコニコしながら名刺を出し、いつでも連絡してください、みたいなことを言う大臣に、これまで怒っていた原告団のひとりが「信頼できる方ね」と喜んでしまう小市民の残念感も監督は見逃さない。民衆の側に寄り添いつつも、その欠点もちゃんと見据えているのだ。

私は外国人記者クラブでの外国人ジャーナリスト中心の試写会を見て、そこで原監督は、
「私は生活者と呼ばれるふつうの人たちの、人のよさを憎みます。それがメッセージです、この映画の」とっていた。

それについてもうちょっと詳しい言葉がプレスシートに載っているので、引用しておく。
平成の今、戦後ニッポンを支えてきた平和憲法は未曾有の危機を迎えている。一部の権者が己の欲得のやめにこの憲法を作り変えようとしている。それは民衆にとってはさらに生き難く苦難へと追いやられるはずにも関わらずこのの民衆は、々諾々と権者に迎合する始末。権者に抗う牙など、どこを探してもありはしない。そんな抜きにされた、平成という時代に生きるニッポンの民衆の自画像として描いた作品である」(原文ママ

このシビアな言葉を噛み締めたい。

映画の試写を見終わって、帰りに原監督挨拶する機会があった。監督は、名のライターの私にも名刺をくれた。
(木俣

ニッポンVS石綿村」
監督:原一男 
製作小林佐智子
構成:小林佐智子 編集: 岳志 整音:小川
音楽下 美恵
助成:大阪芸術大学 芸術研究所 JSPS科研費
製作・配給:疾走プロダクション
配給協:太 宣伝協:スリーピン

公式HP

製作・配給:疾走プロダクション