平昌冬季オリンピック事に閉幕。日本勢の活躍は覚ましく、メダル獲得数が計13個と過去最多となったのは喜ばしい限りです。

メダルを手にした選手たちを見て思い出したのは、私が子供時代を過ごした1960年代後半から70年代前半にかけて、居間のダンスの上に飾ってあった、いくつかの優勝カップトロフィーなどです。それらは麻雀大会で獲得してきたものでした。

よそのに遊びに行ったときも、よく優勝カップなどが飾ってあったのを見掛けました。ボウリング大会、釣り大会、のど自慢コンテスト…種類はさまざまですが、誇らしげに飾ってあって、私もくああいうモノをもらいたいなぁ、などと憧れていました。

そんな子供の密かな欲望さえも、ざとい駄菓子屋業界は見逃しません。こちらは1970年代ごろのクジ引き『カップ当』(王冠印)の品です。

8等までの品がカップで、一等賞は一番大きくな優勝カップ。とはいってもメッキを施したプラスチック製で、実に軽くて簡素なものです。

9等から13等はイーグルが刻まれた小ぶりな楯です。

それ以下のほとんどの人が持って帰ることになるのは、こちらのチープトイです。

子供たちは優勝カップ欲しさに、なけなしのお小遣いをつぎ込んだのでしょう。

優勝カップトロフィーに憧れる要因はテレビスポーツ番組の影も大きかったと思います。当時、流行していたプロボウリングプロレスの中継で、一番最後に勝者がピカピカの優勝カップを手にする間、ものすごいタルシスがありました。

あの、選手たちの高揚した気分が駄菓子屋で努もせずに味わえるなら、多少の無駄遣いも安いものかもしれません。

もちろん、優勝カップは自分の努の結果としてもらえるものであって、決してバクチで手に入れるものではないのは言うまでもありませんが(笑)

そういえば、昔は大きな町にはカップバッジなどを受注生産する徽章屋さんがあったものですが、最近はめっきり少なくなりました。実利義一点りの世の中になり、実用性のないものより、金券や日用品の方がいい、などの理由で優勝カップトロフィーを贈ることが減ったことも原因だと思います。

世の中が明るくなり、みんなの心も豊かになって、またそういった駄なものを慈しむ習が復活することを願わずにはいられません。

写真・文/おおこしたかのぶ)