おそ松さん』二期最終回まであと二話、というところでイヤミが自殺をはかった23話。
昭和のスターは、時代に置いてけぼりにされ、苦悩した。

イヤミの絶望
プロデューサーの前で、首吊り自殺をしようとするイヤミ
引き止めるプロデューサーに対し、イヤミは言う。
イヤミ「プロデューサー。この番組でミーってなんか浮いてないザンスか? イマドキを描いた六つ子のワチャワチャしたやり取りに、どうも入っていけないザンス」

これはイヤミ役の鈴村健一が抱えていた悩みでもある。
個性的な六つ子がメインの『おそ松さん』だと、イヤミはそもそも出番が少ない。

「ミーだけ馴染んでない。距離がある。溝がある。絡んだら絡んだで、どうしても昭和感が漂うザンス。これどうしようもないザンス」

「くん」と「さん」の構図の違い
イヤミの立ち位置のズレには、「くん」と「さん」の話の構造の違いが大きく関係してくる。

原作と、アニメ1966年版と1988年版の『おそ松くん』は、六つ子の個性は無いに等しい。存在自体がギャグだ。
となると視点を別に設けて、彼らをいじるキャラクターが必要になる。
ここでイヤミチビ太がライバル兼傍観者として登場。結果として、イヤミチビ太は六つ子よりも目立つ存在となった。

88年版の『おそ松くん』の、細川たかしが歌うOPの主役はイヤミだ。サラリーマンとして働き、満員電車で通いながら愛想笑いをする様子が描かれている。
当時の日本の父親の様子を彼が背負ったことで、より身近度はアップ。タイトルも「〜〜ザンス」というものが多い。ファミコンソフト「おそ松くん バックツーザミーの出っ歯」に至っては、完全にイヤミが主役だ。
イヤミシェー」と「チビ太おでん」は、知名度だけで言えば、当時から今に至るまで、六つ子個々よりずっと上だ。

おそ松さん』は21世紀の波にあわせて、大人になったニート六つ子に焦点を当てた。個性様々な六つ子を遠巻きに眺めているのが楽しい作品だ。
チビ太は六つ子に対する良心的アドバイザー、または「きちんと働いている同世代」として、出番が多い。
一方で、イヤミが六つ子を見る視点は、いらなくなってしまった。

実際のところ、ハタ坊、デカパン、ダヨーンの登場も、過去に比べると多くはない。
ハタ坊は主役の回があったり、超金持ち設定が出たりと、それなりに存在感はあった。
イヤミにだって、2期18話「イヤミはひとり風の中」回のような、おいしい回は何回もある。
(参考・原作傑作回「おそ松さん」2期18話。イヤミと少女の戦後浪花節をよくぞ作ってくれた
けれども「くん」の時の目立ち方が強烈すぎたがゆえに、「出番が少ない」こと自体が相対的に気になってしまいがちだ。

喜劇王イヤミ
チビ太「それにお前にはあの超有名なギャグがあるじゃねぇか。シェーって」
自殺を止めに来たチビ太おそ松は、イヤミの「シェー」を褒める。
しかしイヤミは「定番のギャグがある時点でなんか古くないザンスか?」と切り替えした。

谷啓の「ガチョーン」やハナ肇の「アッと驚く為五郎」、志村けんの「アイーン」の並びに「シェー」が入るだろう。
本人が使った時点で「笑っていいタイミング」なのを示す切り札だ。

例えば十四松の「ハッスルハッスル!マッスルマッスル!」なんかは、『おそ松さん』からのネタなので、素直に受け止めて楽しめる。
ところがリアルタイムではなかった世代でも「シェー」は、「昔はやったネタ」としての認識が強すぎて、どうにも扱いが難しい。

イヤミ「花の都パリに憧れてたなんていつの時代ザンスか。今ニュースで見るフランスなんて政治経済移民てんやわんやで大変ザンス」

海外に憧れを抱いていたからこそ、おフランスネタが面白かった60年代と今は違う。
おそ松さん』での中年イヤミフランスめかしたところで、「外国帰りはいやみったらしい」という笑いが成立しない。「さん」ではフランスネタはあまり出てきていない。

おそ松「やっぱり共感の部分じゃないか? 俺もわかんないけど好きになってもらうには共感できる事って大事だと思うんだよ。そいつの事見てて「あ!俺もこういう経験あるな」とか「私もこれわかるー」みたいな」
イヤミに親近感を抱けるシーンは、21世紀らしさを出せば出すほど無くなっていく。

イヤミは間違いなく昭和の喜劇王だった。
おフランスを自慢する割に庶民的。ザマス言葉、出っ歯とちょび髭、がめつくウヒョヒョと笑って、決めポーズのシェー。スキがない。

じゃあイヤミを『おそ松さん』らしいキャラに変えたらよかったのか。
これに対してはおそ松の評「昭和のスターのキャラを崩壊させるところだった」という発言が答えだろう。
イヤミシンボルマーク、偶像として『おそ松さん』に必要なキャラだ。
彼を変えられないのは、「人気キャラクターすぎた」からだ。

イヤミの必要性
おそ松チビ太イヤミに「シェーを超える大流行する新しいギャグ」を迫った時、イヤミの心はすっかり壊れてしまう。
しかし番組プロデューサーは、冷静だ。

「てかね、作り手が意図的に入れたテコ入れってなんかウザいんだよ。はまった試しないし。ヒットや人気はただの運だよ。勘違いしないで」
「はい、というわけでもういろいろ諦めよう。あと2回の放送頑張ろう。以上解散!」

一期20話の「イヤミの学校」では、かなり厳しいお笑い論が展開されていた。
「どんだけ理屈がわかっても、実際できなきゃ一緒。それができりゃ、誰だってお笑いで飯食えてんだよ。結論!できれば目指すな!」
(参考・「おそ松さん」イヤミのお笑い学校がガチ過ぎた件
プロデューサーが今回イヤミたちに言ったのは、「余計なことをするな」ではなく、「必要なんだから、あと二回ちゃんとやれ」ということなんだろう。

(たまごまご)

Huluにて配信中
U-NEXTにて配信中

「小学館文庫 赤塚不二夫名作選 おそ松くん」へたしたら「シェー」は「おそ松くん」というタイトルより有名かもしれない