現在、関西でいちばん集客力のある指揮者は、関西フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者の藤岡幸夫ではないか。彼が指揮する定期演奏会をはじめとする楽団の自主公演はどれも満杯。ABC朝日放送が主催する「サマー・ポップス・コンサート」や「クリスマス・ファンタジア」は立見まで完売。そして、色々な地方自治体が主催する関西フィルの演奏会の大半を指揮するのも藤岡で、そのどれもが多くの聴衆で賑わっている。京都市交響楽団の広上淳一や兵庫芸術文化センター管弦楽団の佐渡裕の人気はもちろん高いが、藤岡はその圧倒的な公演数が集客力の高さを裏付けている。藤岡と関西フィルは、なんと年間40公演前後を演奏しているのだから。
藤岡自身がナビゲーターを務めるBSジャパンのTV番組「エンター・ザ・ミュージック」は、4年目を迎えて絶好調。また、映画やドラマの音楽製作で人気の作曲家、菅野祐梧や大島ミチルにオーケストラの曲を依頼、演奏し、そのチケットがこれまた売れている!
オーケストラのビジネスモデル自体が破綻していると言われて久しい現在。クラシック音楽の裾野を広げ、クラシックファンを増やす事が急務だからこそ、藤岡の動きから目が離せない。彼は今何を考え、何をしようとしているのか。そんな彼から話を聞いた。
関西フィルのためなら何でもやりたい!と語る藤岡幸夫 (C)s.yamamoto
―― 藤岡さんが指揮される演奏会はどれも客の入りが良いですね。
オーケストラにポジションを持ったら、普通は定期演奏会を数多く振りたいと思うものですが、僕は定期は最高でも2回でいい。その代わり、企業や地方の自治体からの依頼公演は出来る限り僕に振らせて欲しいと言って来ました。僕には考えがあったのです。関西フィルは絶対に手を抜かないオーケストラ。彼らの気合の入った演奏をきちんとお届けすれば、それを聴いたお客さまはやがて私たちの演奏を求めて、他の街の演奏会や、本拠地ザ・シンフォニーホールの定期演奏会にお越し頂けるはずだと。20年かかりましたが、今では演奏する曲目にかかわらず定期演奏会は満杯です。もっとも、正指揮者になった2000年当時は、依頼公演は今より30公演ほど少なく、企業のスポンサードも弱く、指揮をする傍ら、それらの営業に駆けずり回りました。
―― 今、お話に出ましたが、藤岡さんはご自身でスポンサー獲得に回られたり、地方自治体のトップに会われたりと、指揮者であるのに積極的に営業をされているイメージが有ります。
僕の師、渡邊暁雄先生が普段から経済人と会い、音楽と直接には関係のないような細かな動きをされているのを見てきました。オーケストラに対する姿勢というか、自分で出来ることは音楽面でも運営面でも精一杯やるというのが、先生から学んだ指揮者像です。幸い、僕の周りには企業のトップなど有力者も多かったことも有り、随分と助けていただきました。
―― まさに慶応閥の強み!ですね(笑)。そもそも藤岡さんはどうして音楽大学ではなく、慶応大学に入られたのですか? 卒業してから音楽大学に入り直されたのですね。
小学校4年の時にトスカニーニの指揮する歌劇「椿姫」を聴いて、指揮者になりたいと親に話したところからすべては始まります。父親はチェロを、母親はピアノを嗜んでいたことも有り、僕の思いは理解してくれました。そこで出た条件が「普通大学をちゃんと卒業すれば、その後、音楽大学に行かしてやる」というもの。指揮者は多少歳を取っていても問題ないだろうと。すでに習っていたピアノに加え、大好きなトスカニーニがチェロをやっていたので、チェロをやりたいと頼んだところ、「わかった。チェロをやらしてやろう。その替わり今すぐ進学塾に通い、中学・高校・大学と一貫教育の学校に入れ。そうすれば受験勉強なしに音楽の勉強が出来る。それと、剣道の道場に行け。指揮者に必要なのは、眼ヂカラと気合だ。」と言われました。すべてを受け入れ、そしてめでたく慶応中学に合格。この時の両親の意見はまさに先見の明!すべて後になって生きました。親には本当に感謝です。
年間40公演前後活動を共にする、藤岡幸夫と関西フィル (C)s.yamamoto
―― 指揮者の渡邊暁雄氏との出会いは、どんなきっかけだったのですか。
指揮は高校1年から習っていましたが、大学になっても周囲の誰も才能が有ると言ってくれなかった。親は内心、大学を出て普通に働いてくれる方がいいと思っていたので、早く見切りを付させてやろうという事で、3年生の時に遠い親戚だった渡邊暁雄先生にお願いをして指揮者になれるかテストしてもらうことになったのです。聴音、チェロ、ピアノとテストをして頂いた結果、先生から「君は絶対に良い指揮者になれるよ。明後日からうちにいらっしゃい」と言っていただき、それから5年間、カバン持ち、運転手、電話番などの間にレッスンしていただくといった完全に内弟子として過ごしました。
先生からは色々な事を教わりました。中でも一番言われたことは、「指揮者は悪口を言われるのが仕事。だけど、こちらから悪口を言ってはいけないよ。人間も音楽も汚れるから」「何か言われた時に、聞く耳を持たないといけない。それを肥やしに出来る奴は成長できるし、拗ねる奴は成長できない」と云うこと。先生が亡くなる前、病室での最後のレッスンを受けた後、「僕が最初に言った教えを覚えている?」と聞かれ、「はい。悪口を言われる側の人間になります」と言ったら、先生はニコッと笑って「分かった。帰って勉強しなさい」と。そのことは今も守っているつもりです。
関西フィルとの付き合いも20年に及び、リハーサルではお互い言いたいことを言い合う関係ですが、絶対に根に持たないようにしています。言い合った相手には、こちらから翌日には「おはよう!」と声を掛けます。
―― そうしてなられた指揮者。演奏されているプログラムを見ていて驚くことが有ります。師匠譲りのシベリウスや、ヴォーン・ウィリアムズ、エルガーなど得意の英国音楽をメインに据えた正統派のプログラムとは別に、若い日本人作曲家の作品をメインに据えたプログラムなども定期演奏会のラインナップに並びます。また、地方の演奏会などでは、前半は映画音楽やポップスを集めたプログラムも見受けられ、随分振り幅の大きなプログラミングですね。
一つには新しい作品を演奏していかないといけないと思っています。しかし、難しい現代音楽を演奏したところで、つまらない! 二度と聴きたくない! と思われたら終わりです。我々がやっている事はリピーター勝負。その為には調性音楽で旋律のある作品を書ける作曲家を育てていく必要があるのではないでしょうか。調性音楽で旋律が有る作品は、素人でもその音楽が安っぽかったら絶対にバレる。映画やドラマの音楽を作曲している人たちの中にはそういった才能の有る人たちもたくさんいます。菅野祐梧さんもその一人で、2016年には交響曲を書いてもらい、定期演奏会で発表しましたが、大変評判となり、CDにもなりました。大島ミチルさん、林そよかさんなどもこれからが楽しみです。ちゃんと発表の場を設けたうえで、これまで同様、新しい作品作りをしていきたいと考えています。
そして、もう一方では皆さんが大好きなポップスや映画音楽などを前半で演奏し、後半はしっかりとシンフォニーを聴いていただくような演奏会もどんどんやっていきたい。指揮者の中にはポップスなんかやりたくないと思っている方も多いと思いますが、僕は聴いていただいた後に、ああ良かった、また来たい!と思っていただけるなら、そして後半にシンフォニーを1曲、ちゃんと聴いていただけるなら、喜んで指揮させて頂きますよ。
新しいオーケストラのレパート作りにも余念が無い (C)s.yamamoto
―― 若手作曲家の登用もそうですが、ソリストでもチェロの北村陽さん、ヴァイオリンの内尾文香さんなど、期待の大きな若手演奏家には、どんどん活躍の場を与えておられますね。
関西フィルは動きが速いでしょ。僕の座右の銘が「ピンときたらドンと行け!」ですから(笑)。 他所のオーケストラなら、練習場でやるコミュニティコンサートにゲスト出演くらいかなぁというケースでも、この奏者はイケルと思えば、惜しみなく大きな舞台で弾いてもらいます。これは、僕自身がイギリスやヨーロッパで演奏会をシリーズ化して貰ったり、プロムスにデビューさせてもらったり、とても恵まれていたので、同様に若い人にチャンスの場を与えたいという気持ちの表れですね。
―― 2015年から始まったBSジャパンの「エンター・ザ・ミュージック」は順調に数字を伸ばし、局の看板番組に成長しているようですね。クラシック番組としても無視できない番組となり、関西フィルの知名度は飛躍的に上がりました。
何でもかんでも東京に一極集中しているのはおかしいと思っています。東京のテレビ局で関西フィルをレギュラーにした全国放送の音楽番組を作りたい!という思いが形になって本当に嬉しく思っています。BSジャパンのホームページでは、番組に対する イイネ が最速で1万を超え、現在1.8万を超えているという事で、局もメインスポンサーの阪急さんも喜んで頂いています。
相手の目をしっかり見て、そしてにこやかに取材に対応頂きました。 (C)H.isojima
―― 色々と忙しく走り回られていますが、これから先のイメージとしてどのようなモノをお持ちですか?
ずーっと変わらず特定の楽団で責任あるポジションを続けて天国に行った指揮者は3人しか思い浮かびません。朝比奈隆氏は大阪フィルを、岩城宏之氏はアンサンブル金沢を、そして渡邊暁雄先生は日本フィルを死ぬまで指揮し続けました。僕にとって関西フィルとの活動はライフワークだと思っています。若い若いと言われて来ましたが、もう55歳。これからの10年は、関西フィルのためになるならどんなことでもやって行きたいと考えています。関西フィルの指揮者陣は3人体制なので、古典のしっかりした作品は、デュメイ監督や飯守泰次郎さんが指揮してくれます。僕は自分に与えられた役割をしっかり務めて、関西フィルをもっとチケットの売れるオーケストラにしたい。そして65歳を過ぎたら少しだけゆっくりさせていただいて、関西フィルを相手に、ブルックナーやマーラーを指揮したいですね(笑)。
―― 本当に関西フィルを愛されているのですね。最後に読者に向けてメッセージをどうぞ。
これまでマーラー・ブームに続いてショスタコーヴィチもブームになりましたよね。そして、シベリウスもちょっとしたブームがあったように感じています。昔と比べて随分と演奏される機会が増えましたので。僕は次ブームになるのは、英国音楽しかないと思っています。それは、英国音楽は調性音楽で旋律をしっかりと守って来たことも大きいと思います。ホルスト、ウォルトン、エルガー、ヴォーン・ウィリアムズ…。彼らの作品はもっと評価されていい。以前、作曲家の三枝成彰さんが司会をされている演奏会でヴォーン・ウィリアムズの「揚げひばり」を演奏したのですが、三枝さんが「若いころはヴォーン・ウィリアムズなんて保守的で馬鹿にしていたけど、今聴くと実に美しい曲だ!」と絶賛されていました。嬉しかったですねぇ。
関西フィルの演奏会では色々なタイプの音楽をお聴き頂けます。一度、関西フィルのライブを聴きにお越しください!カジュアルな格好ででも、思いっきりオシャレしてでも楽しめるのがクラシックのコンサートです。皆さま、会場でお待ちしています。
これからも関西フィルと藤岡幸夫の活動から目が離せない! (C)s.yamamoto
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