「“できないな”と思っても、無理やりやればできることが、まだいっぱいあるんです」

ITOプロジェクト高丘親王航海記(以下高丘)』スペシャル連載の第二弾は、糸あやつり人形の仕組みと、その製作&操作の課程にスポットを当てる。ITOプロジェクトは、日本を代表する糸あやつり人形遣いの一人である飯室康一(糸あやつり人形劇みのむし)を始め、人形劇の世界では様々な受賞歴を誇るなどの、強者のメンバーぞろい。天野天街(少年王者舘)と初めてタッグを組んだ『平太郎化物日記(以下平太郎)』(2004年)でも、天野が編み出した非現実的なアイディアの数々を、ほぼ完ぺきに形にできたのは、彼らの技術力の高さがあってこそなのだ。飯室と、前回のインタビューにもご登場いただいた山田俊彦人形劇団ココン)の声を交えながら、糸あやつり人形のプロフェッショナルたちの世界を紹介する。

参考記事→天野天街&山田俊彦が語る、ITOプロジェクト『高丘親王航海記』【スペシャル連載Vol.1】


■「一人で二体の人形を動かせるコントローラーで、できることが広がりました」

前回のインタビューでは、『高丘』で使用する人形について「からくりが複雑」「いろいろ異形の物が登場する」などの言葉が出てきた。実際に稽古で見たその人形たちは、確かに異様な風貌のものが多いのはもちろん、仕込まれたからくりのアイディアの数々に何度もビックリ……というのを越えて「なぜこんなモノを作ろうと思ったんだろう?」と絶句するほどのレベルだ。50年以上に渡って、数多くの人形を製作&操作してきた飯室でさえ「初めて扱うような人形だらけ」と言うぐらいだから、かなりの特殊具合であることがうかがえる。ただその大半はネタバレ回避のため、今回の連載では詳しく紹介できない。

ITOプロジェクト中心メンバーの一人でもある飯室康一。

ITOプロジェクト中心メンバーの一人でもある飯室康一。

とはいえ、ごくノーマルな人間の人形でも、どういう素材で作られ、どんな糸が付いていて、どのように操作するか? というのは、案外知られてないのではないだろうか。その基礎的な所から解説してもらった。

人間の人形は、基本的に伝統的な糸あやつり人形のスタイルに則って作られている。まず肩の糸2本と腰の糸1本で人形全体を支え、頭部には首を左右に動かす糸2本と、うなずく糸1本、首をかしげる糸2本がある。頭の動きを付けるだけでも、実に5本もの糸が使われている形だ。

ごくノーマルな人間の人形の一人、『高丘親王航海記』春丸の人形。

ごくノーマルな人間の人形の一人、『高丘親王航海記』春丸の人形。

人形の表情は、目線や首の角度によって出てくるので、今回はかなり首の辺りを作り込んでいます」(飯室)

頭の部分だけでこれだけ複雑なら、手足はもっと大変か……と思ったら、左右の腕を同時に動かせるようにつながった長い1本の糸と、手を合わせる動作ための糸だけと、意外とシンプル。足も左右1本ずつのみ、というのが基本だ。その他に人形によっては、特定の動作や仕掛けのための糸も加わるので、一体につきだいたい14~16本ほどの糸が使われることになる。

ITOプロジェクトで使われる特性のコントローラー。

ITOプロジェクトで使われる特性のコントローラー。

この糸のすべてが「コントローラー」と呼ばれる装置でつながっているのだが、ITOプロジェクトでは山田が開発した、特別なコントローラーが使用されている。従来の日本のコントローラーは板状になっていて、両手でないと操作ができなかったが、山田のコントローラーは片手でグリップしやすい立体的な形状(画像参照)で、片手でも人形を動かすことができるという、この世界では画期的なものなのだ。

『高丘親王航海記』稽古風景。実際に一人で2体の人形をあやつっているのがわかる。

『高丘親王航海記』稽古風景。実際に一人で2体の人形をあやつっているのがわかる。

従来のものだと、片手では人形を立たせるのが限界で、動かすことができなかったんです。今のコントローラーだと手は無理だけど、頭と足は動かせます」(山田)
複雑な動きはさすがに両手を使いますが、最低限の動作なら片手で全部できる。ということは、一人で2つの人形を同時に扱えるわけです。これだけで、かなりできることが広がりました」(飯室)

『高丘親王航海記』安展(あんてん)の人形。

『高丘親王航海記』安展(あんてん)の人形。

また人間の人形は、頭は粘土で形を作った後、それを石膏で型取りして張り子を作成。その上からまた粘土を塗って、肌の質感を出す。頭は空洞だが、手は強度が必要となるため、アルミの針金で骨格を作ってから、そこに粘土を重ねていくという。また人間以外の人形は、ウレタンなど様々な素材が使われるが、その中には『平太郎』の時に初めて使用し「意外と人形と相性がいいことがわかった」(山田)素材もあるそうだ。ちなみに最近だと、100円ショップのアイテムが意外と多用されているとのこと。「言ったら悲しくなるかもしれませんが……100均とホームセンターには、本当にお世話になってます」と山田は笑った。

『高丘親王航海記』パタリヤ・パタタ姫の人形。ちなみにこの王冠の素材の大半が、100円ショップで購入したものだそう。

『高丘親王航海記』パタリヤ・パタタ姫の人形。ちなみにこの王冠の素材の大半が、100円ショップで購入したものだそう。

■人形の足がちゃんと舞台に付いていることが、糸あやつりでは非常に重要。

こうしてでき上がった人形は、実際の舞台ではどのように動かすのだろうか。まず人形遣いの人たちは、舞台から1メートル半ほど高い所に立って、遠隔操作的な感じで人形を動かしていく。飯室がコメントした通り、一人が複数の人形を同時に扱うシーンもあれば、逆に数人がかりで操作する必要がある大掛かりなからくりも。また上方だけでなく、時には舞台の横や下の方から操作する人形もある。

『高丘親王航海記』稽古風景。演出の天野天街(右)と比較すると、人形遣いたちはかなり高い所にいるのがわかる。

『高丘親王航海記』稽古風景。演出の天野天街(右)と比較すると、人形遣いたちはかなり高い所にいるのがわかる。

しかも全員が、1体の人形(役)だけに集中するのではなく、Aという人形をあやつったかと思えば、すぐにBやCの人形に持ち替え、そして再びAの人形に戻る……という具合に段取りが非常に多く、頭の方が糸のようにこんがらがりかねない状態だ。しかも文楽人形と違って、人形をあやつる人自身がそのキャラクターの“役”として台詞を発するという、もう一つ別の作業もある。「もしこれを自分がやることになったら……」と想像するだけで、めまいがしそうになった。

本当は1人につき1体にできればいいんですけど、今回は(人形遣いの)人数が少ないこともあって、あれもこれもですからね。自分の(メインの)人形の台詞を言いながら、片手で違う人形を持って、そのキャラクターの台詞も言ったりとか」(飯室)
1体だけでも神経をつかうのに(笑)。本当に大変なことをやってると思います」(山田)

『高丘親王航海記』稽古風景。自分の人形をあやつりながら、他の人形のからくりを手助けすることも。

『高丘親王航海記』稽古風景。自分の人形をあやつりながら、他の人形のからくりを手助けすることも。

しかも糸あやつりの人形たちは、当然ながらボディのあらゆる所から、1m以上の糸が伸びている。人形が3体登場すれば、それだけで少なくとも30本以上の糸が舞台上で動き回る状態となるわけだ。よく糸が絡まないなあ……と思いながら見ていたが、後で聞くと「いや、絡みますよ」と明かしてくれた。

その場合、人形の糸を切っちゃうんです。昔は手で切ってたんですが、今回はなかなか強い糸を使ってるので、ハサミを持たなきゃいけないなあと。(「切って大丈夫なんですか?」の問いに)大丈夫じゃないです(笑)」(飯室)
後が大変になるのを知りつつも、それを覚悟して切る、という気持ちです」(山田)

『高丘親王航海記』稽古風景。山田俊彦(中央)が一度に10体以上の人形を操作するこのシーンは、山田が天野に「やってみたい」と進言して実現したものだとか。

『高丘親王航海記』稽古風景。山田俊彦(中央)が一度に10体以上の人形を操作するこのシーンは、山田が天野に「やってみたい」と進言して実現したものだとか。

また稽古風景を見ていてしばらくしてから気づいたのは、人形遣いたちは、自分があやつっている人形を、基本的に真上からしか見ることができないということだ。舞台の真正面にある大きな姿見を見たり、稽古中の舞台を録画して後から確認するしか、自分たちが使っている人形の動きがどうなっているかを知るすべはない。鏡は当然実際のモノとは見え方が左右逆だし、映像チェックも「飯室さんはあまり映像を撮らない」(山田)という証言から察するに、人によっては違和感があることがうかがえる。このことだけでも、糸あやつり人形芝居が、非常に繊細な所で成立している表現であることを実感した。

『高丘親王航海記』稽古風景。人形遣いたちは正面の姿見を見ながら、自分が今あやつっている人形の実際の動きを確認する。

『高丘親王航海記』稽古風景。人形遣いたちは正面の姿見を見ながら、自分が今あやつっている人形の実際の動きを確認する。

まずあやつっている最中に、足がちゃんと(舞台に)付いているかどうかすら、自分ではわからないですからね」(飯室)
でも単純に“足が付いてる”というのが、糸あやつりの非常に大事な所なんです。ちょっとでも地面から浮く……吊られているというのがわかると、それこそ魂が抜けたように見えるんで。だから昔は歩く練習だけで、何年もかけてましたね」(山田)
歩くのが人形の基本ですが、その前に地面に立っていることが基本だと思うんです。ただそれができていたとしても、次は人形の目線のちょっとした角度の違いで、本当に相手を見てるか見てないか、何かを考えてるか考えてないかっていうのが出てくるから。それを鏡でチェックするしかないというのは、何年やっていても不安があります」(飯室)

『高丘親王航海記』稽古風景。すぐに出番を控える人形たちは、このような形で袖に待機している。

『高丘親王航海記』稽古風景。すぐに出番を控える人形たちは、このような形で袖に待機している。

表情を動かせない分、首の角度や腕の動きが数ミリ単位違うだけで、その人形の性格や心理が大きく変わって見えてしまう人形の演技。とはいえ天野の演出を聞いていると、「もうちょっと相手に気を使っているように見せてほしい」などと、普通に人間の役者にかけるような言葉が多い。中には「無茶言うな!」って思うようなダメ出しもあるんじゃないか? とこっそり聞いてみると、逆に飯室からは「“できない”と思う方がいけないと思う」という、力強い言葉が返ってきた。

『高丘親王航海記』稽古風景。天野が高丘親王とパタリヤ・パタタ姫の人形に演出を付ける。

『高丘親王航海記』稽古風景。天野が高丘親王とパタリヤ・パタタ姫の人形に演出を付ける。

“できないなあ”と思っても、無理やりやればできることがいっぱいあるなあと。それは『平太郎』の時から、天野さんにいろいろ教えてもらってわかりましたね」(飯室)
それはやっぱり、人間の演技と一緒だと思うんです。自分で演技して“これでいい”と思っても、周りにはそう見えてないってことは、よくありますよね? それを演出家に“こうしたらいい”と言われて“ああ、そうなんだ”と気づくわけで。人形も同じなんです。首の動きを、天野さんに言われた通りにやってみたら“あ、こうすれば、そういう風に気持ちが伝わるんだな”と。そういう発見は、今日の稽古でも感じてました」(山田)

『高丘親王航海記』稽古風景。

『高丘親王航海記』稽古風景。

■高丘親王の人形は“動かないで演技をする”という域に行ければと思います。

前回のインタビューでも山田が語っていた通り、『高丘』の人形は羽が生えるとか人外の動きをするとか、複雑なからくりが仕込まれたモノが多い上、さらにそのキャラクターにちゃんと「演技」が求められる……というのが肝となっている。これが今回の一番の難関であり、今後の稽古での最大の課題だと、飯室も山田も口をそろえる。

『高丘親王航海記』舞台裏で待機する人形たち。

『高丘親王航海記』舞台裏で待機する人形たち。

『平太郎』の時と違って、からくりをパッと見せて去るんじゃなくて、からくりもありつつ、性格や役割もある人形がほとんどなんです。ちゃんと高丘親王と会話をしている風に見えるよう、常に首の方向に気を配るとか、そういうことまでしないといけない」(山田)
普通の人間のキャラクターは、経験上ある程度“こういう表現をすればいい”というのがあるけれど、今回は普通の人間じゃないものがいっぱい出てくるから。それをどう表情を出すか、表現をするかというのは、ものすごく難しいと思います」(飯室)

「からくりもありつつ、性格や役割もある人形」を代表する、『高丘親王航海記』藤原薬子の人形。

「からくりもありつつ、性格や役割もある人形」を代表する、『高丘親王航海記』藤原薬子の人形。

とはいえ今回稽古を見た限りでは、ある程度のキャラクターの性格は、現段階でも見えてくる気がした。高丘親王に大きな影響を与えた藤原薬子の妖艶さ、付き人の安展(あんてん)の生真面目さと春丸のあどけなさ、旅の途中で出会うパタリヤ・パタタ姫のファム・ファタールぶり……。中でも飯室がメインで操作する親王の人形は、やはりキャラクターの心情の伝わり方がワンランク上を行っているように見えた。表情は当然まったく動くことはないが、ちょっとした首のかしげ具合や手の動き、歩き方の違いで、親王の気持ちが沈んだり明るくなったり、とまどったり何かに気づいたことなどが、鮮明に伝わってくる。

飯室は人形を上手く操作できるようになるには「人形と仲良くなることが、すごく大事」だと言う。

『高丘親王航海記』稽古中の飯室康一。

『高丘親王航海記』稽古中の飯室康一。

そのためには休憩中も、人形をずーっと触っています。人形で遊んだりとか、ふざけたりとかすると、結構仲良くなれるんです。要するにそのキャラクターと仲良くなるという所から始めないと、なかなか動かすのも難しい」(飯室)
「だから表情の付け方は、飯室さんはどんな人形でも早いですね、やっぱり。変なことを言うと、あまり動かない人形でも、飯室さんがあやつれば表情が出てくる、みたいな所があります」(山田)
それで言うと高丘親王は、(人形が)ただ立っているだけでも存在感があるんで、あまり余計なことはしない方がいいかなと思っているんです。そのために今は逆に、動きすぎるぐらい動いてみて、そこからだんだんこの人(高丘親王)本来の動きに収れんしていくという感じでやっていこうかと。それで本番では“動かないで表現する”という域に行けばいいかなあ……と思っています」(飯室)

『高丘親王航海記』稽古風景。

『高丘親王航海記』稽古風景。

実際稽古中も、天野が別の人形に演出を付けているわずかな間でも、飯室は眼下の親王の人形と対話するように、チョイチョイと動かしていたのが目についた。また先の言葉通り、シーンによってはギャグ漫画のキャラクターのようなオーバーアクションを見せて、全員が思わず笑い出す一幕も。きっと本番ではさらに磨きをかけて、ただそこに立っている風に見えるけれども、なぜか観客たちの目を無条件で引きつけるような、不思議なカリスマ性を持つ高丘親王の姿を見せてくれるだろう。

『高丘親王航海記』稽古風景。釣り竿のようなコントローラーを使って、巨大な人形を操作する。

『高丘親王航海記』稽古風景。釣り竿のようなコントローラーを使って、巨大な人形を操作する。

また山田は、糸あやつり人形劇の意義について「CGだったら簡単に表現できるようなことを、わざわざ手で作ることの喜び」とも話してくれた。

確かに作るのも動かすのも、正直面倒くさいと思わないでもないですが(笑)、その分人形ができた時や、上手くあやつれた時の喜びは、単純に大きいですね。観る側としても、今や映像のCGを見慣れて、どんなモノが動いても当たり前という気分になっている。でも実際に自分がいる同じ空間で、異形の者が目の前で動くというのは“あ、そんなことができるんだ”という驚きと発見があるんじゃないかと。しかも手(で動かすん)じゃなくて糸の方が、さらにその面白さが出るだろうし、表現の可能性が広がる気がするんです」(山田)

『高丘親王航海記』に登場する人形の中でも最も異様な「蜜人」たちの一部。

『高丘親王航海記』に登場する人形の中でも最も異様な「蜜人」たちの一部。

観客にとっては「糸あやつり人形の芝居だから」といって、鑑賞の仕方に特別なルールが存在するわけではない。「人形だからできる(できない)こと」が多々あるとはいえ、舞台上にいる登場人物たちの心の内を想像しながら、彼らが進めていく物語の世界にひたればいいという点では、人間が演じる芝居とほぼ同じだと言ってもいいだろう。とはいえその裏では人形遣いたちが、人形作りの段階から様々な工夫と苦労を重ね、長い歴史の中で生まれた数々のテクニックを駆使することで、人形にあるはずのない「生命」を感じさせるような世界を作り上げているのだ。そのことを心の片隅に留めてもらうと、実際の舞台を観た時に、自分の中でまた違う広げ方ができるのではないかと思う。

ITOプロジェクト新作『高丘親王航海記PV 稽古編』

【スペシャル連載Vol.1】天野天街&山田俊彦が語る、ITOプロジェクト『高丘親王航海記』
【スペシャル連載Vol.2】ITOプロジェクト『高丘親王航海記』、糸あやつり人形の創作と操作の秘密に迫る
【スペシャル連載Vol.3】公演直前! ITOプロジェクト『高丘親王航海記』初の通し稽古をレポート

取材・文=吉永美和子

ITOプロジェクト『高丘親王航海記』稽古風景。