もしも自分の国が「負けると分かっている戦争」をやめられず、兵士たちを使い潰していることが記された文書があるとしたら。そして、それを報道した場合すべてを失うとしたら。『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』はぎりぎりの葛藤を表現した、檄文のような映画だ。

ベトナム戦争を巡る最高機密、報じるべきか、やめとくべきか
ブリッジ・オブ・スパイ』以来、約3年ぶりになるスピルバーグの実録映画『ペンタゴン・ペーパーズ』。ベトナム戦争当時のアメリカの機密文書を巡る新聞社と政府のバトル、さらに新聞社内部での駆け引きを追った作品だ。

舞台となる新聞社はワシントンポスト。名前の通りワシントンD.C.の地方新聞で、リベラル寄りの編集方針といわゆる「高級紙」に分類される記事内容を誇っている。しかし、ペンタゴン・ペーパーズに関するスクープ合戦では、ワシントンポストは当初遅れを取っていた。

アメリカ軍と関係の深いシンクタンクに努めるダニエル・エルズバーグは、ベトナム戦争の現状調査に向かう。彼が見たのは、絶え間ないベトコンの攻撃で疲弊し、倒れるアメリカ兵たちの姿だった。しかし政府高官たちはベトナム戦争の実相を隠す。現状を憂いたエルズバーグは、アメリカ政府の指示で作成され、ベトナム戦の実態を客観的に調査した機密文書"ペンタゴン・ペーパーズ"のコピーを持ち出す。持ち込んだ先は新聞社ニューヨークタイムズ。同社は即座に敏腕記者であるニール・シーハンを中心にチームを作成し、3ヶ月の準備期間を経てこの大スクープを掲載する。

一方、ワシントンポストは株式市場への上場を目前にしていた。社主であるキャサリン・グラハムは自殺した前社長の未亡人で、もともと経営者ではなかった人物。上場直後ということもあり、「もし緊急事態が起きれば投資家が資金を引き上げてしまう」という微妙なタイミングだ。しかし、競合他社であるニューヨークタイムズにスクープをさらわれたワシントンポスト編集主幹のベン・ブラッドリーは、負けじとペンタゴン・ペーパーズを追う。

しかし、ニューヨークタイムズは、「国家機密の漏洩である」と訴えを起こされる。原告は当時の大統領ニクソンの命令を受けた司法省。この裁判によってニューヨークタイムズは記事を差し止められ、ワシントンポストにもチャンスが巡ってくる。伝手を頼り、ついに機密文書の全文を手に入れるブラッドリーとスタッフたち。しかし、経営陣は「この時期に機密文書をスッパ抜いて裁判を起こされたら会社が傾いてしまう!」と記事の掲載中止を求める。

単に「政府VS新聞社!」「報道の自由VS強権的な大統領」というだけの話ではない。新聞社には人間が務めており、会社が潰れると従業員はメシが食えなくなる……。おまけワシントンポストは高級紙とは言え地方紙。全国紙のような強い経営基盤がない。それでも掲載するのか? それともやめとくか? 社主のキャサリンは難しい決断を迫られる。

輝く活字と唸る輪転機は、スピルバーグからのメッセージ
この映画、ストーリーは緊迫しているのだけど、絵的には地味である。冒頭で登場するベトナム戦の様子以外、爆発したり人が死んだりはしない。「ついにスピルバーグベトナム戦争の映像を撮ってくれた……!」という喜びはあったけど、それ以外は難しい顔をしたメリル・ストリープと同じく難しい顔をしたトム・ハンクスとがウンウン言いながら顔を突き合わせているようなシーンばかり。

登場人物の関係も単純ではない。キャサリンもベンも、実は政府高官と親しい間柄なのである。キャサリンは文書を隠匿していたマクナマラの友人だし、ベンはベトナムに干渉していたケネディ大統領の友人でもあった。友人たちが犯した罪を、新聞社の立場で断罪できるのか。ワシントンポストの社員たちは悩む。そして彼らの友人たちもまたギリギリの状況で悩む。キャサリンに相談されたマクナマラが「ニクソンは単にタチが悪いだけじゃない! 彼は危険なんだ!」といって説得にかかるシーンは「50年近く昔の話とはいえ、そんなこと言わせて大丈夫か!?」という名場面だ。多分アレは本当に言ったんだろうけども……。

さらに、キャサリンには女性であるというハンデもある。彼女はもともと主婦。夫でありワシントンポストの社主でもあったフィリップグレアムが自殺したから社長になった人物である。単に社長をやっているだけでも「女に新聞社が経営できるのか」「そもそもジャーナリストでもない人間になにがわかるのか」「会社経営自体も素人じゃないか」という3方向からの批判にさらされる上に、ニクソン大統領ともバトルしなくてはならない。想像するだけで体調がおかしくなりそうな状況だ。

しかし、地味な題材でもスピルバーグと撮影監督のヤヌス・カミンスキーコンビが撮ればバッチバチに決まったショットの連続になる。特に『ペンタゴン・ペーパーズ』では活字をはめ込んで版下を作る機械や輪転機にカメラが寄り、メカとしての魅力をグッと前面に押し出している。こんなに写植の活字や輪転機といった機械がかっこよく撮れている映画は見たことがない。また、輪転機が動く時にガタガタとワシントンポスト社内の机が揺れるシーンではスピルバーグ感がストップ高。『ジュラシック・パーク』『プライベート・ライアン』以来の名振動シーンだ。考えてみれば、活字や輪転機は新聞社が不正と戦い社会を動かすための武器。それがかっこよく撮れているのは、映画の趣旨としても真っ当だ。

スピルバーグは極限状態で決断を下した彼らに対し、映画の中で取れるあらゆる手段で賛辞を送っている。特に、彼の主張と重なる部分が多かったのであろうベンのセリフは、全部が名言というかほぼ檄文である。時節柄どうしても今の日本の国会やら文書改竄やらがどうしても脳裏にチラつく。だからこそなおさら『ペンタゴン・ペーパーズ』でスピルバーグが発したメッセージはちゃんと受け止めておきたい……としみじみ思ったのだった。
しげる

【作品データ
ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」公式サイト
監督 スティーヴン・スピルバーグ
出演 メリル・ストリープ トム・ハンクス サラ・ポールソン ボブ・オデンカーク ほか
3月30日より全国ロードショー

STORY
1971年、泥沼化したベトナム戦争の実態を記した機密文書が流出、ニューヨークタイムズに掲載される。スクープをさらわれたワシントンポストの社主キャサリンと編集主幹のベンは伝手を頼り残りの文書を入手するが、ニクソン大統領はあらゆる手段で記事の差し止めを図る。