老友都々逸

老友新聞2018年3月号に掲載された都々逸入選作品をご紹介いたします。(編集部)

天の位

コップに一杯寒九の水が
五臓六腑に染みる朝

手銭 美也子

寒に入って九日目、一月十四日頃の水が寒九(かんく)の水。技巧を使わないストレートな詠み方がこの作の力。明治中期生まれの祖母が昭和の私に寒の水を勧めてくれたことをふと思い出しました

地の位

牛と新年挨拶かわし
初日拝んで乳搾る

王田 佗介

人と牛、お互いが今年もお世話になる。元日と言えども乳搾りや餌やりなどの日常があって尊い一年になりますね。

人の位

地図を広げてまだ見ぬ異国
行ったつもりで夢をみる

岡本 政子

一枚のマップ(地図)でも一冊のアトラス(地図帳)でも、広げればまだ見ぬ国への夢も広がるのですね。「異国」が昔の童謡「赤い靴」を思い出させます。

十 客

傍(そば)にあなたの寝息を聞いて
心安堵の老夫婦

惣野 代英子

安心の裏付けが長年の生活の「何より」なのです。老友読者の理想の姿でしょう。

海女で生活(くらし)を支える母の
潮の匂いの年賀状

飛田 芳野

母上は何処に居らして何歳なのでしょうか。日本一の海女さんですね。

掃除洗たくロボットまかせ
やって下さい介護まで

山田 浩司

人よりロボットに親近感を持ち始めた現代の心の危うさを揶揄混じりに表現しましたね。

ラジオの紅白囲炉裏に集い
厨の匂いがつつむ幸

大石 志津江

テレビでもこの幸福感は伝わるが、敢てラジオになさった意図を味わいたい。「厨(くりや)の匂い」に温かさがあります。

モッサモッサとたちまち積る
おらほの雪は春の使者

小林 良一

「モッサモッサ」は雪の積もる形容として実感のこもった言葉ですね。「おらほの雪」も簡潔で魅かれます。但し三句目の七音は四三ではなく三四である方が都々逸の快いリズムになります。

澄んだ瞳に嘘など言えぬ
ママと向き合うカウンター

黒木 弘

ママの澄んだ、人を虜にする瞳に俺は完全敗北の体(てい)。

可愛いパンダは無邪気に戯(じゃ)れて
親子の絆の好人気

高木 まつ

先日、東京の上野動物園に行ってみました。テレビの方が良く見える、の感想は皆既月蝕の月と同じような気がしました。「好人気」という日本語に少し疑問が残ります。

つらさ厳しさ凍(こご)える中に
待たるる諏訪湖の御神(おみ)渡り

三橋 ユキ

氷った諏訪湖の何処に亀裂が走るかを胸に手を合わせる想いで待っているのです。

年の終りに思わぬ怪我し
くやしいトホホの寝正月

鈴村 三保子

「くやし」と「トホホ」の組合わせに明るいお人柄が表れています。ただし、上の句が説明になってしまった点が残念です。

右の手首をずっこけ折って
持てない書けないこのつらさ

勝亦 はる江

(ペンを)持てないので、お嬢さんに代筆を煩(わずら)わせてのご投吟。その意欲に感服しますが、この作も直前の作と同様、上の句が下の句の説明になっています。

「コップに一杯寒九の水が 五臓六腑に染みる朝」2018年3月入選作品|老友都々逸