映画『萌の朱雀』(1997)で、カンヌ国際映画祭カメラドール賞を、『殯(もがり)の森』(2007)でカンヌ映画祭グランプリを獲得している映画監督・河瀬直美。彼女の長編劇映画10作目となる作品が、6月8日(金)に公開される。映画のタイトルは『Vision』。

4月26日(木)、この作品の完成報告会見がおこなわれた。登壇したのは、出演者の永瀬正敏、夏木マリ、岩田剛典、美波と、河瀬監督。そして、音楽を担当したジャズピアニストの小曽根真も登場した。

500年前に生まれた吉野の森を守る意味
映画の舞台は、山守が深い森を守っている奈良県吉野町。そこへ、紀行文を執筆しているフランスのエッセイスト・ジャンヌジュリエット・ビノシュ)が、通訳兼アシスタントの花(美波)を連れてやってくる。
ジャンヌはその森で、猟犬コウと暮らす山守・智(永瀬正敏)や、千年の時を生きている女性・アキ(夏木マリ)と出会う。ジャンヌが探し求めていたのは、“ビジョン”という名の薬草だった。

山の木々を切り、森の自然を守っている山守である智(とも)を演じた永瀬。前日に初めて試写を見たとのことで「帰ってから心がどんどん震えてきてしまって、結局眠れずに徹夜でここにきました」と興奮冷めやらぬ様子だった。
河瀬監督作品への出演は、『あん』(15)、『光』(17)に続き3作目になる。

永瀬 河瀬監督は、たぶん異次元からいらっしゃったんだと思います。脚本を読ませていただいて、役を生き、役を積んでいく過程で、見ている到達点は監督と一緒だという自信があります。でも、昨日試写を見させていただいたら、監督の目線はそれの遥かに深く、遥かに遠くから見ていらっしゃいました。僕ももっと頑張らなきゃなと思います。

公式サイトに「(撮影期間中)死ぬかと思ったこともあった」とコメントを寄せている夏木マリは、千年の時を生きてきた女・アキを演じた。

夏木 私も昨日初めて試写を見たのですが、ストーリーがめちゃくちゃ新鮮でございました。台本と全然違っておりましたので(笑)。それが、河瀬監督の作り方なんだなあと。私たちが現場でやったパーツを、本当に素敵に繋いでいただきました。生きることとか日本の自然とか、そういうものが全部入っていて、河瀬監督の映画の世界がまた素敵に広がっていると思います。

ドラマ『崖っぷちホテル!』や映画『去年の冬、きみと別れ』(18)などで、俳優として頭角を現している岩田剛典。岩田は、智と山で仲睦まじく暮らすようになる謎の青年・鈴(りん)を演じる。

岩田 今回、自分は河瀬監督作品初参加だったんですが、本当に撮影の中で色んな洗礼を受けました。演じるのではなくて、鈴としてまさに森の中で生きるということを、監督から教えていただいて。見ている方全員が、森の中に自分が迷い込んだような錯覚に落ちる臨場感のある森の描写。それほど美しい作品に参加できたことを、誇りに思います。

ジャンヌの通訳兼アシスタントである花を演じるのは、映画『バトル・ロワイアル』(00)でデビューし、その後ワールドワイドに女優活動を続けている美波だ。

美波 私はジュリエット・ビノシュのファン。役者といえばジュリエット・ビノシュというくらい彼女の背中を見て育っていたので、オーディションに受かったときは街で号泣しました。実際、ビノシュさんの隣で、真に役を追求する姿とか、役者のイデオロギーというものを生で感じることができ、とてもしびれました。

監督・脚本の河瀬は「10本の長編映画を作ってきたその30年の歴史の中で、この度、この映画を誕生させた、この時代にこの映画を誕生させたことを本当に誇りに思っています」と感慨深げだった。生まれ育った奈良で山守をテーマにした理由について、こう語る。

河瀬 山守というものをテーマにしようと思ったのは「日本の奥深い森に行ってみたかった」っていうジュリエットの言葉があったからでした。そして、私も森というところをもう一度描こうと思っていた時期でした。

吉野の森への思いについて、河瀬はこう続けた。

河瀬 吉野の職人の歴史というのは、実は500年程前にさかのぼります。勝手に山に杉が生えているわけではなくて、吉野杉やヒノキっていうのは、ちょんまげを結っていた頃の人たちが苗を植えて、そして材を成して、そして木目の美しいあの材を循環して作って来ていたと。
ただ、今現在その担い手が確かにいるかっていうとそうではありません。こんなに美しい山の、日本を代表するような産業になり得るものが衰退していく。私たちが現代社会で、自分たち本位で生活をしていると、自然というものも地球自体も疲弊する。そんな状況の中で、何をしなければいけないのかということを含めて、私も一生懸命考え、みんなとディスカッションし、この物語を作りあげました。

ぜひ、この会見の日に公開された予告映像を見てほしい(→動画)。
河瀬の言葉だけを読むと、「森林を守ろう」「伝統を守ろう」という道徳的で自分事に思えない、とっつきにくい話に聞こえるかもしれない。しかし、映像を見れば、河瀬がここまで森や自然の営みに価値を感じている理由がよくわかる。
ただ美しい風景の映像というだけでない、説得力のある力強い自然の画。それが、河瀬映画の魅力の1つだ。

「演じる」ではなく「暮らす」。役者が驚く“河瀬メソッド

“河瀬メソッド”と呼ばれる独特の演技指導の話題になると、役者たちはおおいに盛り上がった。

永瀬 クランクインの2週間くらい前から、智の家で可愛い犬と一緒に暮らさせていただきました。役作りじゃないんですよね。智として、血液を入れ替える、心を入れ替える作業を丁寧にやらせていただく。その過程で、山守さんたちに色々ご指導いただいて、チェーンソーの練習とか講義を受けました。

永瀬は、岩田の山守としての才能にも言及した。

永瀬 彼(岩田)は、特殊伐採の講義もちゃんと受けています。きっと「わー、かっこいい~」って言われるであろう感じに、スルスルスル~ッと高い木を登っていって。あっという間に、2日くらいでそれをやっちゃいました。
河瀬 芸能人を辞めたら、(山守を)やればいいのに。
岩田 でも、めちゃめちゃ筋肉痛になりましたよ(笑)。
河瀬 もう鈴になっちゃってたので、帰って三代目のメンバーたちに心配されたんだよね。
岩田 そうですね。「大丈夫!?」って言われました。顔つきや目つきが違ったみたいで。「本当に森の人になってるよ!」みたいな。

夏木もまた、役を生きるために2週間ほど吉野の山に住んでいたという。

夏木 私は2週間、iPhoneも取り上げられ、SNSも禁止で。アキは千年生きていますから、iPhoneは持ってないだろうっていうことになりましてね。そして、SNSをお休みさせていただきまして、ちょっと商売あがったりでした(笑)。
また、監督と相談して「アキは何を食べているんだろう」っていう話になりました。まあ動物性は食べないなっていうことで、お粥にしたんです。2週間お粥で、おかげさまですっかりダイエットができました。ありがとうございました。もう今は戻りましたけれど。本当に、演じるというよりも「暮らして」きましたね。

映画に登場するよもぎ団子も、夏木が森によもぎの葉を摘みに行き、擦ったり餅を蒸かしたりあんこを作ったりと、すべて自分で作ったものだそうだ。「いま、よもぎ団子のプロくらいになっているかも」と笑っていた。

礼儀を重んじるLDHのグループ・EXILE三代目J Soul Brothersに所属している岩田は「挨拶ができない」ことに驚いたという。

岩田 衣装合わせの段階から、同じ会場に夏木さんだったり森山未來さんだったりがいらっしゃっても、ご挨拶に行ってはいけないんです。要は、映画の役の中でお会いする機会がない方とは、一切口もきくな、目も合わせてはいけないと。そういう取り組み方は、初めてでした。
永瀬さんとお会いするシーンを撮影する日も、その日ご一緒させていただくので、俳優としてご挨拶させていただきたいところです。けれども、それも本番のカメラが回っているところで初めて、鈴と智としての「初対面」を撮りたいという監督の思いがあって。本当に、そういう部分を一番大事にされている監督なんだなということを、まず初日に理解しました。

トークのあと、音楽を担当したジャズピアニスト・小曽根真の生演奏が披露された。重なる音の層が、予告映像の森の深さと相まって、音楽について素人でも聴いていて胸にこみ上げるものがあった。

最後に、河瀬から改めて挨拶があった。

河瀬 吉野の森は、人びとを引き寄せました。ここに集った、素晴らしき日本を代表する俳優陣、そしてその気配、それらが『Vision』という映画に集結されて、ここに誕生しております。「この人たちにもう一度会いたい、もう一度あの人に会いたい」。その思いを持って、この映画を見ていただければと思います。
繰り返し繰り返し「あの人に会いたい」という思い、それは切実な物だと思います。けれども、会えない人もいる。だけど、その人の気配を忘れない限り、その人たちは生き続ける。この映画に出会いに来てください。映画『Vision』のチームが待っています。ありがとうございました。

(むらたえりか

映画『Vision
出演:ジュリエット・ビノシュ、永瀬正敏、岩田剛典、美波、森山未來、コウ、白川和子、ジジ・ぶぅ、田中泯(特別出演)・夏木マリ
監督・脚本:河瀬直美

2018年6月8日(金)全国ロードショー
配給:LDH PICTURES
(c)2018 “Vision” LDH JAPAN, SLOT MACHINE, KUMIE INC.

※河瀬直美の「瀬」は旧字体が正式表記

「かまどのお風呂が怖かった」と共感しあう岩田と永瀬。岩田は「一瞬でシャワーして、すぐに部屋に戻りました。怖いから」と言う