東京都民銀行、八千代銀行、新銀行東京の3行が5月1日に合併し、きらぼし銀行が発足した。3つの銀行が、同じ日に合併するのは地銀では初めてだ。

 だが、出足から躓いた。同日午前からシステム障害が発生、午後には復旧作業がほぼ終了したが、他行からの振り込みなど1万6000件もの取引に影響が出た。旧八千代銀行の口座への入金が滞ったほか、旧新銀行東京のキャッシュカードが提携先のATM(現金自動預け払い機)で使えないトラブルもあった。

 銀行が経営統合に伴い、営業初日からシステム障害を起こすケースは過去にもあった。みずほフィナンシャルグループ(FG)がそうだ。

 旧第一勧業銀行、旧富士銀行、旧日本興業銀行の3行が合併して誕生した、リテールバンクみずほ銀行2002年4月1日の開業初日、2500億円の巨額の費用をかけ、延べ9万人の専門家がかかわった基幹システムが、立ち上げと同時に大規模なシステム障害を起こした。

 旧第一勧銀のカードは旧富士銀行のATMで使えなくなり、旧富士銀行のカードは他の銀行のATMでまったく使えなくなった。現金を引き出していないのに、通帳に引き落としが記載され、残高が減るトラブルも起きた。

 さらに、システム障害はATMだけでは済まなかった。電気・ガスといった公共料金の自動引き落としなど、口座振り替えの遅れが連続的に発生した。4月5日時点で口座振り替えの未処理は250万件に上り、振り込みの遅延は2200件に達した。この間、二重引き落とし事故が3万件、二重送金事故が5000件発生していた。

 さらに、東日本大震災が発生した直後の11年3月14日みずほ銀行に震災義援金の振り込みが集中したのをきっかけに、システム障害が発生した。給与などの振り込みの遅延は最終的に116万件に上った。

 みずほFGでは13年7月1日ホールセールバンクみずほコーポレート銀行とみずほ銀行が合併し、新生みずほ銀行システムの開発に取り組んでいる。ATMでの入出金や口座管理などを担う、新しい基幹システムへの移行は18年6月に始まる。

 2000年グループ発足後、2度の大規模障害を乗り越えて、やっとシステムの統合が完了することになる。実に18年かかった。それほど3行のシステム統合は難しいのである。

 東京きらぼしフィナンシャルグループシステム障害のリスクを抱えてまで、グループ傘下の3行の合併を強行したのは、日本銀行マイナス金利政策などで収益環境が急激に悪化するなか、規模の拡大による利益に頼るしかなかったからだ。

 きらぼし銀行は20年度までに200億円を投じて3行のシステムを統合することで、年間100億円超のコスト削減効果を見込んでいる。最終的に旧東京都民銀行のシステムに一本化する予定だ。

●新銀行東京は石原慎太郎元都知事の“負の遺産”

 きらぼし銀行誕生で、官製銀行の新銀行東京の行名が消えた。

 新銀行東京は石原慎太郎東京都知事(当時)の肝いりで発足したことから、“石原銀行”と揶揄された。石原氏は03年、東京発の金融改革を旗印に掲げ、「資金調達に悩む中小企業を救済する」ための新銀行構想を打ち出した。04年、東京都はBNPパリバ信託銀行を買収し、新銀行東京に衣替え。05年に開業した。

 ところが、開業わずか3年で1000億円近い累積赤字を抱え事実上、経営が破綻した。08年4月、東京都が400億円の公的資金を投下し、事業を存続。この出資金で累積赤字を消した。

 400億円の追加出資には都民からの批判が強かった。予算を審議した都議会は「これ(400億円)を毀損させない」との付帯決議で求め、石原氏は謝罪に追い込まれた。

 都は計1400億円を出資したが、公的資金は赤字の穴埋めに消え、ドブに捨てたも同然だった。そもそも自治体が銀行経営に手を出したことが根本的な誤りといえる。

 都内の市民団体から、「設立を主導した石原元知事や銀行役員ら5人に1250億円を賠償させるよう」都に求めた住民訴訟が起きた。東京地裁は16年3月、請求を棄却した。銀行事業は石原氏の最大の汚点となった。

 舛添要一知事時代に都は銀行事業の出口を探ってきた。

 そこで都は新銀行東京を、東京都民銀行と八千代銀行を傘下に持つ東京TYフィナンシャルグループ(現東京きらぼしFG)と経営統合させることにした。16年4月1日、新銀行東京は株式交換方式で東京TYの完全子会社となった。都が保有する新銀行東京の優先株は東京TYが新たに発行した優先株と交換され、この結果、都は400億円の追加出資金の毀損をなんとか免れた。

 新銀行東京は東京TY傘下に入り、東京都は株式交換で東京TY株を取得した。東京都の持株比率は3.90%で、第3位の大株主である。

 東京都の指定金融機関はみずほ銀行だが、今後、制度融資などで東京TYが優先的に扱われるケースが増えてくることが期待された。東京TYが事実上、経営破綻した新銀行東京に救いの手を差し伸べたのは、こうした計算があったからだろう。

 きらぼし銀行にとって東京都と取引できることは、システム統合のリスクよりも、はるかに大きなメリットになる。5月1日の発足式典で味岡桂三社長は「統合は目的ではなく、地銀としての存在感を高めるためのプロセス」と力強く宣言した。

 この賭けは吉と出るか、それとも凶と出るのか――。懸念されていたシステム障害が、初日に発生した。前途多難の船出というしかない。
(文=編集部)

新銀行東京の旧店舗(「Wikipedia」より)