昨今、海外の有名アーティストの美術品が日本に上陸、展示される機会が増えている。だが、展覧会に訪れたものの、もっとじっくり観たいのに一定の距離からでしか鑑賞できない、あるいは、ほかの観客の頭や身体の隙間から無理やり作品を覗き込む…そんな経験も少なからずあるのではないだろうか。

そういったストレスを解消できるかもしれない、魅力的な上映企画が2018年6月23 日、日本にやってくる。その名も『アート・オン・スクリーン』。すでに世界60か国にて公開されている大ヒットシリーズである本企画は、ゴッホやモネ、ミケランジェロなど、ほぼ現地でしか観ることができない超有名アーティストの美術品を映画館の大スクリーンで堪能でき、しかもただ観るだけではなく、そのアーティストの人生、制作過程、時代背景などにも迫ることができるという「美術深掘りエンターテイメント」なのだ。

この企画の仕掛け人は、英国の映像作家であるフィル・グラブスキーだ。彼が急遽来日するということで、早速話を聞いてきた。

――グラブスキーさんの上映企画ではこれまでにどれだけのアーティストを扱ってきたのですか?

全部で19シリーズあるんです。そのなかには、バレエ踊り子の絵画で有名なエドガー・ドガや、若き日のパブロ・ピカソなどの作品も扱ってきました。日本では2012年に「レオナルド・ダ・ヴィンチ展 in シアター』を上映して以来、久しぶりとなります。

私は以前、アートを扱うTV番組を作ってきたのですが、作っているうちにTV番組としてではなく、映画館の大スクリーンで上映するほうがよりお客様に観ていただけるのでは、と考えるようになり、2009年からは映画館でアートを上映する企画を手掛けるようになったんです。

――最初の頃の上映作品はどのような内容でしたか?またお客様からの反応はいかがでしたか?

いちばん最初はベートーヴェンなど音楽家を扱う企画でした。これを映画館で上映したところ、お客様から大変喜んでいただけたんです。それならば次はアートでやってみたい、と考えました。

――そうはいっても、音楽を好む客層とアートを求める客層は、似ているようで異なるのではないかと思うのですが。

私は音楽のファンと美術のファンの違いはそれほど感じてはいないんです。むしろ両者のファン層がだいたい40歳以降の中高年層であるという共通点に注目しました。これまでに「METライブビューイング」(ニューヨークメトロポリタン歌劇場オペラ映画館で鑑賞する企画)や「ナショナル・シアター・ライブ」(英国の演劇作品を映画館で楽しむ企画)など“映画館で鑑賞する”という企画を受け入れる環境が出来てきたように感じています。また当初のターゲットであった中高年層だけでなく、若年層も楽しんで観てくれるようになり、それならばアートについても同じことが起きるのではないかと考えたんです。実際に『アート・オン・スクリーン』を鑑賞した若者たちがSNSなどで企画に対しておもしろかった、楽しかった、などと嬉しい感想を伝えてくるようになりました。

――日本でもこれまでに美術館博物館などで実物を直接鑑賞することからアートを特集したTV番組の視聴に至るまで、海外の美術作品に触れる機会が多かったと思います。

そう、日本にも美術を楽しむファンが多くいらっしゃいますよね。以前、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』が日本で公開されたとき、美術館の前にものすごい行列が出来たと聞いています。それだけアートを求めるお客様はいると思うんです。これは意外かもしれませんが、イギリスでは一週間フットボールの試合を観に行くお客様より美術館に来るお客様の数のほうが多いんですよ。TV番組としては圧倒的にスポーツを観るお客様のほうが多いのですが(笑)。だからこそ映画館など違うメディアを用いることで、アートに興味を持ち、観てみたいと思うお客様は必ずいると思っています。

クロード・モネ『印象、日の出』,1892年

クロード・モネ『印象、日の出』,1892年

■こだわりたいのは、“ストーリー”のある作品作り

――そこで映画館を使ったアートの上映企画を、ということになりますが、作品を作る際にグラブスキーさんがいちばん大切にしていることは何でしょうか?

映画であれTV番組であれ、また作る内容がドキュメンタリーかそうでないかを問わず「そこに“ストーリー”が存在すること」が重要だと思っています。僕が作る作品はただ単にアートを撮影し紹介するのではなく、アートやアーティストをどのような “ストーリー”の中で紹介していくかを常に考えているんです。

例えば「印象・日の出」「睡蓮」で有名なクロード・モネをテーマにした作品であれば、説明、進行するためのナレーションを一切使わず、モネが様々な相手に送った手紙の文面を使って、彼の人生のどのタイミングで描かれた絵画なのか、その当時、モネはどんな環境に置かれていたのか、彼の足跡を追いながら絵画を紹介する構成にしています。

これまで60か国で上映してきましたが、いろいろな国で「満足した」「楽しかった」という反応をいただき、人間の「感動する心」というのはユニバーサルなんだなと感じています。きちんとストーリーを構築した上でアートを紹介していけば、どの国でも感動を伝えることができると実感しています。

今回日本で上映するにあたり、日本のアート市場をリサーチしたところ、西洋の国よりずっと前からアートを紹介する土壌があると分かったので、ますます期待できると予感しています。

――ちなみに今回日本で上映する作品として、19シリーズある中からモネ、ミケランジェロゴッホを選んだ理由をお聞かせください。

日本でも非常に高い人気を誇るアーティストである、ということはもちろんですが、同時に先ほど触れましたが、直筆の手紙をベースに展開するモネ、自伝の形で紹介するミケランジェロ、そしてゴッホオランダのアムステルダムにあるゴッホ美術館に展示されている作品をもとに彼の人生を語る…というそれぞれ異なるアプローチで作られた3作品を見せることで、『アート・オン・スクリーン』という企画そのものの特性と魅力をお客様にアピールすることができると思ったからです。

またこの3人は人類の可能性の「先」を見せてくれる人。人間はどこまで可能性を秘めているのか、を作品を通して伝えることができるアーティストでもあるからです。

ちなみにゴッホ美術館は先日リニューアルをしました。それまではゴッホの絵画を展示する階と、彼自身が影響を受けた他のアーティストの作品を展示する階、というように分けていたんです。それをリニューアル後には、ゴッホ自身の作品と彼が影響を受けた作品を並べて展示するようになったんです。こうすることでゴッホの人間性をより深く伝えていくこ

とが可能になり、そこに僕は興味を抱いたんです。ゴッホって一般的にはクレイジーな人というイメージがあると思いますが、それだけではない彼の人となりをゴッホ美術館での展示の仕方を用いながら描きたいと感じたんです。

――興味深い展示の仕方ですね。ところで様々な美術品を撮影する作業の中で、新たに気が付いたこと、印象に残った出来事はありますか?

この5、6年で映像技術が大きく発達しました。これによって映画館ハイビジョンの大画面で絵画を映し出したところ、20年、30年とその絵画を観続けてきた学芸員の皆さんが一様に驚いたんです。「これはこんな絵だったのか!?」とおっしゃって。学芸員さんって当たり前ですが美術品を鑑定するプロの方々じゃないですか。それなのにまだこれまでに観てきた作品から驚きを受けることがあるのか、と。新しいアートの楽しみ方が出来た、そんな時代に我々がいることがラッキーだったとおっしゃっていましたね。

――ちなみに具体的にどのような出来事があったのか教えてください。

例えば…ルネサンス時代の画家ヒエロニムス・ボッシュの絵画を扱ったときのことです。彼の絵は非常に不思議で、かつものすごく細かく描きこむ作風なんです。そのボッシュが手掛けた絵画をすべて集めた展覧会を撮影したのですが、細かく描き込まれた絵画を大画面で観たとき、学芸員の方が「え?こんなことも描いていたの!?今まで気が付かなった!」と驚いていらっしゃいました。学芸員といえば誰よりも目利きであり厳しい方々ではありますが、私たちの上映企画に関してはどなたからも文句は出ず、逆に非常に喜ばれました。もちろん僕らは学芸員の方を喜ばせるためではなく(笑)、あらゆる世代のアートを愛する方々からリスペクトされるようなものを作りたいと思って取り組んでいます。一度映画館に足を運んでみていただけたらこの言葉の意味がきっと分かると思います。

――私自身、かつてミケランジェロの「サン・ピエトロのピエタ」を一目観たくてバチカン市国に行き、大勢の観光客をかき分けて、鉄柵の向こうに置かれているピエタ像を観てきました。今回の上映では、生で鑑賞するよりさらに驚きを持って楽しむことができるかもしれないのですか?

もちろん実際にその目で見ることが何よりの幸せだと思います(笑)。でも、誰にも邪魔されず、大画面でじっくり観ていただけるこの上映企画はきっと特別な体験になると思いますよ。TV番組で時々アートを扱うものがありますが、TVの小さな画面だと、絵の全体が一目で観ることが出来てしまい、そこですべてが完結してしまうじゃないですか。でも大画面なら一目では全貌を観ることができませんから、逆に視界に入るものをじっくりと観ざるを得なくなります。結果まったく別の体験ができると思いますよ。生で観ること、大画面で観ること、どちらもすばらしい事だと思うので、できれば両方を体感していただきたいですね。

『ダヴィデ』 アカデミア美術館 (R)デビッド・ビッカースタッフ

『ダヴィデ』 アカデミア美術館 (R)デビッド・ビッカースタッフ

――グラブスキーさんの作品ならではの魅力は、他にどのようなものがありますか?

僕の作品の中では皆さんが生で観ることができない絵画もたくさん扱っていますし、その絵が描かれた場所も撮影しました。ゴッホであれば、これまでどんな撮影クルーも入ったことがない場所にも入りましたね。

モネに関しては彼の絵が「印象派」と呼ばれるきっかけとなった「日の出」が実際にどこで描かれたのか、その場所まで撮影クルーが行って、実際の絵とその場所を比べて見せたり…アーティストが生まれた場所など、普通の人が行くことができない場所まで撮影している点に注目していただきたいですね。

でも、やはりいちばん注目してほしいのは“ストーリー”。90分という中にゴッホの、ミケランジェロの、モネの物語をどう描くか、そのまとめ方が私の作品のいちばんの肝だと思っています。

――上映企画のために、ものすごく時間も手間もかけていらっしゃると思いますが、作品1本を仕上げるのに、どのくらいの年月と費やしているんですか?もちろん扱うアーティストによってかなり変わってくるとは思いますが。

まず、いろいろな許可を取るのに1年はかかりますね。そして「こんな企画で使います」という契約書を結ぶのにまた1年、実際にクルーを編成して撮影をするのにまた1年かかります…そういえばデイヴィッド・ホックニーの作品の時はトータルで5年かかりましたね(笑)。今、このシリーズの最新作としてピカソの作品を手掛けている最中ですが、このためにパリを訪れたのは実に3年も前のことでした。逆にボッシュについてはたった9か月で終わったり(笑)、…本当にケースバイケースなんです。

――最後になりますが…これはかなり答えづらい質問になるかもしれません。ご自身が手掛けた19本のシリーズの中でどのアーティストの作品が特にお気に入りですか?

いつも作業が終わった直後の作品がいちばん良いと思うんですが(笑)、今回日本で最初にお見せする3本は僕にとって本当に大切な作品ですね。ミケランジェロの「ピエタ」は人類史上あれ以上の彫刻はないと思っていますし、ゴッホは亡くなる3か月の間に描かれた作品がどれも傑作だと思います。さらにモネは作品すべてが傑作と言えるんじゃないですかね?それらを盛り込んだこの3本、本当に1本に選ぶことなんてできないですね(笑)

取材・文・撮影=こむらさき

フィル・グラブスキー