高畑勲監督の遺作である『かぐや姫の物語』が、本日5月18日に金曜ロードShow!で放送されます。

本作は、製作経緯を追うだけで頭がクラクラしてきそうな大労作になっています。何しろ、日本画のような“かすれ”や“筆のタッチの荒さ”を再現した絵を動かすため、通常のアニメの3倍の作画が必要となり、総作画枚数は50万を超え、製作期間は約8年にも及び、製作費は50億円以上に膨れ上がり、スタッフプロデューサー陣はボロボロになっていったのですから。進捗状況も遅れに遅れまくり、一時は完成予想日が2020年(!)と算出されていたのだそうです。

そこまでの苦労を乗り越えて作り上げられた本編では、かぐや姫が野山を駆け回ったり、翁が烏帽子を入り口にぶつけてしまったりといった、繊細な“日常的な動作”にも並々ならぬこだわりを感じられます。かぐや姫が急に成長したり、空を飛ぶといった“アニメでしかできない”“ジブリらしい”シーンの数々もこれ以上なく魅力的に仕上がっていました。

その多大な労力から生まれたアニメーションの面白さに身を任せるだけでも楽しい映画ですが、その物語には多層的なメッセージテーマが込められていることにも気づくことでしょう。ここでは、『かぐや姫の物語』本編の内容に踏み込んで、もっと面白くなる3つのポイントをまとめてみます。

※本記事は筆者の見解及び推測を含んでおります。違うご見解の方もいらっしゃるとは思いますが、何卒ご容赦ください。

※以下からは『かぐや姫の物語』本編のネタバレに触れています。映画をまだ観たことがない方はご注意ください。

1:御門のアゴが長い理由とは?

本作が以前に地上波放送された時、Twitterで盛大にイジられていたことがあります。それは、「かぐや姫に求婚してくる御門のアゴが長い!」ということです(ネット上では御門ではなく“帝”と書かれることが多いようです)。

誰もが「なぜこんなにも長いアゴにしたのか?」と疑問に思うでしょう。実は、スタッフが初めは石作皇子(5人の貴公子のひとり)として描いたキャラを御門に変えてみようかと考えていた時に、高畑勲監督から「美男だけど、一箇所バランスを崩して観てはどうか、例えばアゴとか」と言われたことをきっかけにして、このアゴだけが突出したキャラクターが生まれたのだそうです。

とは言え、高畑監督が何も考えなしにこの発案をした訳ではないと思います。何しろ、この御門はかぐや姫に断りもせずに後ろからいきなり抱きつくという、現代では性犯罪と断言できること(ただし平安時代では当然のように行われていたであろうこと)をしているのですから。御門の長いアゴという“いびつさ”はその生理的な嫌悪感をさらに助長させます。普通のイケメンキャラクターデザインであったら、ここまでのキモさを感じることはなかったでしょう。

また、中盤にはかぐや姫が初潮を迎えたと思しきシーン(媼が翁にひそひそ話をして翁が「なんとめでたい」と喜ぶ)があったり、翁が高貴な位の者が来ると知って「夜伽の準備をせねば」と言っていたりと、かぐや姫明らかに“性の対象”になることが示唆されています。これらの性に対する後ろめたさや気持ち悪さが描かれているからこそ、御門に抱きしめられるシーンのおぞましさがさらに際立っています。

何より、帝に後ろから抱き寄せられたことこそが、かぐや姫が「月に帰りたい!」と本気で願ったことにつながりました。宮中の厳しいしつけや暮らしにも、望まない求婚にも我慢し続けていたかぐや姫でしたが、いきなり後ろから抱きしめられることだけは耐えられなかった……。彼女の限界、その生理的な嫌悪感が極に達した気持ちに同調できるという意味でも、御門のキモくて長いアゴは必要だったと言えるのです(冗談抜きで)。

余談ですが、Twitterで人気を集めるもう1人のキャラに女童(めのわらわ)がいます。とにかく「可愛い」「癒し」と言われている彼女はかぐや姫の理解者としても重要な存在で、襲名の宴の時もすぐそばにいてくれたり、外に出られないかぐや姫のために桜の枝を持ってきてくれたりと、その優しさにもほっこりしますよね。ちなみに、女童がクライマックスで月の住人に眠らされなかったのは“子どもにはまやかしの類が通用しない”ためだったのだとか。ジブリ作品である『猫の恩返し』には女童にそっくりな“ナトル”というキャラもいるので、そちらもぜひチェックしてみてください。

2:本編で描かれなかったプロローグが存在していた! “姫の犯した罪と罰”の意味とは?

実は、高畑監督監督が構想していた“プロローグ”が、脚本段階では存在していたのだそうです。その内容について、簡単に紹介してみます。

月の住人にとって、地球は“穢れ”のある危険な場所でした。しかし、月に住むかぐや姫にとって、地球はあらゆる豊かな“生”を感じることができる魅力的な場所でした。

ある時、かぐや姫は以前に地球に降り立ったことのある女性(「羽衣伝説」のひとり)の記憶を呼び覚ましてしまいます。その女性は嘆き苦しんでしまい、かぐや姫は彼女の代わりに地球へ降り立つことを命じられます。かぐや姫にとって、それは願ってもないことであったので、快く受け入れました。この時、かぐや姫は父王の言葉に耳を貸すこともなく、ただただ目を輝かせて地球に行くことを楽しみにしていました。

ただし、地球で暮らすためには条件がありました。それはかぐや姫が地球人として暮らすこと、月での記憶を消すこと、地球に金銀財宝の仕送りをさせること、そしてかぐや姫が一度「帰りたい」と願えば、強制的に月へと戻すことです。かぐや姫はこの条件をのみ、地球へと送り届けられ、そして翁と出会います。(プロローグ終わり)

本編でこのプロローグが語られなかったのは、高畑勲監督の「かぐや姫の本当の物語を探り当てさえすれば、プロローグなどなくていい」という意向によります。終盤のかぐや姫および月の住人たちのセリフから、(このプロローグがなくても)これらの彼女の過去にあったことが十分に想像し得るものになっている、というのも驚異的なことです。

また、本作には“姫の犯した罪と罰”というキャッチコピーがつけられています。このプロローグ通り、かぐや姫の罪とは“地球で生きるという憧れを抱いたこと”、罰とは“穢れのある地球で苦しみを味わう”ことだったのでしょう。

3:高畑勲監督が描きたかった“かぐや姫の本当の物語”とは? そして“生きること”の尊さとは?

では、高畑勲監督が探り当てたかった“かぐや姫の本当の物語”とはどういったものなのでしょうか。ごく端的にまとめるのであれば、それは“かぐや姫の行動の理由”を追うことで、“感情移入ができる1人の女性像を浮かび上がらせる”ということでもあったようです。

思えば、原作の「竹取物語」のかぐや姫は、ひどく感情移入がしにくい人物でした。表面上だけ拾えば、“求婚してきた貴公子たちに無理難題を与える意地の悪い女性”なのですから。しかし、この『かぐや姫の物語』では、貴公子たちの“ものの例え”を聞いたかぐや姫が「その得難い宝を私にお持ちください。その方と私は結婚します」と答えています。つまり、原作にあった無理難題が“結婚をしたくないがための口実”に変わっているのです。

かぐや姫はもともと天真爛漫で、野や山を駆け楽しそうに暮らしており、捨丸兄ちゃんと一緒になって違った生き方ができた可能性もありました。しかし、そんな彼女が自分を押し殺すように宮中の掟に従っていくしかなかったこと、自分のせいで貴公子の1人が死んでしまったと信じて苦しむということには……胸が締め付けられることでしょう。

こうした“原作の再解釈”および、かぐや姫に現代の女性にも通ずる辛苦を味合わせたということが、『かぐや姫の物語』の最も重要なポイントと言っても良いでしょう。勝手に行われた襲名の宴や、望まない結婚を至上の喜びだと勝手に言われてしまうというのも、現代にもある悪しき男性優位の風習そのもの。かぐや姫を1人の感情移入がしやすい女性として描くと同時に、作品にはフェミニズムの精神もはっきりと表れているのです。

そして、本作では“生きること”の尊さも描いていると言えます。何しろ、かぐや姫は月の住人に連れ去られる前に「この世は穢れてなんかいないわ。みんな彩りに満ちて、人の情けを…」と声を荒げていたのですから。彼女は、地球上でたくさんの苦しい想いをしたのに、それでも“彩りに満ちていた”とその記憶を肯定しようとしていたのです。

月の世界は苦しみがなく、老いることも死ぬこともない、極楽浄土のような場所でした。一方で、地球では草木や花が生い茂り、喜びに溢れていますが、悲しみや辛いこともたくさんあります。どちらが“生きているか”と問えば、やはり後者なのでしょう。それは、現実の世界に生きている私たちも同じです。苦しみも悲しみも喜びも含めて、それでこそ“生きている”と言えるのですから。

高畑勲監督の、この“生きること”についての洞察は、鋭いと同時に、辛辣さをも感じさせます。そうした現実で生きることの困難さは、『火垂るの墓』で特に残酷に描かれていました。

※『火垂るの墓』の記事はこちら↓
高畑勲『火垂るの墓』を読み解く3つのポイント

一方で、高畑監督は『ホーホケキョ となりの山田くん』で、「もっと楽に生きていけばいいよ」という正反対のテーマを掲げています。

※『ホーホケキョ となりの山田くん』の記事はこちら↓
高畑勲監督の最高傑作は『ホーホケキョ となりの山田くん』である! 厳選5作品からその作家性を語る

そして、『かぐや姫の物語』では最終的に“生きること”そのものを肯定しています。高畑監督は、1つの意見と、それと正反対の意見から総合的な見識を得る“弁証法”を用いているとも評される作家であるので、このように作品をまたがって弁証法を用いていた、とも言えるのかもしれません。

おまけ:『かぐや姫の物語』と合わせて観て欲しい3つの映画はこれだ!

ここからは、『かぐや姫の物語』と合わせて観るとさらに楽しめる3つの映画を紹介し、その理由も解説します。

1.『マイマイ新子と千年の魔法』

絶賛で迎えられた『この世界の片隅に』の片渕須直監督によるアニメ映画です。中心となるのは昭和30年代の山口県に暮らす空想好きな女の子の冒険なのですが、その時代から1000年前の平安時代の物語も並行して描かれていました。その千年前の女の子というのが、高貴な身分の持ち主で、綺麗な着物を着ているけれど、いつもひとりぼっちで友だちと遊ぶこともできず、つまらなそうにしていると……かなり『かぐや姫の物語』のかぐや姫と似ているところがあるのです。(片渕須直監督作では、『アリーテ姫』も「竹取物語」を連想するシーンがあります)

また、片渕須直監督と高畑勲監督の作品には、日常の“なんでもなさそうな動作”を繊細に描いていること、昔にタイムスリップしたかのような“時代の変化”を感じられること、それでいて現代にも通ずる尊いテーマ性も持ち合わせていることなど、その多くの作品で共通点が見られます。今のクリエイターで最も高畑勲監督の作家性を受け継いでいるのは、片渕須直監督であると言い切ってもいいのかもしれません。『この世界の片隅に』と『マイマイ新子と千年の魔法』は、現在Netflixでも配信されていますよ。

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『この世界の片隅に』が好きな人に観てほしい5つのアニメ映画

2.『四月の永い夢』

(C)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema  

こちらは現在公開中の映画です。『かぐや姫の物語』でかぐや姫の声を務めた朝倉あきさんが主演を務めており、冒頭のナレーションの“芯の通った”声を聞けばすぐに「あのかぐや姫だ!」と気づけるでしょう。3年前に恋人を亡くしてしまった女性の物語で、大きな事件はそれほど起こらないのですが、繊細な演出や計算し尽くされた伏線、その“人となり”が伝わるセリフの数々のおかげで全く退屈することはありません。モスクワ国際映画祭で邦画史上初のダブル受賞時を果たすほどに完成度が高いこの作品を、若干27歳であった若手監督が作り上げたというのも驚異的です。

ちなみに、朝倉あきさんが『かぐや姫の物語』で主役に抜擢されるまで、高畑勲監督はオーディションで「なぜみんな、こんなに受け身の芝居しかできないのか?」「意志の強い女性はいないのか?」と不満を訴えていたそうです。しかし、オーディションの最後に登場した朝倉あきさんだけが、その高畑監督のハードルの高い要望に答えることができたのだとか。

その“意思が強い能動的な声”が『かぐや姫の物語』のかぐや姫には必要だったわけですが、『四月の永い夢』で朝倉あきさんが演じるヒロインは一転して“主体性がない受け身の女性”になっているというのも面白いところ。女優としての実力を、まざまざと見せつけられることでしょう。

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3.『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』

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映画ファンを中心に大きな話題を呼んだストップモーションアニメ作品です。監督は日本文化が大好きで、黒澤明宮崎駿の作品にも影響を受けたと明言しているのですが、おそらく『かぐや姫の物語』からもインスピレーションを受けていたのではないでしょうか。

何しろ、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』での月の世界は死ぬことがない“完全な世界”とされており、地上の世界の“不完全さ”と対となる存在として描かれているのですから。しかも、劇中ではその不完全な地上の世界にこそ生きる理由がある、とされているのです。これは、『かぐや姫の物語』のクライマックスで月の住人が「地上には穢れがある」と言っていたこと、かぐや姫がその言葉を否定し地上の素晴らしさを訴えようとしていたことにも通じてはいないでしょうか。

なお、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』は全ての物語(創作物)の素晴らしさを説いている内容とも言えます。物語は作った本人が亡くなったとしても、次の世代に伝わっていく……そういったことも、劇中で訴えられているのですから。アニメーションという芸術で多大な貢献を果たした高畑勲監督の作品も、次の世代に伝わり、また新たな創作物に影響を与え続けていくのでしょう。DVD&Blu-ray6月2日に発売です。

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(文:ヒナタカ)

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