ワコールホールディングス(HD)は次期社長に副社長の安原弘展氏が昇格する。創業家以外の社長就任は初めて。6月28日に開く株主総会後の取締役会で正式に就任する。社長在任31年に及んだ塚本能交氏は代表権のある会長に就く。

 安原氏は1975年同志社大学商学部を卒業し、ワコール(現ワコールHD)に入社。営業畑が長く、中国をはじめ海外経験も豊富。2011年から今年3月末まで事業会社、ワコールの社長を務め、現在は会長職にある。

 ワコールHDは、難局を迎えている。婦人下着では国内首位だが、最大の販路である百貨店のアパレル販売の落ち込みに加え、インターネット通販業者の増加で経営環境が激変した。通販対策と海外でのシェア拡大が急務だ。

 連結決算の第3四半期(17年4月~12月)の実績では、主力のワコールの国内事業の売り上げは前年同期比2.1%減で、海外は8.3%増。18年3月期通期の連結売上高は2.1%増の2000億円の見込み。国内の低迷を海外が補ったかたちだ。純利益は28.1%減の90億円になる。

 ワコールHDはこれまで、百貨店依存から脱却する手を打ってきた。

 12年4月、欧州など世界各地に販路を持つ英イヴィデン社を約200億円で買収、100%子会社にし、15年からワコールヨーロッパとしている。

 今年1月20日からパリで開催された世界最大級のランジェリー展「サロンインターナショナル・ド・ランジェリー」で、ワコールブランドが初めて「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。欧州ブランド以外の受賞は初めてという。

 国内では15年4月、リコー子会社で婦人服中堅の三愛から水着・下着事業を買収した。買収金額は10億円前後とみられる。三愛はファッション系水着の最大手で「三愛水着楽園」を全国展開している。事業会社のワコール傘下の子会社が事業を引き継いだ。

 他方で、ワコールHDは宿泊事業に進出した。今年4月28日平安神宮や知恩院など観光施設が集中する京都・岡崎に京町家を改修した簡易宿泊所「京の温所(おんどころ) 岡崎」を開業した。

 築92年の町家の1棟貸しで、延べ床面積は92万平方メートル。2~6人で宿泊でき、価格は1棟1泊当たり6万~18万円。

 今後、二条城近くや西陣を中心に京町家を借り受け、22年度までに簡易宿泊所を50棟にまで増やし、年間10億円の宿泊料収入を目指すとしている。

●創業家出身の塚本能交氏による奇々怪々な買収劇

 今回社長を退く塚本能交氏は、創業者である塚本幸一氏の長男として1948年に生まれた。幸一氏は日本の女性にブラジャーを広めた立志伝中の人物だ。能交氏は芦屋大学教育学部卒。87年、ワコール(当時)社長に就任した。39歳という若い社長の誕生である。

 創業家は神輿に乗って、経営は番頭が行うのが近江商人のしきたりだったが、能交氏は神輿から降りて、自ら経営を行った。

 能交氏は周囲を仰天させるM&A(合併・買収)を敢行した。しかし、女性用ランジェリー通信販売ピーチジョン(PJ)の買収ほど奇々怪々なものはなかった。PJは、ワコールイメージとは異なる世界で存在感を示していた。

 06年5月12日記者会見で資本・業務提携をぶち上げたが、その内容に証券市場は腰を抜かした。PJの資本金は9000万円。株式は会長の野口正二氏が49%(882株)、社長の野口美佳氏が51%(918株)を保有していた。1カ月後の6月2日、正二氏が持つ882株をすべてワコールHDが取得した。買収額は149億9400万円と、“大盤振る舞い”だった。

 この時点でPJの出資比率は美佳氏が51%、ワコールHDが49%となった。さらに08年1月10日、ワコールHDは美佳氏が保有するPJ株の51%を株式交換方式で取得し、PJを完全子会社にした。交換比率はPJ株1株に対してワコールHD株7300株。美佳氏は保有していたPJの918株と引き換えに、ワコールHD株式670万1400株を手にした。株式交換が行われた1月10日のワコールHD株式終値は1422円で、美佳氏が入手した株式の時価総額は95億2939万円に上る。

 この結果、美佳氏はワコールHD株の4.67%を保有する個人筆頭株主で、全体でも第4位の大株主に躍り出た。創業家出身の能交氏の持ち株の4.9倍の株式を所有した。ワコールHDの09年3月期の年間配当金は1株25円。美佳氏は同年、1億6753万円の配当金を手にした計算だ。

 だが、ワコールHDにとってPJの買収は大失敗だった。伸び悩む下着部門を強化する狙いで買収したとみられているが、完全に裏目に出た。そのため、後始末に追われることになった。

 野口正二氏から149億9400万円で取得したPJ株の公正な価値の評価を実施し、08年3月期連結決算で、持ち分法の投資損失として46億9400万円を計上した。高値づかみしていたわけだ。

 09年夏、“押尾学事件”が起きた。東京・六本木ヒルズのレジデンス(住宅棟)の一室で、女性が死亡した。警視庁麻布署は、エクスタシーと呼ばれる合成麻薬・MDMAを使用した麻薬取締役違反容疑で、その部屋にいた俳優の押尾学を逮捕した。この事件は意外な方向に発展した。美佳氏が押尾に六本木ヒルズの部屋を無償で貸していたとして週刊誌の話題になったのだ。

 このスキャンダルでPJのブランドイメージに決定的な傷がつき、ワコールHDの業績を直撃した。ワコールHDは08年3月期から11年同期までにPJへの投資損失と資産再評価で累計74億8900万円の損失を出すことになった。

 美佳氏は13年3月期を最後にワコールHDの大株主から姿を消し、15年にPJを去った。

 PJの買収は、能交氏の企業家人生最大の汚点といわれている。
(文=編集部)

ワコール本社(「Wikipedia」より)