東京都目黒区の船戸結ゆあ)ちゃん(当時5歳)が虐待を受け死亡した事件が、注を集めている。警察庁は今6日、保護責任者遺棄致死容疑で父親雄大(33)、母親の優里(25)の両容疑者を逮捕したことを発表したが、結ちゃんが残した「もうおねがいゆるしてゆるしてください」という”反文”に、どうして行政や周囲の大人彼女を救えなかったのか、やりきれなさを感じている人も多いだろう。

 そんな中、エッセイストで自身も1歳5カを育てる子氏が、Twitterで「児童虐待問題に取り組まない議員を私は支持しません」のハッシュタグを使って呼びかけを始めた。現在(11日13時時点)までに約7万件拡散されており、山氏はBuzz Feedの取材に対し、「『保育園落ちた日本死ね!!!』のように、議員さんが取り上げざるをえないようなタグにしたかった」とっている。果たして今後、行政にどこまで影を与えられるのか注だ。

 一方、子ども虐待事件が起きるたびに児童相談所の対応が問題視されているが、2009年に1,101件だった相談件数は、15年には10万3,260件と、およそ100倍にまで増加。職員一人当たり100件あまりの対応をめられ、限界寸前という実態もある(『ルポ 児童相談所 一時保護所から考える子ども支援』より)。そこで今回は、以前当サイトで紹介した『ルポ 児童相談所 一時保護所から考える子ども支援』(ちくま新書)、告発 児童相談所が子供を殺す』(文藝春秋)のレビュー記事を再掲載し、問題の根について考えたい。

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子どもたちを救うはずが、ますます不幸にさせる? “限界寸前”児童相談所の実情とは――

「児童相談所」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?

 虐待を受けた子どもたちの相談や、養育困難な庭への対応、そして非行や虐待によって庭にいられなくなってしまった子どもたちを一時的に保護するといったことを行っている児童相談所の仕事は、社会からはなかなか見えにくくなっている。だが、その世界に一歩足を踏み入れると、そこには驚くべき現実が広がっていた。・不動産ファンドモルガン・スタンレー・キャピタル」出身で、NPO法人Living in Peace」を設立し、子どもたちの支援を行っている慎泰俊による著書『ルポ 児童相談所 一時保護所から考える子ども支援』(ちくま新書)から、その実態を見てみよう。

 本書を一読して驚かされるのは、児童相談所における子どもたちの扱いだ。虐待貧困、非行などによって、庭での養育が困難となった子どもたちが一時的に預けられる「一時保護所」では、一昔前まで体罰が当たり前だった。現在では体罰こそ減ったものの、「外出禁止が徹底され、学校にも行くことができない」「脱走防止のために、を開くこともできない」「私物はおろか、も持ち込めない」「男女トラブルを避けるため、きょうだいであっても会話ができない」「連絡先交換を防ぐため、の使用も管理されている」など、すべてが「トラブル防止」の名のもとに、徹底的に管理されている。在所経験のある人々は、この施設について口々に「あそこ地獄だ。思い出したくもない」「刑務所のような場所」と表現。さらに、一部の保護所では、トラブルを起こした子どもに対しては「個別対応」という名で、4畳の個室での隔離生活を強いる。まるで、独居房のようだ。

 かつて、一時保護所は非行少年の入所率が高く、暴力や規で徹底的に抑えつける必要があった。また、近年は虐待精神障害で入所するケースが多く、心の傷がちょっとしたことで爆発してしまうケースもある。そんな、さまざまな問題を抱えた子どもたちを1カ所で集団生活させるため、このような抑圧的な方法を用いて管理しているのだ。

 もちろん、神奈川県の中央児童相談所のように「子どもを守るための場所なのだから、子どもが逃げ出したがるような場所であるほうがおかしい」と、子どもに寄り添った一時保護所を開設している自治体もあるが、抑圧的な一時保護所は少なくない。その原因を、慎は、職員数の不足とともに、職員の子どもたちに対する想像の欠如に見ている。慎自ら、携帯電話を切って一時保護所で2泊3日を過ごしたところ、言いようのない閉塞感を味わったという。シフト制で働き、仕事が終われば帰宅する職員たちには、その閉塞感が理解できないようだ。

 また、児童相談所そのものにを移してみると、別の深刻さが浮かび上がってくる。

 虐待を受けた子ども支援、養育困難な子どもやその庭の対応にあたっている児童相談所では、常に職員一人当たり100件あまりの対応を行っている。2009年に1,101件だった相談件数は、15年には10万3,260件と、およそ100倍にまで増加。虐待数そのものが増加しているのか、通報しやすい環境が整ってきているのかは定かではないが、職員の負担は増加の一途をたどっている。この15年間で、児童福の数は1,230人から2,829人に大幅増員されたが、相談件数の伸びには追いついておらず、「あと2~3倍の人員が必要」というのが現場の。多忙のあまり、深刻な虐待を見逃し、虐待死事件に至ってしまったという、取り返しのつかないケースも報告されている。

 このような状況を打破すべく、慎が提言するのは、行政による子ども向け対策の抜本的な革とともに、3~4年のローテーションで部署を異動する、役所内の人事制度の見直しだ。また、民間でも、児童相談所に頼るばかりでなく、地域の努によって状況を好転させることはできると説く。

 虐待を受ける子どもたちに罪はない。しかし、増え続ける虐待によって職員が忙しく配りできない環境や、一時保護所の抑圧的な対応は、子どもたちを救うばかりか、ますます不幸にさせていく。行政民間がこの問題に向き合って根本善しない限り、すべての子どもたちが安心して生きられる社会はやってこないのだ。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])

子供を殺すのはいったい誰か? 現場からの告発『告発 児童相談所が子供を殺す』

 最近、虐待死のニュースをよくにするようになった。日常的に行われる虐待の末に死んでしまう子供や、親に子育ての知識がないために知らず知らずのうちに命の危機にさられている子供たち。

 そんな子供と親の救済措置として機する“はず”なのが、「児童相談所」である。機する“はず”というのは、「児童相談所」で働く児童福怠慢仕事ぶりが、『告発 児童相談所が子供を殺す』(文藝春秋)で暴露されているからだ。

 本書は、かつて児童福として実際に働き、現在独立してカウセラーとして活躍する山貴子のルポだ。山カウンセリングした子供は2,000人以上。その実績から児童相談所の実態を、辛辣に摘している。

 そもそも、児童相談所に勤める「児童福」とはいったいどんな職業なのだろう? 本書によれば「1、子供、保護者からの福に関する相談に応じる。2、必要な調社会診断を行なう。3、子供、保護者、関係者等に必要な支援導を行なう。4、子供、保護者等の関係調整を行なう」とある。要するに、庭内で起きた案件の相談役ということで、法的な強制は持ち合わせていない。しかも、児童福大学や専門機関で訓練を積んだ専門ではなく、地方公務員が異動でやってくるだけだというのだ。ということであれば、一時の職場と捉える公務員も多いわけで、本書には彼ら児童福庭からの緊急を要する相談を、ないがしろに扱う様子が記されている。

 虐待の相談があったとき、どのようにして虐待が認められるか、あるいはどのようにして虐待がなくなったとするのか? この判断についての明確な判断基準はなく、これもまた担当した児童福に委ねられる。どう見ても虐待が続いているのに、虐待はなくなったというとある児童福は、それを「見た感じ」と言っていたそう。
 
子供の悲鳴よりも親のクレームの方が怖い”というのが本音のようで、親からの苦情、場合によれば逆恨みをされたり、担当者が信頼関係を築くことに失敗して、保護所から子供が逃げ出してしまうこともあるそうだ。

 児童相談所は、基本的に受け身の体制だ。虐待が発覚するのは、地域の学校病院からの連絡が圧倒的に多い。赤子を何度も揺さぶる「揺さぶられっ子症候群」の場合は、子育てをよく知らないことが原因なので、ちゃんと導をすれば虐待はなくなる。

 虐待はなぜなくならないのか? 山は、本書で「親の無知」が原因だとしている。赤子泣きに耐えられなくて押し入れに閉じ込めたり、口にガムテープを貼る。「のしつけだと思って」とは親の言葉。赤子泣いたりするのは、意思表示だということをわかっていない。

 言うことを聞かない子供視したり、から追い出したりする。親としては一時的なものだとしても、子供は「ひどいことをされた」と記憶する。叱られるよりも親の関心に耐えられない子供は、再び親を怒らせるなどして関心を向けさせる、そして親の暴力しくなる。全て、親の無知が招いた結果だと言えるだろう。

 虐待の相談件数は年々右肩上がり。8万件をえるその数を見ると陰な気分になる。本書の最後に、山は児童相談所のあるべき姿を示している。そこから感じられるのは、山未来ある子供たちに対する摯な思いだ。